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vol. 2.1 DIN/トレードゴシック —書体におけるニュートラルの概念—

DIN/Trade Gothic


山田「この間のPEACS DAY(自社イベント)のために作ったポスターの話をしようよ」

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伊藤「山田さんと渡邊さんが担当して、大好評でしたよね」

渡邊「まさか、あんなに皆さん喜んでくださるなんて……」

伊藤「僕、日付とかスペルとか校閲をしたから先に見ていたんだけど、すごくかっこいいなと思いながら作業したよ」

渡邊「あ、ありがとうございます!」


山田「渡邊さん、コンセプトについて説明してくれる?」

渡邊「『オーバーレイ(Overlay)』がコンセプトでした。『~にかぶせる』『重ねる』という意味の英語なんですが、今回で5回目を迎えるPEACS DAYにぴったりなワードですよね。考案者のコピーライター・喜多さんに感謝です」

山田「渡邊さんは、紙を決める段階からコンセプトを体現したんだよね」

渡邊「そうなんです。オーバーレイをポスターで表現するには、『トレーシングペーパー』がふさわしいと思って、提案しました」

伊藤「なるほど」

渡邊「会場内での展示方法として最初はぶら下げて前後どちらからも見られることを企画していたんですが、実際にはガラス窓部分に貼ることになりました。結果として、外の風景も取り込めたので『オーバーレイ』のイメージがよりわかりやすくなってよかったです!」

伊藤「デザインに関して、書体を前面に打ち出したのはなんでですか?」

渡邊「このコンセプトを表現するときに、一番効果的なのが文字だけでシンプルに構成することだと思ったんですよね。……初期段階では線画案なども出ましたが、落ち着いたところは文字だけの『最大限まで削ぎ落とされたデザイン』だったって感じです(笑)」


伊藤「かっこいいですねえ! では、二人の作品を詳しく見せてください」


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伊藤「こちらは山田さんが作ったポスターですが、書体は?」

山田「DIN系の書体。10年前くらいに書き起こしたやつだね」

伊藤「……あのう、すみません。DINってなんですか?」

山田「また伊藤くんは……。勉強が足りんな」

渡邊「DINは、『Deutsches Institut für Normung』の頭文字を取ったもので、ドイツ規格協会の書体です。もともとは工業製品に使われていたようですよ」

伊藤「ああ! 日本で言うところの『JIS』ですね!」

山田「まあ、そんなところかね(笑)。船で運ばれてくる大きなコンテナ、あるでしょう? あれの右上のほうに書かれている整理番号みたいなものがDINと似ているよね」

渡邊「DINはその後様々に派生したので、種類が多いことでも有名なんですよね。小林章さんが制作に携わった『DIN Next』というものもありますよ」

伊藤「有名な書体なんですねえ! 勉強になります」

山田「小林さんといえば、ライノタイプ社(2013年よりモノタイプ社と改称)のタイプディレクターとしてドイツで活躍されているよね。ヘルマン・ツァップアドリアン・フルティガーと共同で書体を作ったりしているんだ」

渡邊「ヘルマン・ツァップ(1918-2015)は、1958年に、ローマン体がもつ伝統的な美しさとサンセリフの軽やかで明快な印象を兼ね備える『Optima』を手がけ、アドリアン・フルティガー(1928-2015)は、1957年に、デザイナーからの人気も高い『Univers』を手がけた人として知られていますよね」

伊藤「なんと! 僕、個人的にUniversが好きなんで、いま感動しています(泣)」

山田「……ん? そうすると、Universはヘルヴェチカと同じ年に発売だったんだね」

渡邊「!! 驚きです」

伊藤「ヘルヴェチカについて知りたい方はvol. 1.3へ!」


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渡邊「『C』のカウンター(開き具合)や、『J』など面白いですね!」

山田「これを作った時は、DINの特徴を持ったまま、けどいろんな細さ太さがあってもいいのかなあと思って『Typography Sketchbooks』という本の表紙で紹介されていた概念を使って構築してみることにしたんだ」

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伊藤「この考え方、興味深いですね」

山田「線と円がベースになってるんだけど、本当にそれだけって感じで、すごくシンプルだよね」

渡邊「タイプフェイス(書体)はもともとの形の『字体』に肉付けされてできています。字体の構成要素は『』と『』。山田さんが試したこの概念は、書体デザインの根源的な要素なんじゃないでしょうか」

山田「それ、正解かも。この表紙の書体の構造は縦線も横線も4.5ミリで数値上は同じ太さなんだけど、縦のほうが細く見える。斜めはもっと細く見えたりするから自分でタイプフェイスを起こすときはちょっとだけそこを太くしようとか、この概念から得たものはとても多かったような気がするなあ……。まあ、あくまで好みの問題だけどね(笑)。これはいま思えば粗いところもあるけれど、修整しちゃうとどんどん滑らかになって面白みも薄くなっちゃうから当時のままにしてるんだ」


渡邊「わたしも近々やってみようかな……」

山田「うん、実際にやってみたほうがいいよ。たくさんの人がいろんな本を読んでインプットしているけれど、アウトプットもしないことには自分の技として定着しないからね」



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伊藤「次は渡邊さんのポスターですね。書体はなんですか?」

渡邊「Trade GothicのBold Condensed No.20です」

山田「どうしてTrade Gothicにしたの?」

渡邊「縦のラインを綺麗に出したかったので、字幅の差があまり大きくなく、クセの少ないグロテスクが良かったんです。なので、Trade GothicのBold Condensedにしました」


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山田「DINとも似ているね。」

渡邊「はい、DINのCondensed Boldとよく似ています。ちなみにどちらも、先述の小林さんが所属するライノタイプ社製の書体です。」

伊藤「Trade Gothicって、確かジャクソン・バーク(1908-1975)が作ったんでしたっけ?」

渡邊「そうです! 1948年からリリースされ、ファミリーの最後が出たのは1960年です。グラフィックデザイナー・マイケル・ビェルト(2016年に米大統領選に出馬するヒラリー・クリントンのキャンペーンロゴを考案)が『究極の関心をもたない書体』と表現したことでも有名な書体ですよね」

山田「ライノタイプ社は『トレードゴシックは、他の人気のあるサンセリフフォントファミリーほど統一されたファミリー構造を示さないが、この不協和音が自ずと自然主義の要素のひとつとなり、その魅力に繋がっている』とコメントしてるね」

伊藤「うーん、実に奥が深いですね。ライノタイプ社のオフィシャルサイトを訪れてみたんですが、驚いたことに、見本を表示するだけでなく、実際にテキストを入力してその書体の印象を知ることができるんですね! なんだか、話は尽きませんが……今回はこのへんで(笑)。次回は、それぞれの書体がデザインにどういった噛み合い方をしているのかお二人に聞きたいと思います!」


参考文献
普及版 欧文書体百花事典』(組版工学研究会)
Typography Sketchbooks』( Thames & Hudson)
Font Designer – Jackson Burke」(Lino tYpE ウェブサイト)
I’m With Her」(『Design Observer』ウェブサイト)
Trade Gothic Background story」(Lino tYpE ウェブサイト)


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