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呪いの子

 最近神経が衰弱している。どれぐらい衰弱しているかは定かではないが、夏目漱石や芥川龍之介が経験した神経衰弱とほぼ同等の症状だろう。私は彼らと違って価値ある文学作品を何一つも世に発表していないが、逆に何の偉業も成し遂げることなくこのような神経衰弱に陥ることはある意味文学作品を世に出して神経衰弱に陥ることよりも難しいのではないだろうか。そういう捉え方をすれば、私は生まれ持って神経を衰弱させる才能に長けているとも言える。
 つまり私は現代に産み落とされた極めて特異的で深遠な意味を持った存在なのだ。というかそういう風にして悲劇の英雄ぶらないと精神状態の平衡を保てない。書いていてだんだん虚しくなってきた。現実はただの20代後半の手遅れ子供部屋おじさんであるのに。

 なぜこのような精神状態になってしまったのか。明確な理由は自分自身でもまだわかっていないが、無理矢理推測するとやはり労働に関するストレスやそれを取り巻く人間関係、そして家庭環境や親との確執、加えて将来に対して何の希望も持てないという悲観的な感情などが挙げられる。

 これらの問題は一朝一夕で解決するものではないので、時間と共にやり過ごすしかないのだが最近本格的に神経が衰弱してきて、憂さ晴らしをしようという気力さえ湧いてこなくなってきた。

 以前ならば一人でカラオケに行ってking gnuの『白日』のサビの「♪すべてを忘れさせて
くれよオオオオオオオオオオオオ~」の「くれよオオオオオオオオオオオオ~」のところで小田和正の『ラブストーリーは突然に』のジャケット写真ばりに上半身を仰け反らせてシャウトしたり、退勤後の帰り道に周囲に誰もいないことを確認してからイルカばりの超音波じみた裏声で男性器の名称を口早に発声したりしてストレスを発散できていたのだが(もうこの時点で色々終わっているが)、最近はそんな奇行に及ぶ気力すら湧かないのだ。

 そんな有様であるから、仕事にも身が入らずミスが増え、精神的なデッドスパイラルにも陥ってしまった。

 人生とは皮肉なもので、一度何かが上手くいかなくなるとそれに連鎖するように何もかもが上手くいかなくなっていく。

 この間も水曜日に有給を取得して約3ヶ月前に予約した『ハリー・ポッターと呪いの子』を観劇する予定だったのだけど、人員の都合上どうしても休めなくなってしまって泣く泣く鑑賞を諦めた。しかもこの舞台、なぜか予約のキャンセルが出来ない。最悪である。
 無論、私も多少注意欠如の症状はあるものの3ヶ月前にこの公演を予約した時にキャンセルや日程の変更が出来ないことや、それに伴う返金がされないことはわかっていた。しかしこの時の私はきっとすべてが上手くいくだろうという謎の万能感に満ちており、まさか有給がズレるなどとは夢にも思わなかったのだ。
 チケット転売すればいいじゃん、という声もあるかもしれないが基本的に転売は禁止されているし、たとえ正当な方法でチケットを売却することが出来たとしても心に残るわだかまりが完全に拭い去れないので仕方なく私の15000円は闇に葬られた。
 実際、転売に関して色々調べてみた結果どうやら定価以下の価格で売却するのは法には触れないようだったが、やはり売るのはeasyしかしあまりにもriskyということで自身の中に眠る性善説マンを最優先し何の処置も行わなかった。
 というか、一番の理由は神経衰弱に陥っているのでもうそんなんどうでもいいわという自暴自棄状態になってしまったことにある。
 俺の人生どうせ上手くいかないんだという諦観、世に対する怨恨、もはやそれらの感情を抱くことすら面倒臭いと感じる倦怠感、そういうものが私を無気力にさせた。
 3ヶ月前あんなに楽しみにしてた舞台のはずが、気付けば「何故予約してしまったのだ?」という悔恨の念が湧いてきていた。
 そもそも私は映画や舞台より原作の活字体を読んで頭の中で想像しながら物語を味わうのが好きなので(その方が没入感がある)当初は観に行く気がなかったのだが、あまりにも『呪いの子』の舞台の評判が良いのでやたら気になってしまい、予約を取り付けたのだ。しかしこんなことなら過激派原作至上主義者のままでいれば良かったというのも否めない。

 まあ幼い頃からハリー・ポッターのシリーズは好きなので私の15000円が舞台を演じるキャストの糧になり、めぐりめぐってシリーズの存続と盛り上がりに貢献出来るのであればやむなしだろう。ちなみに私は阿呆なので来月の舞台も予約してしまっているのだが(日程によって演じるキャストが異なるので出来るなら色んなパターンを確認したいと思ったのだ)、こちらもまた休めなくなりそうである。少しグレードを下げて来月は12000円の席で予約してあるが、こちらもまた一方的にキャストを応援するような投げ銭的な役割を果たすだけに終わりそうである。
 仕方ない、これが転売をせずに生きるという無私無欲な私のスタイルなのだ。ということで『ハリー・ポッターと呪いの子』舞台関係者の方がもしこの記事を見てたらUSJかウィザーデングワールド関係のテーマパークで使える割引チケットかなんかください。出来れば27000円分の。

 鬱々とした症状に苛まれ、舞台の鑑賞を半ば投げやりに諦め、27000円を投げ銭的扱いとして手放し(もしかしたらこの27000円は間接的にキャストの懐に入るでもなく全く別の場所へ行くのかもしれないが)、子供部屋おじさん状態を続け、おそらくこの世で一番ストレスを感じる類の労働を続け、精神に異常をきたし、精神に異常をきたしすぎてもはや自身でもわけがわからないぐらい心が真っ黒に汚濁してしまった私こそが本物の”呪いの子”なのかもしれない……………。

……今年も結局上手いこと言おうとして中途半端な感じになって終わるのは継続するようだ(他人事)。

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