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ささやかな夕方⑤

第五話

(ユリ)

色づいた木の葉が激しく揺れる音。
一歩一歩近づく新たな季節の足音。
二つの音たちが美しく重奏していた頃。

カンナ先輩から教室にしばらく通えないという連絡を受けた。それから1ヶ月間、私は一人で気晴らしにウクレレを続け、カフェにも結局毎度行っていた。

初めは行く理由なんてなかった。なんとなく家に帰りたくない気分でふらっと入ってみただけだったのに、意外と居心地が良い。一人でいても周りが気にならなくて落ち着く。

だからかもしれない。
ウクレレ教室のないある日の学校帰り。
頑張って自分を守り続けることが苦しくて耐えられなくなった時。私はこのカフェを思い出した。

ウクレレ教室に行く時以外は足を踏み入れたことのないエリアの、普段は滅多に通らない道を抜ける。ひっそりとそびえ立つ二階建てのお店がおしゃれな佇まいをしてそこに待っていた。

だけど近くまで来ると、Closedと筆記体で書かれた小さな札が目に入る。そっか、営業時間は来る前に調べるものだよね。

ため息まじりに「帰るか」と呟いた時、カランと扉の開く音がした。振り返ると見覚えのある茶髪の男の子が立っている。確か、カフェのスタッフさん。

そしてその隣には君。

なぜかわからないけれど恥ずかしくなって黙ってしまった。君も黙ったままだったけれど、茶髪の男の子はにこやかにこちらを見ている。

「入る?」

そう言う茶髪の子は人懐っこそうでいい人だろうけれど、今はできる限り誰とも話したくないし、お客が私一人だと余計に緊張してしまう。

それにしても、たった1ヶ月に数回程度の常連客を気軽に呼び止めるなんて、不思議でしょうがなかった。誰にでもこんな感じなのだろうか。それともこの茶髪の子もカンナ先輩と親しいから、私の顔も認識していたのだろうか。どちらにしても甘えるのは違うよな。なんて考えつつも、断ることに慣れていない私はどうしたものかと立ち往生してしまう。

「入ったら?」

ぶっきらぼうで心を見透かすような言葉。

そんな君の優しさに、初めて触れた。

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