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086.『福祉と住宅をつなぐ 課題先進都市・大牟田市職員の実践』牧嶋 誠吾 著

“私は「福祉」を「暮らし」と読み替えるようにしている。「福祉」とは高齢者や障がい者などに対して特別なサービスを提供しているように捉えられがちだが、「暮らし」という言葉に置き換えると、まさにまちづくりと同様に広い意味で解釈することが可能であり、私みたいな建築の専門職でも多職種の一人として、高齢者の暮らしを支援することができる。“

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超高齢化・人口減少・生活困窮にどう立ち向かうか。著者は建築のバリアフリー化、市営住宅の福祉拠点への再編、居宅介護サービスの推進、市営住宅や空き家を活かした居住支援を、住宅と福祉部局をつないで切り拓いた。課題先進都市・大牟田の鍵はここにある。その実践から自治体職員だからこそできる地方再生が見えてくる。

●はじめに

はじめに ― 住宅は暮らしを包む風呂敷である

福祉=暮らしと住まい
私は「福祉」を「暮らし」と読み替えるようにしている。「福祉」とは高齢者や障がい者などに対して特別なサービスを提供しているように捉えられがちだが、「暮らし」という言葉に置き換えると、まさにまちづくりと同様に広い意味で解釈することが可能であり、私みたいな建築の専門職でも多職種の一人として、高齢者の暮らしを支援することができる。

住宅というハコは、暮らしを包む風呂敷のようなものである。この風呂敷のなかでさまざまな暮らしが営まれ、そして風呂敷ごとに一人一人の生活が異なるのだ。「暮らし」のなかには、住環境の問題、子育ての問題、環境の問題などがあり、さまざまな人たちが活動している。その個別の活動をいかにして共通言語を用い、横串を通していくかがこれからの課題でもあり、楽しみでもある。まちづくりという言葉は広いからこそ、いろんな人たちをつなぎ合わせる作業が必要であり、そのなかから生じる「折り合い」がまさに「地域」であり、「まちづくり」だろうと考えている。高齢化の問題は、まさに年齢で区切られた概念であり、高齢者=弱者ではなく、知恵(知識)の宝庫として、いつまでも現役であり、自分自身が地域資源であることに気づいていただけることが重要であり、「福祉」を中心に、つまり「暮らし」を中心に考えていくことで、マチが抱えるさまざまな問題解決につながるものだと思っている。

本書には私がそのように考えるようになったきっかけや、そうした思いから積み重ねてきた実践を綴ってみた。人口減少と高齢化の先進地といわれる大牟田市での一公務員の試みにすぎないが、全国のまちづくり、とりわけ住宅政策に関わる人たちに、共感していただけたら、と思う。

大牟田市の概況
大牟田市は、九州のほぼ中央に位置し、石炭産業と共に発展した鉱工業都市であった。人口は1960(S35)年の約20万5千人をピークに、今なお減少に歯止めがかからない状況にあり、2020(R02)年4月現在、住民基本台帳による人口は11万3千人となった。この60年間でおよそ9万人もの人がいなくなった計算になる。高齢化率は36・4%であり、全国平均のおよそ20年以上先を進んでおり、いわゆる高齢先進都市と言われている。

明治期から石炭産業で栄えた大牟田市は、関連する企業の化学工場や発電所などが集積し、県外から多くの会社関係の人たちが集まり、商業が盛んな都市に発展していった。1917(T06)年に市制を施行すると、他の大都市と同様、道路や鉄道に加え、路面電車まで整備された。さらに1949(S24)年、県から市へと保健所が移管され、大牟田市の人口規模では全国的にも珍しい保健所が設置された特例的な市だった。

このように石炭都市として栄華を誇っていたが、高度経済成長以後、国のエネルギー政策の転換により、石炭産業は急速に斜陽化し、三池炭鉱の衰退と同時に大牟田市も勢いを失っていった。1997(H9)年、三池炭鉱は完全に閉山し、国会でも閉山対策の議論が巻き起こった。マチの衰退を阻止しようと「ネイブルランド」という遊園地をつくり観光による集客事業に取り組むほか、環境リサイクル都市・大牟田を目指すが、いずれもマチの発展のための起爆剤にはならなかった。さらに大牟田市発展の象徴でもある保健所機能は、2020年(R02)年3月、県に返還することが決まった。一方で明るい話題として、2015(H27)年7月、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」がユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界文化遺産に登録され、大牟田市の「宮原坑」「三池炭鉱専用鉄道敷跡」「三池港」もその構成資産となっている。

このように石炭と共に発展し、「黒ダイヤ」の街として文字どおり輝いていた大牟田市は、日本の産業の牽引者としてその役割を果たしてきた。だが、その輝かしい歴史の影には、戦前戦中の囚人労働や外国人(中国・朝鮮)強制労働などの過酷な重労働の歴史も残る。また1960(S35)年には日本最大の労働争議があり、そうした『負の遺産』があることも忘れてはならない。
以上の大牟田市の歴史を本書の背景として念頭に置いて、お読みいただきたい。

牧嶋誠吾

●書籍目次

刊行によせて 超高齢化と現場で向き合った自治体職員の物語 園田眞理子
はじめに ― 住宅は暮らしを包む風呂敷である

第1章 自宅で住み続けられるために ―バリアフリー住宅施策の推進

1・1 設計事務所での失敗とバリアフリーとの出会い
1・2 バリアフリー実践活動の始まり
1・3 「市民協働」による住宅施策の推進
1・4 官民協働・多職種連携による住まい・まちづくりネットワークの設立
1・5 バリアフリー住宅士養成講習会にいたった背景
1・6 バリアフリー住宅士養成講習会の特徴
1・7 バリアフリーの推進から学んだもの
1・8 2005(H17)年度バリアフリー化推進功労者表彰

第2章 市営住宅を使い尽くせ ―団地を活用した地域の福祉拠点づくり

2・1 市営住宅の建替とコミュニティ再生―新地東ひまわり団地での取り組み
2・2 福祉施設ではなく、「コンビニでいいのだ」への反証
2・3 市営住宅に福祉施設を併設させる意味
2・4 入居者のコミュニティ再構築を始める
2・5 入居者の意識変革に再チャレンジ
2・6 「タテ」のつながりと「地域」という「ヨコ(面)」のつながりを結ぶ拠点

第3章 24時間365日の安心環境の実現 ―地域密着型サービスの推進

3・1 満点は要らない……。走りながら考える
3・2 私の宝物となったさまざまな人との出会い
3・3 小規模多機能型居宅介護と地域密着型サービス
3・4 小規模多機能型居宅介護は地域の大切な資源
3・5 小規模多機能ケアの質を高めるための組織づくり
3・6 認知症SOSネットワーク模擬訓練と地域づくり

第4章 多様な住民のために手を尽くせ ―市営住宅と居住支援

4・1 二つのミッションとガラパゴス化した職場環境
4・2 市営住宅は福祉の宝庫!
4・3 市営住宅入居者から学んだ居住支援の必要性
4・4 市営住宅のハコモノ管理から脱却し、住宅政策集団へ
4・5 市営住宅指定管理者制度の導入
4・6 建替?で生じた団地敷地の余剰地に福祉施設を誘致?―「ケアタウンたちばな」の整備
4・7 「地域」という「ヨコ(面)」のつながりを結ぶ拠点となった南橘市営住宅
4・8 暮らしを支える複合型福祉拠点のサービス展開と効果

第5章 空き家を居住支援に活かす ―官民協働による居住支援協議会

5・1 居住支援に取り組んだきっかけ
5・2 空き家になった背景と問題点
5・3 居住支援協議会の設立(事務局のあり方)
5・4 居住支援協議会における最初の取り組み(空き家の実態調査)
5・5 空き家活用のモデル事業―地域住民のサロンとして
5・6 住宅確保要配慮者向けの住宅を確保するために
5・7 思わぬ災害で空き家悉皆調査が役に立つ
5・8 住宅確保要配慮者の生活背景や課題に着目する
5・9 連帯保証人不在者への対応と見守り&生活支援

第6章 住宅・福祉部局の連携で2040年を乗り越える

6・1 地域を守り通す自治体職員
6・2 空き家という言葉の背景にあるもの
6・3 居住支援を進めるために庁外のチカラを借りる
6・4 全国の自治体で居住支援が動き始める
6・5 国土交通省の職員がハンズオン支援に乗り出す
6・6 居住支援のニーズは散在している

第7章 自治体職員が変われば地域が変わる

7・1 縦割りの行政組織から、横つなぎの組織へ
7・2 これからの自治体職員に必要な四つの力
7・3 これからの社会で求められる自治体職員像
おわりに ― 一度っきりの人生。小さくまとまらない


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『福祉と住宅をつなぐ 課題先進都市・大牟田市職員の実践』牧嶋 誠吾 著

体 裁 四六・224頁・定価 本体2000円+税
ISBN  978-4-7615-1375-7
発行日 2021-06-10
装 丁 見増勇介・永戸栄大(ym design)

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