北極・南極に生息する細菌・ファージ・魚類に関する雑記。
①北極の海氷と融解水の池で単離された好冷菌とバクテリオファージ
2006年のThermophilesに掲載された、北極で見つかった好冷菌とバクテリオファージについてである。
グリーンランド海の東に位置するスヴァールバル諸島で、研究チームは3種類の細菌を採取した。採取場所から、細菌をそれぞれ1A、11B、21Cとした。
1Aは一カ所の同じ海氷で採取され、残る2つは各々異なる融解水の池で採取された。いずれの細菌もグラム陰性で、16sRNAの配列を用いたホモロジー検索では、1AがShewanella frigidimarina、11BがFlavobacterium hibernum、21CがColwella psychrerythrawaとされた。ただし相同性は100%ではなく、いずれも新種の可能性が考えられた。3種ともグラム陰性菌用の培地で、増え方には差が見られたものの、培養できた。電子顕微鏡による観察で、いずれも楕円形であるが、1Aと21Cは運動性があり、11Bには運動性が見られないことがわかった。
また、3種には各々バクテリオファージによる感染が見られ、これらも電子顕微鏡で観察した。1Aに感染していた1aは比較的大きな頭部および短い尾部よりMyoviridaeに属することが考えられ、11Bに感染していた11bおよび21Cに感染していた21cは長い尾部よりSiphoviridaeに属することが考えられた。いずれのバクテリオファージも、自らの宿主(1aは1A、11bは11B、21cは21C)にしか感染できず、大腸菌K12株に感染させようとしたが、できなかった。また、制限酵素を用いた解析で、3種とも2本鎖DNAを持つウイルスと考えられた。
3種の細菌の成育温度を検証したところ、いずれも0度で増殖し、5-7日後にはコロニーが見られた。そして、25度で2日間培養すると、いずれも不活性になり、活性を取り戻さなかった。また、バクテリオファージにおいては、1aは0-14度で生育するが13-14度では10度培養のプラークより小さくなること、21cは5度生育のプラークが0度のものより小さいことがわかった。細菌・バクテリオファージ共に低温に依存していた。
好熱菌に感染するバクテリオファージなど古細菌特異的なウイルスの存在は以前より知っていたが、好冷菌にも同様のことがあるのだと、改めて知ることができた。この報告以外にも、南極やバルト海などで同様の報告を検索で見つけることができた。極限環境の生育する細菌やウイルスの知見は産業への応用への期待が大きいと思うので、資質溢れる科学者・技術者の方々に、この分野の一層過激な開拓を心より期待したい。最後に、この帳尻合わせの意味を書きながらわかった気がするので、一文。バクテリオファージの頭でっかちで尾の長い形態が、月着陸船のような機械的な外観で、何とも不思議な思いを抱き続けてきたからかもしれない。
使用文献
Isolation and characterization of marine psychrophilic phage-host systems from Arctic sea ice Michael Borrissら著 Extremophiles (2003) 7 : 377-184
<北極・南極に生息するウイルスについて>
内容については、前回を考慮し、極限環境に生息するウイルスとした。スペインのマドリード大学の研究チームが北極および南極に生息するウイルスについて、2018年に発表した総説である。極限環境のウイルスの発見については、メタゲノムの研究が次世代シーケンサーの進歩により可能になったことが大きい。また、北極と南極のウイルスは類似性が低く、約2500万年前に分かれて互いに独立して進化したとのことだが、ここでは、南極に済むDNAおよびRNAウイルスに絞って記載していく。
①南極のDNAウイルス
シルコウイルス、ジェミニウイルス、サイテライトウイルスといった、環状1本鎖(ss)DNAウイルスが、南極の湖で見つかっている。その多くは未記載の新種とされる。また、夏期に氷が溶けると藻類が繁殖するが、フィコドナウイルスが増えていく。このウイルスに感染するウイロファージがいることで、藻類は一定の数に保たれる。
南極には湖以外にも淡水の水たまりがあるが、淡水に住むウイルスは海水のそれとは類似性が低く、系統的に離れているとされる。酸素濃度が高い湖ではフィコドナウイルスが優先し、酸素濃度が低い湖ではシフォウイルス、ミオウイルス、ボドウイルスといったバクテリオファージが優先している。
水中のみならず陸上にも特有のバクテリオファージが優先種としていることがわかっている。また、フィコドナウイルス、ミミウイルス、ウイロファージの存在が確認されている。
②南極のRNAウイルス
RNAウイルスの方がDNAウイルスよりも豊富に生息するかもしれない。ピコリナウイルスが多いようで、湖で優先していると思われる。また、ピリコリナウイルスでは1-4の亜種が存在し、特に2は水中のみならず藻類層にも分布していることがわかっている。ウイルス含むプランクトンの約65%はRNAウイルスであり、ピコリナウイルス科に近縁のRNAウイルスが主になるとされる。
<好冷菌の総説より>
2021年にインドの研究チームが発表した好冷菌の総説より、この細菌とファージに関する少しばかりの知見を追加で載せたいと思う。好冷菌の一種では、アルカンモノオキシゲナーゼが転移因子の酵素が豊富な領域にコードされていることが見つかったが、このことはファージが関与した遺伝子の移動が示唆される。また、好冷菌のORFがファージ特異的な遺伝子領域で見つかる報告もあった。リボヌクレオチドレダクターゼ遺伝子がファージと好冷菌の間で移動があったことも、BLASTの解析でわかっている。また、好冷菌に関わるバクテリオファージからは、CRISPR-Casシステムが発見されている。
<チベットの氷河から>
米国オハイオ州立大学の研究チームが今年発表した報告も追加する。チベットの氷河より、約1万5千年前に凍結した細菌やウイルスを採取し、大規模ゲノム解析でその種類を特定したというものである。ここではウイルスの知見に焦点を当てたい。バイローム(virome)とも呼ぶべき膨大な種が既知のものも含めて存在していたとのことである。細菌への感染が示唆される結果も得られた模様である。またMethylobateriumに感染するファージからは、2種類の繊毛関連の新規タンパク質が見つかり、宿主から栄養を獲得しやすくする代謝の補助的な役割を果たしていたのではないかと推測されている。凍土からのこのような報告は、グリーンランドのトマトのRNAウイルスであるトバウイルス以来の発見になる。
使用文献
Viruses in Polar Lake and Soil Ecosystems Alberto Rastrojo他著 Advances in Virus Research, Volume 101 2018
Psychrophiles : A journey of hope Shivani Tendulkarら著 Journal of Bioscience (2021)46:64
Glacier ice archives nealy 15,000-year-old microbes and phages Xhi-Ping Zongら著 Microbiome (2021)9:160
③南極に住む原生動物に共生する細菌が銀粒子を生産できるという知見
論題から、遺伝子の水平移動を示唆する知見について紙面が割かれているが、多くの科学者の目にひくのは、銀粒子の生産であろう。産業面での応用も考えられるので、今後、引用件数が劇的に伸びるのではないだろうか。本文中にも、銀粒子の電子顕微鏡写真が掲載されている。
南極に生息するスイショウウオという魚だが、低温適応のためなのか、ヘモグロビンを持っていないという。
人間であれば必要な量の酸素を供給できないので、生存不可能である。この魚はヘモグロビン以外のグロビンも、遺伝子の欠失などの変異で、働いていないという。しかし、赤血球自体は腎臓より作られており、以下の文献の染色画像でも載っている。
表現が微妙だが、青白く、水晶玉のような美しさがある。赤血球への細胞分化に関わる遺伝子やその変異を詳細に調べたところ、途中の段階までは細胞分化していくが、赤血球へと分化するのに必要な後半のステップで、遺伝子が働いていないようである。ヘモグロビンと同様、人間でこのような変異があれば重篤な疾患で、まず生存はないといっていい。
関連するリンクを掲載する。
スイショウウオのゲノムから明らかになった低温への適応 | Nature Ecology & Evolution | Nature Portfolioスイショウウオのゲノムから明らかになった低温への適応
サポートは皆様の自由なご意志に委ねています。