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可燃物/米澤穂信(2023/07/25)【読書ノート】

米澤穂信、初の警察ミステリ!
2023年ミステリーランキング3冠達成!
「このミステリーがすごい!」第1位
「ミステリが読みたい!」第1位
「週刊文春ミステリーベスト10」第1位
群馬県警本部の刑事部捜査第一課・葛警部(かつら)の推理によって事件が解決する。群馬県警を舞台にした新たなミステリーシリーズ。
余計なことは喋らない。上司から疎まれる。部下にもよい上司とは思われていない。しかし、捜査能力は卓越している。葛警部だけに見えている世界がある。連続放火事件の『見えざる共通項』を探り出す表題作を始め、葛警部の鮮やかな推理が光る。『オール讀物』掲載の短篇5篇。


崖の下(2020年7月号)

群馬県杉平町杉平警察署に遭難の一報が入ったのは、二月四日土曜日の午後10時30分のことだった。通報者は鏃岳スキー場でロッジ「やじり荘」を経営する芥見正司で、110番ではなく杉平警察署に直接電話をかけ、夕食までに戻るはずの客が戻らないと訴えた。10時56分にロッジに警官が到着し、事情聴取をしたところ、埼玉県上庄市から来た五人連れの客のうち、四人が戻っていないことが確かめられた。

群馬県警の利根警察署に遭難事故の報告が入る。群馬県のあるスキー場で、遭難事故が起こり、救助隊が迅速に組織された。遭難した4人の中から2人が崖下の谷間で発見され、一人は直ちに救急搬送されたが、意識不明の重体だった。残る一人は、崖下に留め置かれた。その理由は、他殺の痕跡があったからだ。この凶行に及んだのは、遭難したもう一人の男と断定される情勢だが、凶器の行方は不明。事件現場は崖下であり、周囲の雪は荒れていなかったため、凶器をどこかに捨てることは困難だった。では、犯人はどのような方法でこの〝刺殺〟を実行したのだろうか?
厳しい冬の深夜、山中に第三者がいた可能性は低く、救急搬送された遭難者が犯人である可能性が高い。しかし、その遭難者を犯人と断定するには、解決しなければならない謎が残る。現場に凶器が見当たらないのだ。遭難者の意識が戻り、事情聴取が行えれば真相が明らかになるかもしれないが、意識回復の時期は不確かであり、回復後に真実を語るとは限らない。
県警捜査一課の葛警部補は、部下に指示を出して情報収集を命じる。何が被害者の命を奪ったのか、その答えを見つけ出すことが急務だった。指揮官としての責務に追われる中、葛警部補は僅かな思索の時間を得て、深い沈思に耽る……

ねむけ(2021年2月号)

人間の観察力と記憶力はあいまいなものだ。時に誤り、時に正確になる。葛は、二人の目撃者の証言が一致したとしても疑問には思わなかっただろう。三人の言うことが同じだったら、少し疑う。そして四人がまったく同じ証言をしたとなれば、それを頭から信じることなど出来はしない。

強盗傷害事件を受け、特別捜査本部が立ち上げられた。数名が被疑者として浮上している中で、一人の男性に対する疑いが特に強い。この男性は刑事たちによって監視されており、深夜三時に交通事故を引き起こす。事故現場の交差点には信号機が設置されており、この男性が信号違反をしていれば、明白な理由で逮捕できる状況だった。葛警部は、事故の目撃者を探すよう部下に命じ、やがて目撃情報が思いの外容易に、そして多数寄せられる。
しかし、葛警部はこの状況に違和感を抱く。深夜三時の事故現場に四人もの目撃者がいること、そして彼らの証言が大まかに一致していることに疑問を感じる。なぜ強盗被疑者はその時にあそこにいたのか。証言者たちは何を見て、何を見落としているのか。彼らの間に何か繋がりはあるのだろうか。
葛警部は、ただちに逮捕に踏み切るのではなく、捜査の裏付けを取るよう命じる。自らはこの謎を解くため、深い推理の世界に没頭する……

命の恩(2023年2月号)

親父を嫌っていた人は、大勢いるでしょう。でも、殺すほどに憎んでいた人は思い当たりません。いえ、ひょっとしたら酒のはずみで暴力を振るったり、振るわれたりしたこともあったかもしれませんが、それで親父が死んだとして……ばらばらにされるようなことは、なかったと思います。

榛名山のふもとに広がる「きすげ回廊」は、その美しい風景で知られるが、ある日この地で恐ろしい発見がなされた。右上腕部の発見を皮切りに、次第に明らかになっていったのは、残忍なばらばら遺体遺棄事件だった。通常、遺体を隠蔽しようとする場合、人目につきやすい遊歩道のそばという選択は考えにくい。この行動から、犯人には単に遺体を隠す以上の、何らかの意図があったと考えられる。
葛警部補は、死体発見の報告が次々と入る中で、深い疑問に思いを馳せる。「なぜ遺体は切断されたのか?」「なぜ、その遺体は榛名山麓に捨てられたのか?」これらの疑問の答えが見つからなければ、たとえ犯人を捕まえたとしても、事件は真に解決されたとは言えないだろう。

可燃物(2021年7月号)

太田市の静かな住宅街を舞台に、一連の放火事件が突如として発生した。県警の精鋭、葛班が捜査を担当することになったが、犯人について有力な手がかりを掴む前に、事件は突如として収束した。犯行の背後にある動機は何だったのか?そして、なぜ事件は突然に終息したのか?犯人の正体は霧の中のようにつかみどころがなく、捜査は行き詰まる一方だった。しかし、そんな中でも捜査班はあきらめず、事件の真相に迫ろうと奮闘を続けていた……

本物か(2023年7月号)

――「本物か」は、ラストを飾るにふさわしいサプライズ度の高い1編だと思います。
米澤 一番トリッキーな作りのミステリですね。ここまでの4編は変形を含みつつも何が謎であるか、何を追求すべきかという、いわゆる設問を明確にしていました。「本物か」に限っては設問が伏せられ、読者が補助線を引かないと真相に辿り着けない構造になっています。
――読者が“何を考えなくてはいけないか”が最初のうちは提示されないということですか。
米澤 そうです。目の前で次々と出来事が起きるが、一見して読者への問題、謎の提示と思えるものはない。では、葛は何を問題にしているのか……をトレースして補助線を引くと真相が見えてきます。
 設問を伏せるのはアンフェアではないかという迷いもありましたが、5編目であるからこそ許される作り方だと考えて自分の中でこのプロットを通しました。
――凶器当て、ミッシングリンク、大小のホワイダニット、と謎の所在や問いを明確にした4編を経て、最後は自分で問いを立てる、そういうスタイルになっているということですね。
米澤 葛はこれまで何をゴールに捜査をしてきたか、がヒントかもしれません。
――ファミリーレストランで立てこもり事件が発生し、犯人の手に拳銃のような物が見えたことで現場に緊張が走る。臨場した葛は逃げて来た客や店員の証言を集めていきます。
米澤 葛が真相に近づいていく手段そのものは、“日常の謎”的なんですよね。厨房スタッフたちから聞き取ったパスタの茹で時間から推論を立てたり。
 日常の謎といえばの北村薫先生に「六月の花嫁」(『夜の蝉』所収)という短編があります。大学生たちが遊びに行った別荘でいくつかの他愛ない物がなくなっていく。消えた物に法則はあるのか、次になくなる物は何かという会話をしながら、最後の最後で、別荘で起きていたことは何だったのかという問いがいきなり投げかけられる。今日のイベントのために自分の本棚を見ていてふと、「問いがスイングされる小説を確かに自分は読んできたのだな」と思い、「六月の花嫁」の鮮やかさにも改めて気付きました。
――「本物か」の源流に「六月の花嫁」があるというのは意外ですが、伺うと納得ですね。そして5編目は、読後感の点でも他と少し違うように思います。
米澤 警察が出てきているということは事件が起きていて、ということは被害が発生している。解決したからといって被害は取り返しがつかない。後味としてはどうしたって苦い物が残るし、それは警察という仕事の宿命だと思っています。その上で、1冊の小説を読んできて、最後の話くらいは何か1つくらい、少しは「まあ、これについては良かったね」と読者が思えるところがあればいいなと。

https://books.bunshun.jp/articles/-/8506


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