外伝:有望な怪物達 その12:空港にて
空港のロビー。髪を整えて、コートを着て、車椅子に座る博士。
ロバート「待って下さい、私が博士に最後にお会いしたのは?」
博士「最後?」
ロバート「ご一緒させて頂いたでしょうか?」
博士「3年前かな」
空港内の荷車を運ぶ台車の音が、やかましく過ぎ去る。
ロバート「今、我々は旅行中ですが、どんな手段で、どこに向かおうとしているのか、教えて頂けませんか?」
博士「私達は、イタリアのコモ湖があるベラジオに行き、『自然史の視点から見た人間の脳、感覚器官の進化の三千万年』の会議に出るのさ。演題は、私の『幼生転移』と呼ばれる考え、『雑種形成説』とも呼ぶだろうが、幼生のみならず、少なくとも幾つかの動物の幾つかの器官に、進化の仕組みとして起こったという考えだ。おそらく、人間の脳の進化にも直接関わっているだろうね。でも、これは単なる思いつきだがね」
ロバート「博士、論文の提供については、どのようにお考えですか?」
博士「公式な講演で論文を提供してから、何年も経つね。でもわかってもらえる発表をする自身はあるよ。ゆっくり話せば、30分持ち時間のルールをうるさく求められないさ」
ロバート「全員、持ち時間は30分なのですか?」
博士「決まりだよ。私が30分でやっても、あまりに多くの言葉を言ってしまったり、発音できない言葉を言ってしまったりしたら、長くなる。しかし、私はそうはしないよ」
映像の出演者と協力者の氏名・組織名が下から出始める。
博士(音声)「私は、人間の脳の会議では、ただの貢献者さ。脳に損傷を負っているからね。でも、私の話は、脳の損傷についてじゃない、全ての動物に影響を及ぼす進化の仕方の発見であり、私が『幼生転移』と呼ぶものについてさ。もちろん、人間の脳は動物の進化の産物だ。ダーウィンは、幼生と成体は同じ遺伝資源から少しずつ進化した、と仮定した。その考えが持ちこたえられないと決断するに、私は30年を要した。フランシス・バルフォアは、彼自身の二冊の論文で、同じ事を言っているよ。彼とダーウィンは1882年に亡くなった。バルフォアは30歳、ダーウィンは72歳だった。バルフォアと私は、それぞれ別々に、同じ見解を得たんだね」
博士を乗せた車は、高速道路を走り続け、長いトンネルを抜けた。曇り空に、大きな湖が広がった。ロンドン、2010年と表示。
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