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科学者たちの邂逅

山を降りて長江を渡る橋のある町に

レールの向こうから轟音を立てて

ものすごい勢いでトロッコが突っ込んでくる。 

御李婆は岩砕を鎖でグルグル巻きにして

人力トロッコを電磁気力で動く

モーターカーに改造していた。

替わりに柱に括り付けられた岩砕が

大回転させられ続けている様子は

さながら地獄絵図だった。

があああああああああああああ・・・!!

案の定、無茶な運転を続けていたトロッコは

橋の手前のカーブを曲がり切れずに

付近の車庫らしき場所へ大激突した。

「ふう、なんとか無事に着いたようじゃな。

はてさて、後はこの長江を渡りきるだけじゃいわい、」

モウモウと立ち込める土煙の中、

とっさに飛び降りた御李婆は

ケガ一つなくどこ吹く風でそう呟く。

「こ……こんのクソジジイ~…………」

大破したトロッコの破片と瓦礫の下から岩砕が這いずり出る。

丈夫さだけが取り柄の男だ。

見上げると目の前に長江の流れが見える、

そこまでずっと線路は続いていて、橋のふもとには変電所が見える。

電力インフラもそこそこ行き届いていて電柱や送電線が各地から集まって来ており、線路の脇には石炭を採取した後の残りカスであるボタ山がうず高く積まれて連なっていた。

どうやらここはちょうど石炭や鉱石を運輸する中継地点で発展した武昌という町らしかった。

だが到着してホッと一息ついたのも束の間。

そこにブクブクと泡が立ち、水面が盛り上がった。

「いいっ!? なんだいきなり水中から?!」

中から現れたのは潜水艦だった、

見ると今度はイギリスの旗がある。

「ククククク……」

上の蓋がパカっと開いて飛び出したのは

かの近代潜水艦の父、

 ジョン・フィリップ・ホランド

その人だった。痩せた体型のノッポである、

「ドイツ租借地の奥で

隠密調査をしていたら思わぬ漁夫の利だ。

まさかその大炎上の原因が

青年と爺さんたった二人のテロリストだったとは驚きだ。

この長江流域は我らイギリス海軍の領域だったとお忘れか?

ドイツ軍事基地で見た情報は全て吐き出させてもらおう!」

一方的にそう告げるとバズーカ砲のようなものを取り出して

肩に担ぎ、照準を二人に向ける。

「スーパーウルトラ

ハイパー

 メチャンコ

 電磁砲《レールガン》

 発射ーーーーーッッッ!!」

「な、

何だってーッ!?」

思わず身構えてしまう岩砕。

だがその砲身から飛び出してきたのは

ビームとか砲弾ではなく、

二人を捉える為の網だった。

「………………………………

って名前の割にただの投網かよッ!?」

思わず敵ながらツッコんでしまう。

いや必殺技とかメカに憧れたとかそういう訳じゃないんだ、ホント。

「それは、そうと…………」

そのツッコミを傍から見ていた御李婆<オリバー>も口を開き出す。

「なーにがトロッコ酔いだ。岩砕……

もうビンビンに元気じゃないか。

それこそ、師匠の頭を

踏み台にして回避する位に。」

網を避ける時に岩砕が

御李婆の頭を踏んづけて

近くの電柱の上へ飛び移ったので

とうの本人はかわしていたが

替わりに爺さんが捕まる羽目になっていた。

「いやぁ、ははは……

そこはやっぱり師匠が前途ある若者をかばってくれないと…………

まぁまぁ、少し待って下さいおじいさん。この俺様が今ほどいて差し上げますよ。」

「フン!!!

お前それでも本当に中国人か?

年長者への敬意とやらはどこへやら……」

さっきの仕返しとばかりに

偉そうになる岩砕、

御李婆はスネてしまった。

「ふえっ?」

すっかりいい気になって油断していた

岩砕は別の上空から突然ふってきた網に

右腕を絡めとられる。

上を見上げるといつの間にか

巨大な飛行船が空を占拠していた。

「今度は、飛行船ッ!?」

そこから雨のように大量の網が降り注ぐ。

「だあっ?! 畜生!!!」

結局は岩砕が一番被害を被ることになった。

がんじがらめとなってしまう岩砕。

潜水艦にも飛行船にも網で捕まってしまった。

「ファハハハハハハハハハハハハ!!!

テロリストどもめ観念しろ!!!!

我輩たちドイツ秘密科学部隊から逃げられると思うな!

やはりドイツの科学力こそが世界一ィィィィィッッ!!!」

これは竜の巣……

はたまたは、ゴリアテか?

そこから現れたのは

ー近代飛行船の父ー

『フェルディナント・フォン・ツェッペリン』その人だった。

「あーもうまたこれかい、

今日は散々な日じゃぜ、

全くもって最近はお客さんが多い。」

やれやれといった感じでようやく動き出した御李婆。

全く焦る様子もなしにゆっくりと手を飛行船へと向ける。

「動くなよ、岩砕。

その位置がいい、そう、そこだ。

『GNT《グランド》アース!

電信方程式!!』」

御李婆は指で印を結ぶように何か手で動作を示す。

するとそこに数式が現れた。

ある回路の挙動を支配する微分方程式だ。

それは電信の扱いに長けた御李婆の十八番だった。

「ところで君たち、

出発時に船体消磁はきちんとしたかね?」

その方程式はたちまち具現化し、

電気現象となって繋がれた網を伝わった。

その雷サージは飛行船と潜水艦へと襲いかかる。

「うわぁぁぁああ?!

長江の水で電気分解を!?ッ」

まさに今、捕まった網を逆に利用した御李婆はその能力によって

雲と大地との間に巨大な回路を形成した。

すなわち、飛行船から上空の雲の電荷を掻き集めてきて大気発電を行ったのだ。

御李婆は捕まった網のワイヤーをむしろ利用してその溜めた電流を逆流させて、

潜水艦へと注ぎ込んで潜水艦のホランド船長を含む船員全員を大感電させた。

「ぐわああああ!!!!」

その大量の放電はたちまち長江の水を電気分解して、

水素と酸素を発生させる。

「ぎゃぁあああ!!

セントエルモの火が!?」

上空に発生した高電圧の静電気が

飛行船へと凝縮されてゆく、

「あーあ、また出たよ。

これが、御李婆《オリバー》の能力

「定数変換《トランスパラメータ》」。

誘電率『ε 』<イプシロン>

つまりは物質の帯電のしやすさを表す量だ。

何らかの物質中の磁気力と引き換えに発動する。

この場合は潜水艦の鉄が元から帯びていた磁気の力から借りて来て変換したんだろう。

俺も理屈はよく覚えちゃいないが、

どうも大地と雲の間ってのは

巨大な電圧のコンデンサみたいなもんらしい。

コンデンサってのは電荷を一時的に溜める電池のような回路の部品だ。

そこに誘電体と化した飛行船をはさめば

電荷を更に溜める事ができる!」

岩砕はその光景を眺めながら、いつもさんざん御李婆に自慢されたそんな解説を反芻してみる。

限界まで溜まった電荷は轟音を立てて放電しだす、

それは御李婆が川から電気分解して発生させた

水素と酸素に引火して飛行船へと飛び火し、大爆発した。

当然、飛行船の中にも水素水で健康的な程なまでに水素はタップリである。

おわぁああっぁァァァああああああああああッッ‼︎

ぎよエエエエエっ!!!

「へぶっ!?

い、いてててて?」

飛行船や潜水艦は炎上して墜落や沈没をしたが、

幸いにも飛行船の方は柔らかい砂のボタ山に落ちたので

ツェッペリンだけはかろうじて助かったが、

斜面を転がり落ちた先でとある人物へとぶつかった。

「ハッ!? あ……あ……あなた様は………………

プランク博士!」

そこでツェッペリンは自分がぶつかった人物が

何者かを知った。

「何をやっている? ツェッペリン中将。」

ドイツ科学部隊において特別権限を与えられた

元製鉄所技術監督のプランクは、

無様に転がる近代飛行船の父を見下ろす。

「な……何故、このような場所に…………」

戸惑いを隠せないツェッペリン、

そしてそのプランク博士の後ろにはあの特許局調査員の姿もあった……

「なん………………だと?

お……オイ…………ヤベェぞ

ジジイ……アレ………………見てみろ!

帝国陸軍だ! なんだよアレ…………

列車砲までもが追っかけてきやがった!!」

線路の向こうを見てみると

武装した列車は主砲をこちらへと向けて迫ってくる。

「あれは確か、南を支配してるフランス軍?

……………………………………

それどころか、ドイツ、フランスイギリスの三国が

なぜこの地に集結しつつあるのだ?

まさかもう北上しつつあるのか?

陸軍に海軍……………」

何か思い当たる節でもあるのだろうか?

御李婆がブツブツとつぶやく。

「次弾装填!砲身、用意!!

撃てェーっ!!!!」

砲弾がボタ山をぶち抜く、

「いいっ……なんて攻撃を…………

このままじゃ、ボタ山が火の海になっちまう。」

ふもとに隠れてなんとかやり過ごす。

だが、すぐに次の敵がやって来た、

それも上空から。

「なっ! 『空』軍まで!?」

見上げるとそこには、

グライダーに乗ってさっそうと滑空する人物の姿があった。

「……………………あれは

リリエンタールか?

何故、あいつがまだ生きている…………ッ!?」

御李婆が一瞬、凍り付くように呟いた。

何かこの人物について知っていたのであろうか?

「おおっ! なんだありゃ!? 空から?!

鳥でもねーのにあんな翼で飛んでんぞ!」

一方、飛行機というものを初めて見た岩砕は驚きを隠せない。

最近、研究開発されたばかりの飛行機械が

このド田舎の中国を飛び回る事自体がありえない。

だがその機体はただの偵察機であって、

まだ哨戒しているだけのようだった。

「!!?

こ・・コイツは……?」

上空にばかり目を向けていると、

突然、背面から「人」が降ってきた。

一瞬、敵襲だと思ったが、

それは黒コゲの死体だった。

「これは……さっきの飛行船のおっちゃん!?

しかもなんか感電したかのように焼け焦げている?!」

死体に気を取られていると、

隣の御李婆は叫び声を上げた。

「後ろだ! 岩砕!!」

大きな風切り音を立てたムチが

岩砕にめがけて迫り来る。

「なッ・・!?」

御李婆がとっさに動いて、

築いた電磁シールドでガードした。

「飛行機を見るのは初めてかね?――」

そばの線路脇の電柱上へと降り立ったのはあのプランクだった。

手にはムチのようなモノを持っている。

だがそのムチの本体は電線そのもので、

御李婆の手と同じように電荷を帯びていた。

奴がどう動いたのかわからない、

この御李婆師匠を焦らせるなんて何者なのか?

コイツだけはさっきまでの兵器で一方的に攻撃してくる

奴らとは何かが違う気がした。

「お久し振りです、オリバー先生……

いや、ヘヴィサイドさんと呼ぶべきでしょうか……」

この男は御李婆師匠の事を前から知っているような口調で落ち着きはらって喋っている。

「悪いがその名はもう捨てたんでのう…………

マックス君よ………………」

どうやら二人は互いの名を知っている間柄らしい、

俺でさえ師匠の本名は聞いた事すら無かったのに……

「オイ、岩砕。

お前は先に行け。」

御李婆が静かにそう告げる。

今まで八年間の修行生活を共にしてきたこの師匠が、

今まで見せた事の無い態度だった。

過去に何かこの男と関わりでもあったのだろうか?

本人の焦りのようなものまで岩砕は感じた。

「ハァーっ!? なんだよそれ?!

アンタを置いて先に行けってか!?」

ここに来て、突き放されるとは思ってもいなかった岩砕。

「ああ、そうじゃこれはワシの戦いだ。」

お前は関係ないとばかりにそっぽを向く御李婆。

「……………………………

ヘンっ! オレぁ、ジジイの過去なんて

知らねーし知りたくもねーけど…………」

戸惑いを隠せない岩砕。

「いいから、早よ行け!」

グズグズしている岩砕を叱責する御李婆。

どうやら師匠はあくまで一人で戦う気らしい。

「ああ、こっちこそいい厄介払いができたよ!

じゃあなジジイ、せいぜい頑張りな!」

怒られまでして何か急に腹が立ってきた岩砕。

俺ですら師匠の身の上は知らないのに……

逆ギレ気味に飛び出した。

猛ダッシュで線路沿いに川を越える為の橋へ駆けて行く。

「アルベルト君」

プランクは少しも焦らずに

そばに潜んでいたアインシュタインへと指示を出す。

彼は線路の上を走ってすぐに岩砕を追って行った。

「やはり、一人は追って来たか…………」

こうなることは予期していた。

前からあのマックスとかいう男の他に

もう一人の伏兵が潜んでいたのは感じていたのだ。

御李婆を置いて逃げたのもおびき寄せる為だった。

これで互いに一対一のハズだ。

「あの橋まで行けばもうこっちのもんだ。

俺の岩砕きで相手の足場を崩して水中で感電させて仕留める!

まずは一人をここで片付け……」

そうこうと考えているうちに、

すごい勢いで追手が迫ってくる。

「させないよ。

『光量子《ライト・クォンタム》』」

走りながらアルベルトは背負ったそのケースからボーガンを取り出した。

それはバイオリンに弓矢をくっつけたような奇妙な形状をしていた。

ゆっくりと矢先を岩砕の方へ向けて引き金をひく。

ヒュンっ‼︎

「へッ?」

岩砕のすぐ脇を超高速の矢がかすめていった。

それは光の矢だった。

光線を矢の形状にして飛ばしたようなもので、

そいつは目指していた先の橋へと当たって大破させた。

橋は瓦礫の山となり、川を渡る退路は断たれた。

「…………………………

そんな、アホな…………」

目の前に起こった事が信じられずに、

思わず立ち止まって唖然としてしまう岩砕。

「オイオイ……なんなんだテメェら…………

なんだよ、その凄ェ武器は……………………」

岩砕がゆっくりと振り返ると、

アルベルトももはや追いかけるのもやめて、

再び岩砕へとしっかり照準を定めた。

「君は、「光」の正体を知ってるかい?」

やっと口を開いたアルベルトが岩砕に問いかける。

「昨今の知見では光の正体は「電磁波」。

そう、つまり電磁場の「波」である事が判明している。

それは君達の使う「東洋の神秘」的な

術でも体で理解していることでしょう?」

アルベルトが岩砕を指し示す。

さっきからこの男の言っている事はよくわからないが、

修行の時に師匠から波動を操る感覚を叩き込まれたことだけは確かだ。

「だが、今宵……

物理学に革命が起きる。

すでにこの国には世界中の科学者たちが集まりつつある。

南からイギリスにフランス、ドイツ

さらに北からはロシアや大日本帝国までも、

これも実験計画の一環なのさ。」

そうだったのか。

各国の空軍や陸軍に海軍までもが

やけに集まってくると思っていたら、

コイツら国際権限を持った科学者どもが指示を出していたのか……

「その時、人々は総じて知るだろう。

光の正体は「粒子」だったということを…………」

最後の言葉の意味は岩砕にはわからなかった。

光が粒子だと?

電磁気現象の全ては波動にあると師匠は言っていたぞ?

何を言っているんだコイツは……

しかし、そうこう考えている暇も無く

相手が光の矢を再び放ってきたので思考は中断された。

「おわーッ!?」

咄嗟に飛び上がって光の矢をかろうじて回避した。

後ろの線路は吹き飛び、爆風でさらにすっ飛ばされる。

「岩砕?!」

向こうから様子を見ていた御李婆は声を上げる。

一体、何者なんだあのアルベルトとかいった若者は⁉

マークしておくべきなのはマックス・プランク一人ではなかったということか……………………………………




前回、「プランクとアインシュタイン

次回は「近代科学者バトルロワイヤル」へ続くッ!!