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アエイウエオアオ!

私は武藤由実。
 
仕事はニュース原稿の作成。
この仕事をして10年になります。
 
12年前まで私は、
昼と夕方のニュースを担当する
キャスターでした。
 
でも入社3年目に転機が…。
 
人工知能のバーチャルキャスターの起用で、
私はその職を失います。
 
当然、私よりも流暢りゅうちょうに、
ニュース原稿を読みます。
 
地名や人名も言い間違いませんし、
下を噛みそうな言葉はAIにはありません。
 
緊急地震速報にも対応できるみたいです。
 
本人AIに避難の必要がないので、
便利みたいです。
 
じゃあ私は何をしてるのか?
 
最初は彼女AIが読む原稿作り
 
サブキャストという役職らしいです。
 
そして抑揚よくようの付け方
読み方の指示を入力するのが私の仕事。
 
でも数年前から、
原稿作りも彼女AIがやるようになり、
私の指示もぐっと減りました。
 
もっと仕事がしたいのに…。
お金もらえてるから良いか…。
 
そんなちっぽけな満足感で、
気持ちを奥底に閉まって…。
 
今日も暇だな…
 もう…辞めようかな…

 
天井を眺め、
そんなことを考える日々…。
 
ある日。
 
階段を駆け上がってくる音と、
開いた扉が激しく壁にぶつかり、
フロアー全体にその金属音が鳴り響く。
 
みんなの視線が、
その音のする方にそそがれる。
 
そこにいたのは、
番組ディレクターだった。
 
「おい!武藤!
 武藤いるか~!!
 お~い!!武藤~!!」
「はい」
 
「お~いた!
 良かったあ~。
 お前スーツあるか?
 すぐ準備しろ!」
「え、え、スーツなんて、
 これだけですよ」
 
「マジか!
 仕方ない衣装用意するから、
 まず着替えてこい!
 着替え終わったら、
 すぐ俺のデスク…は無理だな!
 お前に後で電話する!
 携帯忘れんな!!

「あの~、一体何が?」
 
「さっさと下で着替えてこい!
 一刻を争う状況だ!!
 行けっ!!」
「はい!」
 
階段を飛び降りて、
廊下を全速力で駆け抜ける。
 
「…どこの楽屋?」
 
場所を聞いてないことに気付いた時、
私の名前を呼びながら、
隣を並走するスタッフ。
 
「武藤さん!
 スタイリストの水戸です。
 あそこの楽屋に衣装用意したので、
 そこで着替えて下さい。
 私はメイクさん呼んできますので
「はい」
 
私は教えてもらった楽屋に入り、
ハンガーにかけてあった衣装に着替える。
 
着替えが終わる間もなく、
扉を激しく叩く音。
 
「はい!はい!」
「す、すいません武藤さん!
 5分でメイクしますのでお願いします。
 あとそこでディレクターが、
 これを武藤さんに渡すようにと」
 
メイクさんが手渡してきたのは、
ニュース原稿。
 
「何で?」
 
テンテテテ!テンテレテンテン!
テテテテテン!
 
急にスマホが鳴る。
 
「はい」
「武藤!
 メイク終わったか?!」
 
「まだ、いま来たばかりです」
「何だよ!おせえよ!
 本番まであと10分だぞ!
 
「本番って何ですか?」
昼のニュースだよ!
 あれは生放送だろうが!

 
「私、何させられるんですか?!」
今日はお前がニュースを読むんだよ!
 
「そんな!
 そんなの聞いてません!!」
「今、言ったじゃねえか!」
 
「そんな急に言われても、
 私、もう10年以上、
 キャスターしてないんですよ!

「そんなの知ってる!
 でも他にキャスターいないから、
 仕方ねえじゃねえか!」
 
「仕方ないって…。
 何で私なんですか?!
 AIキャスターは?
機材トラブルだよ!
 今日一日、原因究明だそうだっ!!
 くそっ!!!
 15分前に言ってくんなっつうの!!
 
「無理です!
 私には無理です!
 もう発声もしてなくて声も心配ですし…
 ニュースの内容も頭に入ってないし…
 途中のコメントも用意してません。
 何より、リハなしは無理です!」
「気にすんな!
 どんなニュースになろうと、
 俺が責任を取る!
 だからお前は今、
 できることをしてくれればいい。
 みんなでフォローする!
 頼む!武藤!
 急にこんな事になったのは、
 俺のせいだし悪いと思ってる!
 でもニュースを待ってる人のために…
 頼む!!」
 
「……
 わかりました…
 原稿確認するので、
 切っていいですか?」
「ありがとう!!
 武藤!!あとでな!!」
 
必死に内容を読み直して頭に入れる。
 
覚えるではなく内容を理解していく…。
 
何が起きてどうしてこうなったのか…。
そしてそれをどう伝えればいいのか…。
 
「はい。武藤さん終わりました。
 最低限度ですいません」
「そんなことないです。
 ありがとうございます。
 おかげで原稿に集中できました」
 
私は楽屋を出てスタジオまで、
原稿から目を離すことなく、
早足はやあしで長い廊下を進んだ。
 
スタジオの扉を開けると、
懐かしい香り見覚えのあるセットが。
 
カメラマンと照明さんが、
チェックをしている。
 
私はあの頃と同じ歩幅で、
いつも立っていたあの場所に立つ。
 
……。
 
「静かにお願いします!
 ……
 はい本番前!
 3,2,・・!」
 
お昼のニュースです。
 本日はAIキャスターが、
 機材トラブルのためお休みで、
 わたくし武藤由実がお送りします。
 最初のニュースです…

 
……。
 
番組は無事に終了した。
 
だが散々な内容だった。
 
テロップのタイミングは間違うし、
滑舌の悪さは自分が一番よくわかった。
 
でも…楽しかった。
 
放送が終わるとスタッフさんが、
みんな笑顔で迎えてくれた。
 
ディレクターはなぜか号泣していた。
 
合格点には程遠い番組内容に、
批判の声が上がるかと思ったが、
視聴者の声は真逆だった。
 
そして私は来月から、
キャスターとして復帰することになった。
 
ディレクターが局長に掛け合ったと、
あとから聞いた。
 
AIキャスターの会社にも、
だいぶ不満があったようだ。
 
また一緒に楽しいことやろうな!
 
それがとても嬉しかった。
 
また頑張ろう!
 
「ふ~
 ……
 アエイウエオアオ!
 
 

このお話はフィクションです。
実在の人物・団体・商品とは一切関係ありません。

お疲れ様でした。