見出し画像

「陸で待つ人たちにも航海の安心を届けたい」そんな想いから"イチダケ"は生まれました。

突然ですが、船舶の航行において一番重要な情報はなんでしょうか。
私は"位置情報"だと考えています。
というのも大海原に出てしまうと周囲一帯海面以外は何もありません。そんな中で"今、自分が地球上のどこにいるのか"が分かるだけでも安心感が生まれるものだと思っています。

大海原でポツン、、、ここはどこなのかわからないと不安になります

船舶の位置情報の歴史は古く、昔の方々は太陽や星などの天体からおおよその位置を読み取っていたようです。その後、科学技術の発展に伴い、無線技術を活用した測位技術ができ、さらにはGPS衛星が登場し全世界どこでも場所がわかるようになったりと年々進化してきました。
しかし大海原の中で位置が分かっても、その情報を陸上にいる人に伝えることはまだ大きなハードルがあります。というのも陸地から遠く離れると通信手段は衛星通信のみとなるから。大型船舶などでは衛星通信は普及していますが、小型船舶や漁師さんには広まっていない印象があります。

そこでフルノから2023年1月、"新しい位置情報活用サービス"がリリースされました。そのサービスの大きな特徴はフルノでも過去例がなかったサブスクリプション的なサービスとして登場したこと。どういったサービスでなぜこれが開発されたのか、担当者にインタビューしました。

新しい位置情報活用サービス "ichidake30"
イチダケとは一体…???

過去の資産と偶然が生み出したフルノ初のサブスクサービス

インタビューしたのはデジタライゼーション推進部の豊田さん。今回、船舶の位置情報をモニタリングするクラウドサービス"ichidake(イチダケ)30"の企画から開発、そしてリリースまで、中心となって取り組まれました。

豊田 雄介さん
2015年、ソフトウェアエンジニアとして古野電気に新卒で入社。通信機器の研究・開発に従事し、特にAIS(船舶自動識別装置)に関する造詣が深い。
より顧客に近い環境での製品開発を熱望し、2021年、デジタライゼーション推進部(通称デジ部)に異動。トラッキングシステムの資産を活用した新サービス"イチダケ"を企画・開発。

まずはこのイチダケを企画するに至った経緯を伺いました。

豊田さん「私がデジ部に異動したのは2021年、フルノでは辛坊さんの太平洋横断プロジェクトで位置情報トラッキングシステムが社内外で注目を集めていました。そのシステムを作っているのがデジ部でしたので、いろんな方からこのシステムに関する評価の声を聞いていました。好意的な声が多く、製品化・サービス化はされないの?という要望も少なくありませんでした」

辛坊さんの太平洋横断プロジェクトのトラッキングシステム
太平洋往復の位置情報などをプロットし続けた

しかしトラッキングシステムは1点ものとしての認識が強く、当時は部署内でも製品化は厳しいという意見がほとんどだったそうです。
ですが、豊田さんはそのことに疑問を持ち実際に調査を始めました。

豊田さん「調査した結果、"厳しい"ということがよくわかりました(笑)
トラッキングシステムを製品化するとなるとハードウェア設計から始まるので費用対効果が合わず、かつフルノの品質基準に適合するかが不透明で、確かに厳しいなと実感しました。
それで諦めようかと考えていた矢先に、トラッキングシステムでも活用していたメーカーから新しい衛星通信モジュールが販売されているという情報が入ってきました」

イリジウム社から販売された端末
ソーラーパネルで駆動するため電源不要かつ小型

まさに渡りに船、衛星通信サービスの本家から活用できそうなモジュールがリリースされたことで、早速購入し検証がスタートしたそう。

始まったスモールスタート
その先にはフルノを待ってくれるお客様の存在があった

販売されたモジュールはソーラーパネルで充電し、通信できるケーブルレスなモジュールで豊田さんが理想としていた仕様。早速モジュールを購入し、フルノの実験船に取り付け検証を開始しました。

フルノの実験船に端末を早速取り付けて実験開始
デジタライゼーション推進部では開発のスピード感を大切にしていると言います

豊田さん「検証を重ねる内に徐々にどういう使い方が良いのかがわかってきて、自分がやりたいことが実現できると感じました。そのためこのモジュールを使ったビジネスが生み出せるかどうかを検討する段階に進むことが出来ました。」

こうして新サービスのコンセプト検討を始めた豊田さん。考えたのは徹底的に手間を減らした、船舶の位置活用サービスの入門機を作るというアイディアでした。

豊田さん「これまでも船舶の位置を陸上に送る手段としては無線機やAIS、衛星通信機器など様々な製品がフルノでもありました。しかし専用の機器やアンテナが必要で導入コストや手間がかかります。また船舶側でプロバイダ契約など煩雑な作業が必要になることも懸念点でした。
なので、モジュールもアプリもコミコミで、設置するだけで電源も不要、通信も月額いくらでできる!というサブスクリプションサービスを用意することでそういったハードルすらも取り除くことができるなと考えました。」

事前検証の良好な結果もあり、この提案が通りサービス化に向けて本格始動することになったそうです。
そこからは辛坊さん、堀江さんサポート時に培ったトラッキングシステムのノウハウや商船向けのオープンプラットフォームなどの資産も活用し、多くの船舶を一手に管理・表示できるビューワーの開発に着手。さらに実際にお客さんの船で検証を行うフィールドテストなどを進めていくことになりました。

商船向けのクラウド資産などを活用してサービスの早期開発を実現
(FOP:フルノオープンプラットフォーム)

豊田さん「なかなか船舶の業界でサブスクリプション的な事例が少ないので、やり切れるのかの不安もありました。しかし新規参入するベンチャー企業も増え始め、彼らは当然のようにサブスクリプションサービスを始めています。
そんな焦りもある中、お客様から『いろんなサービスが最近出てるんだけどね、私はフルノから出たら契約するよ』と言われたことが印象的でしたね。フルノを信頼してくれているお客様がいることを実感し、リリースまで奮起することが出来ました。」

いろんな船を訪船し、トライアルに奔走したとのこと

位置情報だけでもできることはある
ユーザーを増やすことで付加価値を高めたい

こうしてリリースを迎えた"イチダケ"、この船舶の位置情報を把握することは具体的に何の役に立つのかを伺いました。

豊田さん「船の位置というのは船舶の一番の基本情報だと思っています。なので昔から位置情報が分かるように様々な技術が使われてきましたし、GPSなどで入手した位置情報はレーダーやプロッタなど航海計器に基準として使われています。私が今考えているのはこの位置情報をもっと活用して付加価値を生み出したいということですね」

"まずは多くの方に一度トライいただいて沢山の要望を集めたい"と豊田さんは話します。ソーラーパネル充電とイリジウム衛星通信のおかげで配線は不要となり、置くだけで利用可能な点が顧客にも受け入れやすいと期待しているとのこと。

フルノの実験船にも自分で設置して手軽さを確認

豊田さん「例えば漁師さんの場合は自分だけの漁場を隠したいということでポイントに近づくとAISを切ってしまうことが多いと聞きます。そうなるともう誰にも船の位置がわかりません。
しかしイチダケの場合、契約者専用のビューワーがあるので身内だけで船の位置情報を把握することができます。また位置情報がわかればプロットしていくことで航跡が分かりますし、移動距離を見れば大体の船速や針路もわかります。そうなると船同士で位置情報を船舶電話などで確認する手間も省けますし、地上で待つ船主やご家族の方々の安心に繋がるなと考えています。」

他にももし海難事故が発生した際も位置情報が判明していれば救助の手を早めることができます。このように位置情報のモニタリングをどこでもできるようにすることでより多くの人に航海の安心・安全を感じてもらいたいと豊田さんは話します。

イチダケビューワーのイメージ
シンプルなマップとデータ情報で見やすさもポイント

船のデジタル化をどんどんと前に進めていくために
顧客とトライアルを繰り返し、スピード感のある開発を

革新的なものを作りたいとデジ部に飛び込んだ
日々同僚と議論を重ねて充実した日々を過ごしているとのこと

2023年1月にリリースされたイチダケ30、しかしここからまたリスタートだと豊田さんは話します。クラウドサービスならではの利点でもありますが、イチダケはリリース後も顧客要望やデジ部で生まれたアイディアを踏まえてスピーディに改良を続けています。

豊田さん「お客様のところで実際に使われ始めてから沢山の気づきがありますね。例をあげると"操業禁止エリアに近づいていないか分かるようにして欲しい"だったり、"船が港から一定のところまで帰ってきたら通知して欲しい"などです。実際に活用してくださる方々の日々の仕事や生活にサービスが入ることで改良すべきポイントが沢山見えてくるということがとてもいい経験となっています」

お知らせ機能のイメージ (西宮浜が港の場合)
船上の人だけでなく、陸で待つ方々にも安心を届けるのがイチダケの使命

特にお客様から好評を得ているのがメッセージアプリLINEを活用した機能とのこと。この機能のアイディアはデジ部の後輩である尾崎さんが発案し、現在協力いただいているお客様の元でトライアルを実施しています。
尾崎さんにもこの点についてお話しを伺うことができました。

入社2年目の尾崎さん
豊田さんとタッグを組んでイチダケの機能向上に取り組んでいる

尾崎さん「豊田さんがお知らせ機能の構想を考えているときにLINE通知はどうですか?と提案させてもらいました。というのも私自身あまりメールを見ないので、よりリアルタイムにお客様に見てもらえることを考えたときにLINE通知が一番かなと」

そうして採用されたLINE通知機能のプログラム実装も尾崎さんが実施したそうです。発案からトライアル実施まで3ヶ月というスピード感で開発を進められました。

尾崎さん「LINEのように広く一般に広まっているアプリケーションを絡めたサービス事例が今までフルノになかったので、LINE側のシステム調査や法令関係などの確認という点で苦労はありました。。
お客様のところでトライアルしていただく前は不具合など起きないかドキドキしましたが、使いやすくて便利と言ってもらえてとても嬉しかったです。
入社前は自分が携わったものがこんなに早くお客様に届くとは思っていなかったので、このスピード感はデジ部という環境ならではじゃないかと感じています。リリースまでもう少しなので気を引き締めて頑張ります」

イチダケのLINEお知らせ通知のイメージ

要望対応や良いと思った機能追加についてスピーディに対応することでお客様の期待に応えていくと意気込むデジ部のお二人。
そんな中で大切にしていることは機能のシンプルさを損なわないことなのだとか。

豊田さん「月額いくらというサブスクリプション的なサービスなので、お客様が使いづらいなと感じると離れてしまいます。しかし進化を止めるわけにもいきません。そのためシンプルで使いやすいことで新規のお客様でもすぐに使えて、ユーザー数を増やしていく。そうして多くのユーザーから求められる要望が入手できたらスピーディに対応することでより付加価値を高めていきたいと考えています」

"位置だけでもこんなに役に立つんだぞ!というサービスに育てていきたい"と今後の展望を語っていただきました。これまでモノ売りで事業を広げてきたフルノに突如現れたコト売りのサービス。海の世界でもこれからますます盛り上がりをみせていくことでしょう。
船舶のデジタル化を推し進めるデジタライゼーション推進部の活躍、今後も注目していきたいと思います。

執筆:高津こうづ みなと

- 海を未来にプロジェクト -