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小説

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大学生の時に書いた小説をリメイクしてます
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記事一覧

ゆくすえ(小説)最終

ゆくすえ(小説)最終

ていねいに磨き上げられた食器を、陽の光に透かした。海の底のような深い色をしたそれは、以前から気に入っていたものだった。恩田と暮らし始めたばかりのころ、工房を何軒もまわったのちに買ったものだ。秋の光が穏やかに射して、めるろのこめかみを照らした。窓の外に視線を向ける。きらきらと輝く河川が、遠くまでいちめんに広がっているのが見える。
 新しい部屋には、何もなかった。たいていのものは以前の家で処分を

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ゆくすえ(小説)4

ゆくすえ(小説)4

「殺してやりたい」
 と思った。思ったけれども、この思いをどこに向ければ良いのか、わからなかった。手がかりがなかった。相手に心当たりはない、と言い切られてしまったので、それ以上を聞き出すことができなかったのだ。鬱屈とした黒い塊が喉元まで迫ってくるように感じた。研究をしていても、アルバイトをしていても、その塊は離れない。怒りとよく似ているが、等しくはない。言葉として当てはめるならば、失望や徒労の感覚

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ゆくすえ(小説)3

ゆくすえ(小説)3

(強姦の描写があるため最終段落のみ有料にしています)

恩田の身体に触れているとき、陽を注がれた植物のように、自らの身体がしなやかに伸びていくのを、めるろは感じる。この身体は正直で、それでいてどこまでも続いていく。とどまることを知らない。すみずみまで広がってゆく。もちろんそれは比喩だけれども、恩田との生活が長いものになってくると、めるろはつくづくそう感じないわけにはいかなかった。この男の部屋中

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ゆくすえ(小説)2

ゆくすえ(小説)2

電気ケトルで尿を沸かす輩がいるらしいぜ。
 鍛えられた身体を姿見に写しながら、男が言った。ごうごうと回る換気扇。安っぽく繰り返されるピアノの旋律。めるろは黙って寝返りをうち、自身の性器に指をあてがう。分泌液はとうに乾いている。固まった陰毛を右手の親指と人差し指でほぐし、そっと鼻に持っていくと、蜜のような、甘やかな香りが広がった。きたない、と口に出す。男はそれがケトルの話だと思ったのか、とんでも

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ゆくすえ(小説)1

ゆくすえ(小説)1

 恩田はなんでもない男だと、めるろは思う。とりわけうつくしい顔だちでもなければ、逞しい肉体を持ちあわせているわけでも、ない。なんでもない男だ。細くて角ばった肩は、科学博物館に展示された恐竜のレプリカに似ているし、白くて尖った耳は、なんだか夜行性の動物を思わせる。めるろちゃん、おれ、いいこと思いついちゃった。いつだって恩田は、めるろの耳に口を付けてきて、そう誘うのだった。キャンプに行くのはどうかな。

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女王さま(小説)

女王さま(小説)

 道は定められていると、あたしは思う。神様著作地球大辞典、島国の章、日本編の2024ページに収納された、ちっぽけなあたしの人生。その文章をゆっくりと読み進めていくことで、人は年老いていくんだと、あたしは思う。
 だから、「あのとき、ああしていれば」という考え方を、あたしは基本的に信じない。並行世界なんて絶対にありえない。本のページは戻すことができない。もう決まりきっていることなんだ。だからナオと会

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初恋(小説)

初恋(小説)

 みのりがわたっちょを好きだって言ったとき、あたしはそんなに驚かなかった。だってこれまでもみのりの会話のふしぶしには、わたっちょの話題が出ていたのだもの。それに遠目で観察していても、彼女が向ける視線は特別なものに見えたから、「ああ、好きなんだなあ」って、ずっと思っていた。
 正直なところ、わたっちょのどこがいいんだか、あたしにはさっぱりわからない。たしかに背は高いかもしれないけど、でも、でも、それ

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水蜜桃(小説)

水蜜桃(小説)

 文吾さんが女を抱いているのを、あたしは知っている。こうして麦茶が温くなっていく間にも、せっせと抱いているのを、あたしは知っている。文吾さんはどういう風に女を抱くのだろう? ご飯の時も、お風呂の時も、買い物の時も一緒にいるのに、それだけは分からなかった。あたしは一度も文吾さんに抱かれたことがなかったのだ。ここに来て、もう一年も経つというのに。

 この家にいると、何だかひとつの置物になったように感

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愛日(小説)

愛日(小説)

先生の体はわたしがつくる。そう意気込んで始めた料理だったけど、七日目にしてもう、がたが来ている。なんだってこんなに手間がかかるのだろう? せっかちなわたしはいらいらしながらクックパッドを覗き込む。油の取りきれていないぬめぬめとした指で触ったせいで、端末の画面が汚れてしまう。ああ、と声を漏らす。ああ、もう! どれもこれも、先生のせいだ。先生が、メロンパンばかり食べているから。コンビニのメロンパン

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沈める(小説)

沈める(小説)

 ごうごうと音が鳴る。生あたたかい世界に抱かれたわたしは冬眠する動物のように安堵する。時間がゆっくりと流れる。旋回し、留まり、浮き沈みを始める。ずっとここにいられたらいいのに。ここにいて、誰も、わたしのこと、好きにも嫌いにもならないでくれたなら、いいのに。
 水面に顔を出すと、世界の秒針が一気に進み出したような気がした。現実に戻される引力が不快だった。二十二歳。大人。浴槽に潜る、だなんて、どうかし

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先輩(小説)

先輩(小説)

恋は宗教。先輩は教祖。二人でいいから教会を作ろうよ。数Bなんか全く手につかない。数学担当の福ちゃんには悪いけど、私にはZ軸を学ぶ暇などない。福ちゃんは最近結婚した。よその高校で英語を教えている先生らしい。写真を見せてもらったら、とても綺麗な人だった。福ちゃん、福ちゃんもその人を崇拝しているよね。その人の言うこと全てがイエスさまの言葉みたいに感じられているんだよね。福ちゃんは困った顔をした。困

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流れる (小説)

流れる (小説)

 思いがけない者からの思いがけない誘いに、あんずは胸を弾ませた。大学進学を機に上京していたみちが、地元へ帰ってくるのだった。あんずは下着姿のまま、畳に腰を下ろしている。久しぶりの化粧だ。エステティシャンの姉から譲り受けたファンデーションは、十二月の刺すような冷気のせいで、出しにくくなっていた。ポンプを外し、硝子の容器を上下に振る。たいへんな量が出て、化粧品特有のむっとした香りが立ち上る。出しすぎた

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推し(小説)

推し(小説)

細野くんが今日もかわいい。線の細いからだ、尖った白い顎、さらさらと風になびく髪……。細野くんが今日もかわいい。
 細野くんは同じ学科の男の子である。大学一年生のときから推していて、四年生になった今でも推している。細野くんとは、話なんて合わない。いつも彼の好きなゲームやアニメの話をただ聞いているだけだ。でも細野くんは顔がいい。細野くんはとてもかわいい。だからあたしは細野くんの話を聞いている。
 あ

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ダイエット(小説)

ダイエット(小説)

 インスタグラムで「コンビニダイエット」と検索すると、カロリーの低い商品が表示される。保存したポストを開きながら、サラダチキン、ヨーグルト、0キロカロリーの青汁を選び、レジに持っていく。昨日は講義終わりにパンケーキを食べてしまった。あけみがクリームたっぷりのベリーパンケーキを頼んだので、私もそれを頼むしかなかったのだ。人と食べる時には、制限しちゃいけないというのが私のルール。カロリーばかり気にして

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