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パーソルのCM「逃げた後のことはどうでもいい」

「俺に仇なす組織などどんどん見限ってやれ」とパーソルのCMならびにリクルートは表明している。ヘッダ画像をお借りしています。

パーソルのCMとは、新規プロジェクトでも立案したように見える課員がふんぞり返って座っている上司に「俺は良いと思うけどもっと上の人間がおそらくこれを否定するだろう」と言ってその企画書を捨てられるというもの。で多分上には掛け合っていないように「見せている」。

あえて「捨てられる」と表現しましたが、昼夜それを書くために生きてきた課員にしてみたら、来たくもない会社に通勤して会いたくもない顧客のご機嫌取って相手して、ようやく空いた時間で完成したものです。完成したから感染リスクが異様に高くなった夜の電車でやっと帰れる。もしかしたら家でだって書いてたかも知れません。

つまりその企画書は(少なくとも当時の課員の人生を占める割合においてはそう呼んでも差し支えない程度に)「生きがい」でした。

それこそ勝手な想像ですが、企画書が認められて、通って、社内での立場をもうちょい確立させる。そしたら俺の人生もう少しましになるだろう。家庭を持つ余裕もできるかな。

そのすべてを目の前で捨てられたわけです。別にマジでごみ箱に入れたわけじゃないですが、取り付く島もなくぱさっとデスクに放り投げられたということは、「この話は終わりだ」「企画の棄却」「企画の凍結」を示している。

はたしてこれまで生きてきたそのすべてを否定された課員だった。

っていうように見せたいんです。パーソルのCMは。

ひとりでも多くの挫折者、会社見限り者が発生することがリクルートの歓びです。

それはそうですよね。自社に期待しない人間があふれかえるということは転職を考える人口が上がる。リクルートは転職サイトを運営している。リクルートは自分のサイトが盛り上がればそれでいい。

リクルートの転職エージェントに実績を作ってやれればとんでもないリターンです。名声が上がる。パーソルが有名になる。

パーソルのCMは別に転職なんか考えていない人の前にも平気な顔して登場します。TVCMやYouTubeCMへなんて、普通の求人サイトは割く広告費を持ち合わせていない。

これらCMの強みは「何回でも流せる」ことです。

「会社を見限りたくなるシチュエーション」を一通り見せた後は、畳み掛けるようにあの民族調+EDM感で無理やり耳に情報を押し付けるかのようなSEを流す。「社会で嫌なことがあったらパーソルを思い出せ」という条件が社会に生きる者たちの生活環境内に整う。リクルートからしたら、この世で働いていて日本語が通じる全員が搾取のターゲットなわけです。

視覚的、聴覚的情報により人間の思想を強姦しているとも捉えられる。サブリミナルのようなものです。短い時間で無理やり目と耳へ何度も状況再現を届けることで一般市民の根底にある色を塗り替える。

確かに今いる企業はくそ企業だったかも知れませんが、簡単に見限られるようになった側はどんなでしょう。人材流出が果てしないですね。くそ企業だったから報いを受けた?ぼくはどちらの肩を持つ気もありませんが、リクルートの肩だけはどうやっても持てない。

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