近代科学者バトルロワイヤル
「おっと、オリバーさん
いくらあの若者が期待の教え子だからって……
余所見してはいけません……………………
よッ!!……と……!」
間髪入れずにプランクはムチを御李婆に目がけて振るう。
確実に相手の一瞬の意識の隙を突いたつもりだった。
だがなんと、御李婆はこちらの攻撃を見もせずにヒラリとかわした。
「っと?!」
逆にプランクの放ったムチは踏んで押さえつけられ、
御李婆の反撃から逃れるのに遅れてしまった。
「しまっ・・・・・」
この時プランクはいくらオリバーが歳を取っていたとしても
やはりオリバーはオリバーなのだと思い知らされていた。
『「定数・変換」
ε <イプシロン>‼︎‼︎』
放電が周囲に炸裂する。
だがそれは本人に向かっての直接攻撃では無く、
地面に向けて放たれた。
てっきり反撃されるかと思っていたプランクは完全に虚を突かれた。
オリバー師匠は「場」のコンディションの方を先に整えたのだ。
「悪いね、
マックス・プランク。
もうここら一帯はワシの「電場」で支配する
奥義 ”防網羅《ディバラ》”の中。
何人たりとも……
ここから逃がさんっ!」
線路や電柱、さらには近くの変電所までをも巻き込んで、
周囲一体をオリバーの出したバリヤのような膜が包んでゆく。
それは電磁気学を習得したものだけに見える「電場<エレクトリック・フィールド>」だった。
「こ、これは……!?
この磁励音はトランスの駆動する音ッ………………?!
変電所までもが再稼働し始めた!?
なんというパワーだ!」
彼の防網羅<ディバラ>電場の中では、
変電所の高圧回路ですらオリバーの支配下にある。
このブーンといった低音は変圧器のトランスに高電圧がかかって起こる、
磁歪と呼ばれる現象だった。
「川がダメなら陸路だ!! 岩砕!
ワシの力で電線を繋ぎ直した!
今の内にゆけ!!」
もうこうなるといくら電線を切ろうが、
オリバーがそれに合わせて電場を変動させてやれば、
いくらでも交流電気は伝わるのだった。
導線どうしが少し離れていたとしても所詮は
交流回路で言うところのコンデンサが一つ増えたに過ぎない。
「あの技だ! 散々、今まで
修行してきたじゃろう!?」
オリバーは向こうにいる岩砕に呼びかける。
岩砕は切れた電線をターザンのロープがわりにしながら必死に光の矢攻撃から逃げていた。
「チッ、簡単に言ってくれるぜジジイ。
しかもあれって疲れるしな…………」
だが、さっきからこのアルベルトの坊っちゃんは
飛び道具ばっか使ってくるのでどう考えても相性が悪そうだった。
やはりここはまた一旦体勢を立て直すのが先決のようだ。
「波動《オーバー》・疾走《ドライブ》」!!
そう叫ぶと岩砕は電線のターザンロープから電柱へと飛び乗り、
もの凄い勢いで電線の上を綱渡りさながらに駆け抜けて行く。
それは自分の履いた鉄ゲタに流した電磁気力に加えて、
電線の交流電源に合わせた猛ダッシュをする事でかなりのスピードを出す事の出来るという技だった。
電気の周波の波を階段のように蹴って強引に進む荒業だった。
「くっ?! 逃がすか!」
プランクはアルベルトから逃れようとする岩砕に向かって、
逃がさんとばかりにムチを伸ばそうとする。
「させんよ。」
だがオリバーは身じろぎ一つせずに
周囲の電場を操ってそのムチから電気を逆流させる。
「グワっ!!?」
感電したプランクは思わず膝をついてしまった。
「諦めるんじゃプランク……
ワシに一切、電線攻撃の類は通用しない。」
その隙に岩砕は防網羅<ディバラ>の結界の外まで、
逃がす事に成功した。
「ハァハァ、そういやアナタは
他ならぬあの同軸ケーブルの発明者でもあったもんな……
忘れていたよ…………」
プランクは改めてこの元電気工学者オリバー・ヘビサイドの鬼才っぷりを思い知らされた。
「そんなにあの愛弟子くんの事をかっているのかい?」
プランクはいきがるように再び立ち上がる。
「だがね…………
私のアルベルト君はそれはもう、
もっともっと凄まじい
真の天才ってやつさーーーーーーー」
そう言われて振り返るとさっきまでいた青年の姿は消えていた。
なんと、アルベルトも一瞬で岩砕と同じ術を使って結界から強引に抜け出ていたのだ。
しかも岩砕よりも早くコツを理解してあっと言う間に超スピードで追いついてしまった。
『誘導・放出!!《スチュミレイテッド・エミッション》!!!!』
彼がバイオリンを振るうと瞬時に周囲は光に包まれた。
「げエッ!?」
咄嗟の判断で岩砕は横にも上にも逃げず、
鉄下駄に高電流を流して足元の電線を焼き切る事で下へと攻撃を回避した。
「どわッ!?」
すんでのところで攻撃をかわす岩砕。
「ワシの結界からあんなにいとも容易く
即座に脱出した…………!?
あの若者は一体………………………」
今までそんな芸当の出来る人物なぞ一人もいなかったので
つい、驚きと動揺を隠せないオリバー。
その気の緩みがいけなかった。
プランクはムチの取っ手から隠されたフェイシングの剣を取り出すと、
ムチを捨て、一気にオリバーへと詰め寄って剣を振りかざす。
「舞曲・剣の舞《チャリオッツ》‼︎」
無数の超高速の刃がオリバーを切り刻む。
「グうッ!?」
とっさに急所はガードしたが、ダメージはでかい。
しまった、油断した。
「さっき、他所見するなと言ったハズですよ……
ヘヴィサイド……………………」
あの剣こそが奴の武器の本体だったのだ。
そうして再びプランクとオリバーは互いに構えて向き合ったーーーーー
一方、岩砕の方はというと
限界加速で電線の間を飛び回ってなんとかアルベルトを振り切ろうとしていた。
「でェええエッ…………!!!!」
「ドわぁアアっッ!」
しかしそれでも容赦無しに光の矢を連射してくるアルベルト。
「ちっくしょッ……!
なんだその呪文みてえなのは……
いつから科学者ってのは
そんな魔法みてえな技を使うようになったんだ!?……………」
さっきから岩砕は気になっていた。
アルベルトが旋律を奏でるようにバイオリン上の指を動かすと、
背後に何か術式のようなものが現れては消えている事を。
「ほう?、
「文系<無能力者>」のクセして、
この数式が見えてるとはね……。
言葉も通じてるし、
どうやら我々、物理学徒のように
TeX<テフ>通信を理解する適性だけは
備わってるようだな……。」
ブツブツと何やらアルベルトは言ったようだったが、
矢を避けるので精一杯な岩砕には聞こえていないようだった。
前回、「科学者たちの邂逅」。
次回は「演算子たちの協奏曲」へ続くッ!!