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伸ばし続ける女たち

朝は、洗顔しシワを伸ばすためのクリームを塗り軽くマッサージしてから、メイクをした。

髪にヘアオイルを塗り、ヘアブラシ付きの、昔風に言うなら、くるくるドライヤーで髪を整え、その後ヘアアイロンをかける。ヘアアイロンはツヤを出すのに、一番効果的なのだ。

使い始めるとたったの5分で1日中髪の状態が良いことがわかる。使わない人からすると、わざわざ器具を出してきて、コンセントに入れて、髪を伸ばすなんて、悠長なことやっていられない。と、思うけれど。使い慣れている人からしたら、たったの3分で綺麗でいられるので、旅行にも行く時も欠かさず持っているという女性は多い。

ヘアメイクやおしゃれは、人のためにするのではない。まず、自分の体の状態が良くなると、確実に気分が良くなるのだ。さっきまで腫れていた目も心なしか、しっかりとまぶたが上がり、髪がツヤっと整い、お気に入りの少し高級なワンピースに袖を通すと、一気に目が覚めて姿勢まで良くなる。

男性でも、髪に整髪料をつけて整え、仕立ての良いスーツに身を包んで、しっかり磨かれた革靴を履けば、誰でも顔つきや声まで変わるだろう。

意外と、人は単純なのだ。

午前中は時間があるので、掃除機をかけて、洗濯をする。洗濯物は干す時が重要で、一旦手でシワを伸ばしてから干す。余裕があれば、テーブルの上にシートを広げて、洗濯物を手伸ばしする。余裕がない時は、パンッと、一旦洗濯物を振り下ろして、多少シワを伸ばしてから物干しにかけ、手で叩いて、布を広げる。バスタオルは庭があるなら、多少振り回してから干すと、格段にふんわりと乾く。

シーツを洗ったので、新しいシーツをかける。丁寧に手でシワを伸ばして、ベッドメイクする。ベットカバーのシワがない。ということが、どれほど部屋の印象を左右するか、入ったばかりの高級ホテルの写真を見てみるといい。枕もクッションも、ピシッと膨らんで、ソファーとクッションカバーにシワがないだけで、ずいぶん高級感が増す。

今日は、少し凝った料理を作ろうと、ピザ生地を作った。近所の友人が早めのランチに来る予定だ。昼間1時間程度、心から気の合う友人とさっとランチかお茶をすると、楽しい気持ちが持続していいものだ。

小麦粉と水とドライイースト、オリーブオイルだけでできてしまう。生地を触っているのは、ふわふわしてなかなか気持ちがいい。良いタイミングで生地を伸ばし、具材をのせて焼くだけだ。慣れてしまえば、とても簡単で失敗することもない。生ハムと、モッツアレラ、最後に焼きあがってからルッコラを乗せるのが、最近のマイブームだ。

午後は仕事で出かけ、夕食は外で待ち合わせをして夫と食べた。帰宅してお風呂に入り、また髪を乾かし、伸ばし、パックして、全身にクリームを塗った。ここで、ヨガマットを広げて、ストレッチだ。縮こまった体をぐんと伸ばさなければならない。15分くらいかけて、しっかりと伸ばした。

そして、夜の恒例イベント、アイロンだ。出かける前に慌ててアイロンをかける人は多い。私は、時々興奮して眠れそうもない日は、夜にアイロンがけをする。アイロンがけは一人でなければいけない。もちろんおしゃべりしながらでもいいのだけれど。私にとっては一人になれる儀式のようなものだ。

最近、旅行用のコンパクトで軽くて、値段も手頃なアイロンを試しに買ってみた。昼間はさっとかけられる蒸気アイロンを使っているけれど、たまにはちゃんと昔ながらのアイロンでシワを伸ばしたくなる。重い物の方が、伸びることはわかるけれど、なにぶん場所をとるし、重いと出してくるのも、持つのも億劫だ。

アイロン台も、足つきのテーブルのように広がるものもあるけれど、私は小さな昔から日本にあるようなものが好きだ。ベッドやテーブルの上に広げて、テレビか動画をつける。道具は軽いコンパクトなものを選ぶことにしている。

アイロンを温めて、しわしわのブラウスやシャツ、ワンピース、ポロシャツ、枕カバーなどにアイロンをかけていく。興が乗るとTシャツやかける必要のないものにまでアイロンをかけたくなる。しわしわの紙などにもかけたくなる。多分紙幣にかけてみた人も多いだろう。

アイロン好きな人は多いのだ。

さっきまでしわしわだったものが、暖かいホワンとした手元の小さな機械でどんどん伸びていくのは、爽快感がある。歌を歌ったり、ちょっと小躍りしながらかけると、さらにスッキリ気分に拍車がかかる。

少し生乾きだったかなと思う洗濯物にアイロンをかけると、思ったより蒸気が上がることがある。このじゅわっとした感じも、とても爽快だ。

そして何より、ちょっと、くしゃっとしていた気分がピシッと整うという効果がある。

近くのテーブルには、ちょっとした何か飲み物があるといい。ビールという人もいるだろうし、ひとかけらのチョコと紅茶という人もいる。私は断然クッキーとハーブティーだ。横のテーブルに置いておき、まずクッキーを口に放り込む。慎重を期して手を洗ってから、いざ、アイロンをかける。途中、少し休憩する時には椅子に座り、ハーブティーを一口。くれぐれもあまりアイロンのそばでない方がいい。間違ってこぼして服を汚しては大変だ。

まだ眠気がこない時には、音楽を選び直して、またアイロン再開だ。イヤフォーンでこっそり聞くなら、どんな曲もドラマも好きなものを選べばいい。

ハンカチもあったな。そういえば、ずっと着ていないあのパジャマはどうしただろう。気が向いたのでアイロンをかけてみる。まるで新品のパジャマのようだ。あら、これこんなに可愛かったかしら。

布類には、その布の気のようなものがある。だから、洗いたての布は生き生きしているし、アイロンをかけてハンガーにかけてあげると、本当に、布の精気が蘇り、別の服のように見える。

あら、お久しぶり。こんな服持っていたのね。ほおっておいてごめんなさいね。と、ちょっと謝りたくなるくらいだ。

ハイブランドの服を着ていると、テンションが上がるのは当然のことで、大切に作られ、クリーニングされた服を着て、大切な舞台に上がったり、パーティーに出席するのは、誰でも嬉しい。自信が持てる。元気をもらえる。

家の中で着るパジャマも、部屋着もスエットも、お気に入りの洗剤と重曹などで軽く洗い、太陽に干して、アイロンを当てる。大切にされている布類に囲まれていると、人は思っている以上に元気になるのだ。当然運気も上がるだろう。

心身ともに調子が悪い時ほど、綺麗に洗ってピシッとアイロンのかかった寝具を用意したほうがいい。夫婦喧嘩した日の翌日は、真っ先に朝からすべての寝具にアイロンをかけてベッドメイクする。それだけで、必ず二人とも機嫌が良くなる。これは、夫には話していない私の秘策だ。黙って最高の寝具と料理を用意しておき、笑顔で迎える。昨日の話は、一切忘れて蒸し返さない。必ず仲直りできるので、試してみるといい。

アイロンのかかった服が美しくかかったクローゼット。等間隔にTシャツや下着が並んでいる整ったタンスの引き出し。この二つがどれほど良い気分に影響するか、アイロンがけを趣味にしてから知った。

外にいるときでも、あのスッキリしたクローゼットとタンスの引き出しを思い浮かべると、気持ちが整うほどだ。服は女性にとって、分身のようなものなのだろう。本当に心して、いい加減に扱わないほうがいい。

「主婦はいつも、何かを拭っている。(お皿やテーブルや床や子供の顔や、洗面所や、あらゆる所で。)」と、先日友人がお茶をしながら言っていたけど。

「確かにそうかもしれないわね。そして女性は、いつも何かを伸ばしているんじゃないかしら。」と、私は答え、不思議そうな顔をされたばかりだ。

でも、ほら、今日数えただけでも確実に10以上の物を伸ばしている。明日、友人に電話して、具体的に教えてあげよう。

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