【概説 その1】「私」とさまざまな意識状態 ―夢見・フロー体験・至高体験
ここでは、私たちの人生を豊かに、そして創造的にする「意識状態」について書いてみたいと思います。
通常、私たちは、自分の「意識状態 state of consciousness」のことなどあまり気にしません。「意識状態」は、いつも同じである思っているからです。それに特に注意を払うことなどはありません。
しかし、私たちの「意識状態 」には、さまざまな状態があり、それが、人生の創造性のカギであることを理解し、それらの状態を変えていけるようになると、人生は、決定的に変容していくことになるのです。
まず、私たちが、通常、昼間の現実生活を営んでいる時の意識状態を「日常意識」とここでは呼びます。これは定義です。
普段、私たちは、この「日常意識」の感じ、自意識の感覚を、「私」と感じて生きています。この感覚を基準にして生きています。不快になったり、楽しくなったり、心地良くなったりと、さまざまな微細な変動はありますが、だいたい「いつもの私」としています。
通常、この「日常意識」は、感情的にかき乱されることを嫌います。嫌な感情、悲しみ、怒り、嫉妬、憎しみ、不安があると、不快に思い、それを「無いもの」にしようとします。また、極端な喜びも不安を生んだりします。そのため、感情的な興奮があると、極力抑えようとします。「平坦で、淡々としていて、適度に機嫌がいい」ぐらいの状態を維持したいと考えています。
「意識状態 」には、他にもさまざまな種類があります。
例えば、夜見る「夢 dream」の意識状態です。
「夢」は、フロイト以降の深層心理学において、私たちの心の「無意識 unconsciousness」の内容を現わす重要な要素になっています。「無意識」とは、俗にいう「潜在意識」のようなものです。「夢」の内容の理解については、深層心理学諸流派によって、それぞれ違っていますが、その重要性は変わりません。
また、夢を見ている時の私たちの意識状態は、特殊なものです。後で「日常意識」で考えると、奇妙で奇天烈な事柄も、夢の中ではなんの違和感もなく思い、素直に行動しています。夢の中での判断や論理には一貫性があり、私たちは、それに従って行動しているのです。
通常、私たちは、自分の「夢」の内容をあまり理解できません。それは、「日常意識」の状態から、内容を振り返り、理解しようとしているからです。「日常意識」の論理で、それを理解しようとしているからです。
しかし、「夢」の意識状態は、それ自体として、独立したちゃんとした意識状態です。
「日常意識」とその「夢」の意識状態をコネクトし、つなげていくことができるようになると、「夢」の内容やメッセージがずっと理解できるようになります。
そうすると、私たちは、自分の「日常意識」だけが自分なのではなく、「夢」の意識状態も、自分であり、それも予想以上に「大きい自分」であることに気づいていくことになります。
そして、「日常意識」と「夢の意識」を含んだ、自分の大きな心/魂について、感覚を持てるようになっていくのです。
また、そのようなコネクトの中で、「明晰夢 Lucid dream」というようなことも起こってくることもあります。夢の中で、「これは夢だ」と気づいて、行動していくような夢です。これはまた、興味深い「意識状態」となっているのです。
また、身近な例を挙げると、「酒」に酔っている状態なども、別の「意識状態」です。
酔っている時、人は、リラックスしたり、楽しくなったり、気が大きくなったりします。また、人によっては、普段とは違う「別の人格」が出てきたりします。これらも、別の「意識状態」であるがために起こってくるのです。
また、身近な例で、軽度なケースを挙げると、「映画」や「小説」「音楽」などに没入している意識状態なども、「日常意識」の中に、軽度に別の「意識状態」が入ってきています。私たちは、登場人物に感情移入して、彼らが感じるような状態をさまざまに体感しているのです。音楽に没入している時も、その音楽を自分の身体のように体感して、それを聴いているのです。その意識状態も、日常意識の枠組みは大きく残っているのでわかりにくいいですが、潜在意識の或る要素が流れ込んできているのです。心理学的には、「投影 projection 」の作用によってこれが生じているのです。
大体、以上のような状態が、私たちが、普段の生活の中で感じている意識状態のタイプです。
ただ、これだけでは、これらの「意識状態」の違いが何を意味しているのか、どんな可能性を開いていくものなのか、私たちにはなかなかイメージがつきません。
もう少し「変化の度合いの強い」意識状態を見ていくことで、そのあたりを見てみたいと思います。
よく巷で、「ZONE(ゾーン)」と呼ばれる心身状態、意識状態があります。
アスリートが「ZONE(ゾーン)」に入ると言ったりします。アスリートがベストな状態でプレイを続けている中で、まわりの選手たちが、スローモーションも動いているように見える、ボールが止まって見えるという状態が生じるのです。そして、自分が的確な判断と行動でプレイし、これ以上ない完璧な状態、超越的な状態であり、ハイ・パフォーマンスを行なっているのに気づいているのです。
これは、心理学的には、「フロー体験 flow experience」と呼ばれているものであり、チクセントミハイ博士によって提唱されたものです。そして、この状態は、アスリートのプレイだけではなく、演奏であれ、創作であれ、研究であれ、仕事であれ、何かに没入・没頭している人に起こってくる現象であるのです。ということは、私たちの誰にも関係のある事柄なのです。これも、私たちの「日常意識」とは、少し違う意識状態であるのです。
そして、「フロー体験 flow experience」の研究が教えてくれる重要なことは、この状態は、僥倖のように偶然訪れるのではなく、或る条件が整ったときに、私たちの意識状態が変容し、その状態になっていくが可能ということなのです。つまり、意図的につくり出すことができるのです。意図的に、意識状態を変えていき、日常意識とは違う体験をして、違うアウトプットを出していくことが可能なのです。
「いつもの私」とは違う意識状態で、違うアウトプットを出すことで、人生が違っていくものになるというのは、論理的にもよくわかることかと思います。
普段、私たちは、「いつもの私」としていることによって、なかなか物事を前に進められないという状態に陥ってしまっているからです。
そのため、自分の「意識状態」をさまざまな変化させたり、変容されられると、人生が全然違った、創造的で、豊かなものになっていくということなのです。
一方、この「フロー体験」は、それを生み出す条件がわかっているにも関わらず、多くの人がそれを行なえないという側面もあります。そのあたりについても、そのあとで記していきたいと思います。
さて、また、この「フロー体験 flow experience」と似たような状態で、「至高体験 peak-experience」という意識状態があります。
これは、「自己実現」という言葉で有名な心理学者、A.マズローが提唱した意識状態です。
状態としては、部分的には「フロー体験 flow experience」とも重なりますが、もう少し幅広い概念です。かつ、原宗教的な感覚、スピリチュアルな感覚のひろがりも持っています。
マズローは、彼が「自己実現した人」たちを研究する中で、彼らがしばしば持つ「或る意識状態」に気づき、その要素を摘出していったのです。そして、それは、多くの人々にも見られる状態だと気づいたのです。私たちは、たまに何かの活動中に、また活動していなくとも、日常意識から離れ、そのような意識状態に入り込むことがあるのです。マズローの描写を見てみましょう。
さて、マズローの言葉を見てみましたが、至高体験が、フロー体験よりもさらに絶対性の強い、超越的な状態であることがわかると思います。そして、人によっては、自分もそのような体験をもったことを思い出す人もいるかもしれません。また、歴史的に見れば、宗教家たちが、神秘体験として報告していたものもこれらに含まれると考えられます。神秘家たちの深遠で、人生を一変させてしまう体験をも、考察の対象としたのです。
そして、晩年のマズローは、この至高体験のもつ性質や普遍性に思いをはせ、「自己実現」の次にくる「自己超越」について構想をめぐらせることになったのです。そして、「トランスパーソナル心理学(超個的心理学)」を提唱するようになったのです。それは、上記の至高体験のような意識状態、存在状態を、体系のうちに含んだ心理学ということです。
さて、以上、私たちがもつさまざまな「意識状態」について見てきました。
身近なものから、遠大なものまで、各種とりあげてみましたが、このように、「意識状態」というものが、私たちの人生に影響を与え、その創造性や質(クオリティー)を大きく変えていくものであることを感じていただけたのではないかと思います。これら「日常意識」以外のさまざまな意識状態を、「変性意識状態 Altered states of consciousness」と言います。「その2」では、さらに不可思議で興味深い意識状態について、見ていきたいと思います。
(つづく)
【ブックガイド】
私たちの意識状態に秘められた途方もないパワーや多元性については、実体験事例も踏まえた拙著、
『流れる虹のマインドフルネス―変性意識と進化するアウェアネス』
『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧いただけると幸いです。
また、ゲシュタルト療法については、
『ゲシュタルト療法ガイドブック 自由と創造のための変容技法』
をご覧ください。