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知らない方が良いことも時にはあるのかもしれません


今日も私のnoteを読んでくださりありがとうございます。

candy@です。


私にはどうしても気にかかっていることがあるんです。

それは長女のことです。

『子供の頃にADHDだとわかっていた方が良かったのかどうかです。』

長女は成人してからADHDと診断されました。

正確にいうと大学を卒業して就職して、でも結局その会社に馴染めず退職してからやっと自分で調べたりクリニックに行ってからわかりました。


過去を思い起こすと、私は長女が子供の頃から

「どうしてこの子はこうなのかな?」と

他のお子さんとの違いに戸惑いを持っていました。


20年以上も前のことです。


今のようにADHDやアスペルガーやHSPなどの知識も情報もほとんどなかった頃だと思います。(家庭にパソコンもなくてインターネットもそんなに普及されていませんでした)

ただ、幼い時から本が好きで小学生低学年でもハリーポッターを読破するような子供でしたし特に困った行動をするわけでもなく、こういう性格なのかなと受け入れていた感じです。

どちらかというと女子の複雑な人間関係は苦手で男子とよく遊んでいましたね。

ただ小学生の高学年くらいになると本が読めるだけでは他の勉強の理解が追いつかなくなってきて、いわゆる成績は国語以外はあまりよくなかったと記憶しています。 

好きな本を読むことが好き

それとお勉強ができるのとは異なっていきました。

それでも好きなことには集中力を向けることができるので

中学生では大好きだったハリーポッターを原書で読めたり英語は勉強しなくてもほとんど満点みたいな子でした。(天才か!なんてほくそ笑んだことも)

私も夫も何かひとつ好きなことや得意なことがあればいいかな

みたいな子育ての考えだったので

他の教科の成績があまり良くなくてもそんなに心配することもなく(私自身もあまり人に言えるような成績優秀でもなかったし)

海外の音楽、映画や文学が好きならその方向を伸ばせる進路でいいと漠然と考えていました。

実際、私も海外のことには憧れが強くて娘も好きなら仲間ができたと内心では喜んでいたと思います。

中学生になり、だんだんと他の親御さんが教育に熱心になり、内申を重視されるトップクラスの公立高校に入るために全教科(音楽、体育、美術や家庭科なども含めて)の評価を高めるために塾へ通わせたりしていた中で

第一子の初めての高校受験という壁に向き合うことになった私は

長女も塾へ行かせてみましたが、すぐに辞めたいと言い出して(みんなとテンションが違いすぎて自分の居場所がなかったからです)

静かな環境が好きで大きな話し声や音、あと眩しい照明にも人より敏感な娘でした。

無理させてもストレスが増えるだけなので、本当なら一番勉強に力を注ぐ中三になる前に塾も辞めさせました。

塾を辞めたことでストレスから解放されて、正直娘も私もほっとしていましたね。

幸いなことに、高校留学したいという希望が叶う私立高校のご縁もあり(学校生活の態度が良くて英語ができて留学したいと強いモチベーションがあれば合格できたので)その高校に進学して1年間の留学も無事に終了できました。

1年間の留学と一口に言っても たった16歳で親元を離れてホームステイしながら現地の高校へ通学し、単位を習得するのは並大抵のことではなかったと思います。

しかももし途中で何かトラブルがあれば強制送還でその時点で留年が決定するのです。

今思えば、私たち親も娘も大きな賭けをしましたね!笑

そのあと、英語力を生かして大学もAO入試で合格できたのです。

今では在宅で翻訳の仕事をしています。


ここで私がお伝えしたいことは、もし娘が子供の頃にADHDだと知っていたら私たちはこんな経験を娘にさせてあげれただろうか?ということなんです。

ご存知の方もおられるかもしれませんが、過保護の私ならそのような特性を持った娘だと知ってたらそれこそずっと手元において見守っていたいと思ったはずなんです。

もしそうなら今の娘はどうなっていたのか?

高校時代の留学生活も、大学時代のワーキングホリデイも離職してからの 海外インターンシップもできなかったと思います。


知らなかったからできたことってあるんですね


私は感覚で動く人

娘がやりたいと言ったことはあまり結果を考えずに、一生懸命サポートやバックアップをしてきました。(それが良いか悪いかは別としてです)

でもそれは彼女がADHDだと知らなかったから・・・

もし知っていたらもっと安全な道を歩ませたいと思ったはず(それが私だと自分で一番わかるんです)


娘に最近聞いたんです。

「子供の頃に早くにADHDだと診断されていた方がよかったかな?」

「もしそうだったら無知だったママのせいやね、ごめんね」と

それに対して娘の答えは

「早くからわかっていたら、イライラやしんどさはかなり減っていたかも・・・ なんも知らずに辛かった時もあったから。」

「でも、今までやってきたことがあるから英語を深く理解できたり いろんな国の友達とも交流できてるし、これでよかったと思う」

それに

「もしADHDじゃなかったらここまで広い世界を知れんかった。」

彼女はADHDだけでなくほかの病気なども詳しく書かれた英語の文献をたくさん読んで独学ですが学んでいるみたいです。(別に自慢でもなく日本語よりも英語の方が理解できるんです)

「辛いことも経験できた分、色んな人の気持ちもよくわかるようになったし」と話してくれました。

彼女は今の自分がこれまでの中で一番幸せだと言っています。


人と比べてもなんの解決にもなりませんでした。

みんな違っているのですから。


長女のことだけでなく、これからも生きていく上で私は自分の中で

『やっぱりあれは正しかったのか?』と考え直すことは出てくると思うんです。

でもその度にちゃんと考えたり話し合ったりしながら進んで行きたいと思っています。

後悔するためではありません
向き合って納得するために


まとまりが無い文章になったも知れませんね、ごめんなさい。

全ての気持ちを書けたわけではないですが、今思ったことを書いてみました。(書いておかないとすぐに忘れてしまうんです💦)

ただしこれはあくまでうちの娘の場合です。             色々な方のケースがあると思いますので当事者が判断していくのがいいと思っています。


最後まで読んでくださりありがとうございました。

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