がみ

書くことの維持と余暇の積極的な生成

がみ

書くことの維持と余暇の積極的な生成

最近の記事

「謎メン(笑)」について

一回性を表現するのに長けていて、ファストな表象としては十分で、非存在をも包含するような緩やかさがあって、相互的な人と人のダイアローグの結晶があったはずなのに元から存在しなかったかのように削ぎ落とされていて、明らかな冷笑を含んでいて、消費を基盤に据えていて、関係性さえもそいつにとってはただの独善でしかなくて、目の前の他者と向き合う素振りさえも捨ててしまったのかもしれなくて、部分的でもいいからわかってくれた誰かのことをお前はそうやって謎とかいって誤魔化して、「大嫌いだから死んで欲

    • 木々の伐採と命の剥奪

       熱波が"世界"を襲う。国連が(決して全ての民衆が属するわけではない)"世界"に発したこの危機は、良くも悪くも生に対する状況を示している(https://www.un.org/en/climatechange/science/causes-effects-climate-change)。  熱波に逆らうためには生をいかに保持していくべきだろうか。まさかエアコンではなかろう。この熱帯的昼夜においても否応なく自身が生きているという諸事実と向き合い続ける生について、考えなくてはな

      • ニュータウン航空

        ・まだクリーンな頭で窓を開ける。ほどよく気温が高くても、窓を開けたまま眠ることはできない。しょっちゅう戦闘機が轟音をたてて夢を阻みにくる。虚構のアナロジーとしての現実。 ・この季節になると蛾が網戸の前を旋回している。おそらくほとんどの確率で室内に着陸することはないし、そうした死を望む下降もない。ただ緑地が漏れ出てしまっただけで。 ・ウォーターサーバーに水道の水を入れる。入れると勝手に浄化してくれるので、心が荒んでいく。600mlも入る計量カップを使って往復する時水は出しっ

        • 「考えたくない」のための小括

          私はノートを隅に放り投げ、祈った時の手で本を取る。 世界と繋がることをずっと待ち望んでいた。 ✦ 考えたくない、という時が訪れる。 それは何かについて考え続けている時にふと襲ってくる。この「考え続けている時」に理性を導入して操作するなんて離れ業はできた試しがないし、したくない。それは論理や感情をマッチョイズムで埋め尽くし、生きる事に非人間的な機械=力(power)を導入することに他ならない。そう強く思う。 すなわち、考えたくない時、考えたくないのだ。 ✦ 私は、

        「謎メン(笑)」について

          「実証」の間隙を縫う

          私がこれまで学んできたことを踏まえるならば、「実証主義」あるいは「経験主義」とは基本的に悪であるという立場をとらざるを得ない。 実証を基盤に置きながら対象を分析し、その妥当性を定量的な結果から導き出すといった手法はこれまで、人類の進歩や進化という語と共に多用されてきた。 私はなぜ今このことと対峙する必要があるのか。 それは、これからまさにその実証主義的判断に基づいて働いていく可能性が浮上したからである。 2010年代以降から日本では、データに基づいたビジネス上の分析や判

          「実証」の間隙を縫う

          過去を消費するシューカツ

          企業に勤めるために行われる就職活動。 はじめは「勤めるため」というのが動機として真っ当であったように思われる。 妹尾麻美著『就活の社会学』でははじめに、就活の歴史的背景について言及されている。そして20世紀末から21世紀のわれわれを取り巻く“シューカツ”は、大学生に「やりたいこと」を問うようになっていったのだと説明される。 特に文系学生が行うシューカツにおいて顕著なのが、数ある職種、業界から”御社“を志望するだけの真っ当な理由が必要とされることだ。シューカツ生はその志望理

          過去を消費するシューカツ

          東京ドームに行けなかった

          行ったら、素晴らしく、忘れられない日になったことは間違いない。 たった2人の彼らが15万人を沸かせている光景に涙することができたかもしれない。 しかし、私はそこに行かなかった。というよりも、行こうとしなかったし、行けなかった。 まずひとつ。私はもう、そのラジオを聴いていないからだ。2019年ごろそのラジオと運命的な出会いをした。新自由主義、競争、不自由、人見知り、、、あらゆる違和感に言葉を与え、心の奥に永遠の友達として君臨してくれたのが貴方だった。 だがもう、それを吸

          東京ドームに行けなかった

          魔法少女アブ

          かねてより”鍵”をくれていた人たちに会ってきた。 あの人たちがプレゼントする”鍵”は、わたしのどこかにある”笑い”という装置を起動させる。 わたしがいつも抱く笑いの感情には、意識が存在しない。解釈だけが存在する。 伝えようとされる暴力をがんばって、がんばって汲み取って、いる。 あの人たちはそんな踏ん張りや改札を通るときみたいな緊張を与えたりしなかった だから疲れたし、緊張した あの人たちは想像のスクリーンで神話になっていた神だったけれども、小さかった。大きくある必要の

          魔法少女アブ

          みんなで座れる椅子が欲しいけど

          「ある程度の普遍と共通」を認めない人はいないだろう。 「自分以外の誰か」を固定しておくための拷問椅子は何脚だって欲しいものだ。 いつからその椅子を競売にかけよう、シェアしてしまおう、そう思うのだろうか。 その途端、所有物だったはずの椅子はアウトプットされた情報になる。 情報は何故、氾濫が許されるのか。 皆が氾濫の中にノールックで手を伸ばせば、手に入るから。 自分と向き合わなくても良くなるから。 椅子に固定された「自分以外の誰か」よりは「正しい」「優れている」「恵

          みんなで座れる椅子が欲しいけど

          「拡大する」他者

          言語は壁か。 違いか。 それとも、何かが勝手に引いた石灰の線のようなものか。 アイデンティティを守るために引いた線は、こちら側とあちら側をつくる。 あちら側の他者が、大きくなっていく。 あちら側だけが、大きくなっていく。 自分とそれ以外、そんな孤独が全部を呪おうとする。 自分も、それ以外も全部、無くなってしまえばいいのだと。 藁に釘をもう一回だけ刺してしまいそうになる。 力を込めて、爪と釘の痕が掌に残ったけど、それでも「もう一回だけ」は起こらない。 そこに石灰で作

          「拡大する」他者

          架け橋にひとり

          匿名へ 理想とは、突如として眼前に現れる。 理想との距離はそれぞれだが、人はそれを見つけた時に追いかけてしまう。 真実はいつだって側にいる。 真実はいつだって残酷で、美しい。 理想が手に入るその時、「理想」は形を変えてまた前に立ってる。 真実はいつでも追いかけてくる。悪びれる様子もなく。 そんな八方塞がりな世界は、孤独だ。 他人に押し付ける「理想」は我儘だし 時間性に縛られた真実は後悔になる 孤独以外の何者でもない。 それでも前を向くことができるのは何故だろう

          架け橋にひとり