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2020年11月の記事一覧

大人たちに乱される子供の運命

大人たちに乱される子供の運命

「事件を起こして、あなたの言う”社会”を見せて、世の中は変わったんですか?」

物語は、実際に起こった『グリコ・森永事件」という実話を元に書かれたフィクション作品である。

京都でテーラーを営む曽根俊也。
ある日、自宅で父の遺品として、テープとノートを発見する。
そのテープは、覚えのない、自分の幼い頃の声を録音した者だった。
そしてノートには、『ギン萬事件』の犯行計画が綴られていた。

もう一人の

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幸せのかたちは一つなんかじゃない

幸せのかたちは一つなんかじゃない

「本当に幸せなのは、誰かと共に喜びを紡いでいる時じゃない。自分の知らない大きな未来へとバトンを渡す時だ。あの日決めた覚悟が、ここへ連れてきてくれた。」

優子には三人の父と二人の母がいる。
血の繋がらない親の間をリレーして、4回も名字が変わった今は、森宮優子。
優子はいつも、出会う家族の誰からも愛されてきた。
愛情にあふれた家族の姿、様々な幸せのかたち。
時に大人の都合に振り回されながらも、過去と

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あなたは「それ」にいくつ気付くだろうか

あなたは「それ」にいくつ気付くだろうか

「私の間違いじゃない。世の中にはいい男の人の方が多いんだ。彼女がそう言ってくれなかったら、多分もっと長く、あの恐怖から抜け出せなかっただろう。」

何がそんなに大変なんだね、最近の女性は……
娘を抱えるキム・ジヨン氏は、夫に連れられて精神科を受診する。
この小説は、担当医が書いたジヨン氏のカウンセリングの記録、という形をとって進んでいく。

当時の韓国の男性・女性に対する国家全体としての差異。

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おでんとウォッカ

おでんとウォッカ

「私は妹を呪った。子供じみたことではあるにせよ、私はかつて愛した男をいまも愛している。かつて愛した男と共に生きていたころの自分のまま、暮らしていたいと思っている。それを孤独と呼ぶのなら、孤独万歳、と言いたい。」

予期せぬこと。
皮膚が乾いた葉っぱみたいになり、指輪がすぐにすとんと抜け落ちる。
その手でキャバリエ犬のヘンリーの性器の消毒をする。
「友達」が「肉体関係を含んだ友達」になり、「恋人」に

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季節をめぐる日常のものもの

季節をめぐる日常のものもの

雑誌「暮しの手帖」で連載されている、「すてきなあなたに」。
こちらの「すてきなあなたに よりぬき集」は、その中でもとびきりの「すてき」が集められた本です。
一月の章、二月の章、と月別に章立てられています。

1ページ目から読み進めていくのもいいかもしれませんが、わたしは、たとえば今であれば十一月の章の中から「すてき」を眠る前に一つ読んでいます。
ほっこり、ふっくら、ぽかぽか。
なんともいえないやわ

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ピアノ を 食べる

ピアノ を 食べる

「わがままが出るようなときは、もっと自分を信用するといい。わがままを究めればいい。僕の中のこどもが、そう主張していた。」

何にも興味が持てなかった主人公外村は、体育館で調律師の板鳥と出会い、ピアノの虜になっていく。
調律師となった外村は、お客さんの求める音と、自分が良いと思う音、つまり現実と理想の間で悩み考える。
羊はフェルトハンマーの羊毛、鋼は弦。森は、ピアノの音色を追究しながら進み、迷う場所

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本人の意志とは無関係に動き出す運命

本人の意志とは無関係に動き出す運命

「自分の意志がなくて、糸に操られて歩いているようで、責任もない明るさは、自殺前とは別人みたいだと自分を思った。人生は軽やかさにあふれていた。」

羽仁男は自分が自殺に失敗したのを知った。
目の前にひらけたカラッポな世界をして、彼は新聞の求職欄に広告を出す。
「命売ります。お好きな目的にお使い下さい。」
次々と現れる命の買い手たち。しかし命など惜しくなかったはずの男は、売っても売っても生き延びてしま

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死なないから生きている

死なないから生きている

「ほんとうはあまり生きていたくない。我が子と同じくらい愛してしまった酒をやめてまで、生きる理由が見つからない。理由がないけれど、死なないから生きている。生きてしまっているからには、あの子を煩わせないように、酒を飲まないことだけを考えて一生懸命に生きる。生きることが嫌いなことと、一生懸命に生きることは、矛盾しない。」

『坊ちゃん』の清になろう、と決めた。
煎茶を飲みながら新聞をゆっくり音読する。

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そこは出口のない世界

そこは出口のない世界

「無造作に丸まった下着を広げるとき、わたしは一瞬、ここへ来たことを後悔する。きのうまでハトロン紙にくるまれ、壊れやすいお菓子のように丁寧に箱におさめられていた絹の下着が、まだ二、三時間しか着ていないというのに、もう腐敗しかけた残飯になってしまった気がする。」

逢引の前に図書館で、寄生虫図鑑を眺める。
わたしも寄生虫になって、彼の中をさ迷えたら、そこは出口のない世界。
ねえ知ってる?寄生虫って、生

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自分のことを、待つ。

自分のことを、待つ。

「私の知らない甘やかな思いを彼女たちが味わっている。まるで、上等のアイスクリームを絞り出したように心が良い匂いを立てて、食べてくれた言わんばかりに溶けている。」

サエキくんに好きな人ができた。それもうんと年上の女。素顔に赤い口紅だけを引く女。
別れた相手を憎んでののしったりすることは、「そんな男」と付き合っていた自分をも醜くしてしまう。
付き合っていた時のサエキくんにはもう気持ちの整理をつけたけ

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