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5.1 ジェンソン —近代活字の礎を築いた人物—


Jenson

渡邊「お二人! もう今年も2か月終わっちゃいましたよ」

山田・伊藤「むう……。そんなまさか」

渡邊「繁忙期ですが、現実と向き合ってくださいね。さて、そんなわけで3月です」


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伊藤「今月は、Jenson で作っていただきました」

山田「伊藤くんが『そろそろスラブセリフを……』なんて言っていたんだけど、やっぱここは通るべきでしょうと思ってオーダースルー(笑)」

渡邊「いよいよきたか、という感じですね!」

山田「大御所だよね」

伊藤「やっぱり、歴史的なところから入りましょうか」

渡邊「そうですね。Jenson は書体の名前でありながら、作った人の名前でもあり、彼はニコラ・ジェンソンといいます」

山田「1420年~1480年という、ルネサンス期真っ只中を生きた人だね」

伊藤「ヨハネス・グーテンベルクの活版印刷発明が1450年頃なので、バッチリ一致していますね」

渡邊「はい。しかし伊藤さん、1450年頃ドイツで発明されたその技術がヨーロッパに広まったのは、1462年以後のことだって知っていましたか?」

伊藤「……し、知らないけど?」

山田「痛恨の一撃(笑)。まあ、今でも最先端技術ってしばらく秘密にされることがあるように、活版印刷も実は最初はドイツ・マインツのグーテンベルクの工房で密かに使われていたんだ」

伊藤「よく考えれば、当然のことかもしれませんね。でもなんで1462年なんです?」

渡邊「1462年にマインツで争乱が勃発するんですよ。その時にその工房が閉鎖になるんですが、当然従業員(グーテンベルクの弟子)は解雇されるわけですよね。弟子たちがヨーロッパに散ることになり、結果として活版印刷技術が広まったということです」

伊藤「なるほど!」

山田「話を書体に戻すと、それまでは、聖書の写しで使われていた『ブラックレター体』が時代の主流だったんだけど、これで紙面を構成すると全体が真っ黒になってしまって、とても読みづらかったんだ」

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伊藤「あ、ブラックレター体は知っています! カリグラフィでよく描かれるものですよね」

渡邊「私、大学の授業で、『ブラックレター体で教典を写すこと自体が宗教行為』と習ったことがあるんです。これは、仏教の『写経』も同じですよね。仏教には『梵字』がありますが、これは古代サンスクリットのことばで、ほとんど形骸化していますが現在日本では卒塔婆の裏側に記されたりしています。なんというか、わたしはブラックレター体に梵字と似た雰囲気を感じるんです……変ですかね?(笑)」

山田「なるほど。確かに、当時でも読める人は宗教関係者くらいだったんじゃないかと想像できるよね。あえて文字に装飾を施すことで、団体側が読む人を限定する操作をしているようにもとれる。それで、ブラックレター体のこの読みづらさをなんとかしようと、人文主義者の手書き文字を基にして活字が作られるようになっていく。この、ブラックレター体からローマン体への移行期間の書体を『プレ・ローマン体』ないしは『ゴシコ・アンティカ体』と呼んでいるんだ」

伊藤「ふむふむ。まだ Jenson は出てきませんか?」

渡邊「もうちょっとです! このプレ・ローマン体で印刷された書物がパリソルボンヌ大学に伝わり、そこで『ローマン体』として名前がつけられるわけです。これとほぼ同時期のヴェネチアの印刷がアツくて、スピラ兄弟が最初の印刷所を開設します。彼らは、いわゆる手書き文字の真似ごとだったプレ・ローマン体ではなく、新たに意図的な線を加えることで活字に秩序を生み出したんです」

伊藤「現代の活字に近づくわけか!」

山田「そうそう。そして、いよいよ Jenson の登場だ。1470年にジェンソンは、スピラ兄弟の活字よりも洗練されていて、読みやすくて明るい活字書体を設計する」

伊藤「登場しましたね! ジェンソンも、ヴェネチアで活字を生み出したんでしょうか?」

渡邊「まさしくその通りです。このジェンソンが開発した活字をもって、ローマン体がブラックレター体とは異なる独自の活字書体として『完成の域に達した』とされています。ヴェネチアで生まれたローマン体、『ヴェネチアン・ローマン』の元祖がジェンソンの活字なんです」

伊藤「ゴ、ゴール……!」


疲労困憊といった伊藤をよそに、 Jenson というビッグテーマの中で嬉々として泳ぐ二人。次回は、Jenson書体の特徴に迫るはずである。



参考文献
普及版 欧文書体百花事典』(組版工学研究会)
+DESIGNING 2014年8月号(Vol.37)』(マイナビ出版)



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