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音をつづる文章から、聞こえてくるのは森の景色。

文字は音階を持たないから、どれだけ文章に耳を傾けても音は聞こえない。
当たり前のことだけど、この小説を読むとつい忘れそうになる。

目にも見えない音楽を、文字で表現するなんて。

つくづく「羊と鋼の森」に出会えてよかったなと思います。

以前、「羊と鋼の森」(宮下奈都さん)の記事を書き、企画に参加しました。
今回はその記事だけでは書き足りなかった分になります。


「羊と鋼の森」 宮下奈都

主人公の戸村は、高校生の時に偶然、ピアノの調律に立ち合う。
調律師の手によって、目の前で変わっていくピアノの音に魅せられて、戸村自身も調律師を目指す。
これまで山奥で過ごし、音楽と縁のなかった主人公が、ひたむきにピアノの1音1音に向き合う物語です。



文字から音は聞こえない。
代わりに、音や音楽を聞いた主人公の心の動きを教えてくれる。

それは、「絶対いい音」なんてものが存在しない中で、それでもピアノの1音ずつに向き合い、整えていく主人公の決意であったり、

近くに森なんてないのに、ピアノの音から森の匂いを感じ取った主人公の驚きだったりする。


森の匂いがした。秋の、夜に近い時間の森。風が木々を揺らし、ざわざわと葉の鳴る音がする。夜になりかける時間の、森の匂い。
本文一行目より


物語の一行目から、音のもつ景色に連れていかれます。

主人公が初めてピアノの調律というものを知った場面。
呆然と立ち尽くす主人公と一緒になって、私も秋の森を思い浮かべる。

この1行目から物語が始まって、気づけば物語の中に入り込んでいる。

主人公がいるコンサートホールへ、ピアノの音を聞いた主人公が思い描いた山や森へ。
私は一緒になってその景色を思い浮かべます。

主人公が聞いた音は、世界の美しいものをそっとすくい上げたような音だと言う。
どんな音だろう。私のまわりにあるささやかな幸せを頭の中に思い浮かべ、想像をめぐらす。


たった一冊の本とは思えないほどに、音や音楽や感情や景色がつまっているのです。



そういえば、この本に限らず、
文章の中に曲名が書かれていても、どんなメロディーかピンとこなかったりします。

私自身、ピアノを習ってはいたけれど、曲名も作曲家の名前も熱心に覚えてきませんでした。
小説に出てくる曲の中には、
タイトルと結びつかないだけで知っている曲も多いんじゃないかと思っている。でも調べて聞いたりもしない。


だから、文字だけを追いかけていても、どんなメロディーが流れているのか分からない。
だけど、主人公が感じた音楽が、主人公の心が動くほどの音楽が、その空間には溢れているんだろうと、思う。



文字から音は聞こえない。代わりに、いろんなことを伝えてくれる。
あるいは、私を物語の中に連れていってくれます。


音をつづる文章から、聞こえてくるのは森の景色。




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