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合同庁舎料理人

 若いころの私はそれを無謀とも思わずにミシュラン料理人を目指して、いくつもの有名店に弟子入りした。しかし、ガッツではセンスと能力不足を補えなく、41歳のいまでは主に食堂の料理人の一人として、あちこちに派遣され、沖縄、新潟、北海道など日本中の旅館や学食、屋台、病院、ときにはフェリーで料理をしてきた。ドラマの渡り板前のような腕はなく、人数合わせのような料理人。
 いまは合同庁舎8階が私の職場。一般の人も入れる食堂。客の仕事はだいたいわかる。議会があるときにいつも疲れ切っているのは、議員対応担当の職員。数日同じ服はざらだが、シェーバーは持ってきているのだろう。この議会は乗り切れるかと遠くからだが見守っている。婦警さんもわかりやすい。
「太ったら逮捕しちゃうわよ」
と軽口をたたくからね。可愛いけど、本気だったら怖い。
 たまには記者さんも来ている。なぜわかるかというと、職員の綺麗どころで周りが固まっていくからだ。悪い記事を書かせないという戦法と見た。

 人数合わせのような料理人の私にも、ひょんなことで生まれた得意料理がある。秘密の○入りの特製カツ丼だが、これをホシに食べさせると9割の確率で口を割るそうだ。捜査に役立つことを期待してと思うが科捜研が気合いを入れて有効成分を調べたが、なにも見つからなかった。おかげでいまでは大事な山の前には私のシフトが調べられ、逃げられない。それこそ軟禁状態。しかしそのおかげで私は、落としのカツと呼ばれ崇められている。が、駐車違反すら見逃してはくれない。さて次は大使館シェフもいいなぁと思って派遣会社にはお願いしているが、合同庁舎から出させてもらえないでいる。

 合同庁舎食堂って言っても商店街の定食屋と同じ。いろいろな仕事の人がいて、食事の時間をずらす人も、暇なジジババも来ている。休憩時間にはおしゃべり一式にも愚痴一式にも自慢話一式にも人生相談一式にも、付き合う。いろいろ教えてくれる人もいて、税理士、司法書士、剣道、合気道、将棋初段、英検、コンピューター、教員、茶道などなど派遣されてきてからのわずかな期間で、たっぷり資格を取った。体力系は、警察官からのお礼で、文化系はそういう職業の人から。
 大勢のおしゃべりに付き合うにつれ、合同庁舎人脈にも詳しくなっていった。それを知られてからは、相談ごとをよく持ちかけられるようにもなった。合同庁舎総合窓口の担当からもそっと携帯に、どうすればいい? という相談をされることもある。
 ゴミ問題は担当A氏の機嫌のよいことが多い木曜日の朝一がいいとか、その陳情だとこのルートがいいとか、条例の調べものは80歳嘱託のC氏がいるときとか、入札情報は?、ってそれは無理だけど。
 人脈無用の相談もある。昨日は合気道の先生から相談を受けた。明るい緑のワンピース姿の小柄でおしとやかそうな見た目からはわからないが、この人は20年くらい前の女子高時代にインターハイで準優勝した猛者であり、迂闊なことは言えない。合気道の先生は、写真を見せながら、
「絵の具でこの色が作れないの。フランスのこの青色なのよ」
そういえばこの合気道の先生は絵描きが趣味だった。正直なところ私にはわからないので、一緒にチャットGPTで考えたら、ヒントがあったみたいで喜んでくれた。投げとばされずにすんだ。

 半年ほど前の夏のこと、相談予約をしてから来た人とがいた。
「―さん、お 待 た せ」
振り返ると、いつも陽気なメキシコオーラな外国人のゴンザレス。マラカス振ったルンバダンシングな雰囲気。
「今日はなんだい?」
「スペイン語教室をオープンしたいのだけど、ジョセーキンやホジョキンってやつはあるのかなぁ」
「それだったら3階のサービス課」
と教えた。しかしこのくらいのことで予約かといぶかしがっていると、実は、表向きの相談に隠れて小声で、
「―宝石をたくさん持っていて、困っている。」
おや、これはひょっとしたら非合法物か。ゴンザレスはいいやつだから助けてあげたいけど。でも、悪には加担したくない。
「サービス課に行こう」
と促し、付き沿った。まわりに怪しそうなやつがいないのを確認して、行き先を警察フロアーに変えた。口添えして欲しかったのだろうと深読みしたからだ。
 そして数ヵ月後、いもずる式に国際窃盗団が捕まった。もちろん秘密の○入り特製かつ丼の注文もたくさんあった。ゴンザレスは当局の手配か何かで新しい名前と国のパスポートを手にし、日本から去った。私は見送りのクルマの駐禁を切られた。

 私は警察からはさらに崇められ、やっぱり軟禁状態が増え、大使館食堂への配置替えは夢のまた夢となった。しかし、CIAやMI6からの手紙が目の前にある。

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