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「こどもの国」 #8 ‐環大阪湾経済圏

環大阪湾経済圏


そもそも、環大阪湾経済圏という構想は多仁の独創物ではない。実際には「21世紀の関西を一大環状都市圏へ」という構想は存在していた。もうとっくに21世紀になってしまっているが、それだけ昔からその構想自体は議題には上がっている。その環状都市圏というのが、つまりは多仁のいう環大阪湾経済圏と一致するのだが要するに淡路島から兵庫の明石市に明石大橋でつなぎ、兵庫、大阪、和歌山と大阪湾を臨む各市町村をその大きなリングの中に収めてしまうという計画である。そのリングには大きく欠けた箇所があり、それが和歌山から淡路島へとつなぐ道であった。この計画はこのミッシングリングをつなぐことが主眼となっていた。
和歌山市加太と淡路島の間の紀淡海峡、そのちょうど中間に4つの無人島群がある。その一つである沖ノ島は、旧日本軍の要塞施設として使われていた島で、島内には当時の面影を残す廃墟が数多く点在している。紀淡海峡を守備するために配置された赤レンガ造りの砲台跡が山中に突如と現れ、砲台自体は第二次大戦後と取り払われたが残された砲座に草木が生い茂りその人工物が朽ちて草木などの自然物に取り込まれている世界は現代となってはファンタジーを感じさせる観光地として人気を博している。これらの無人島群を全体で友が島と呼ばれているが、これらの島々を一つの大きな橋桁とし、海峡幅約11kmに及ぶ紀淡海峡に明石海峡大橋(中央支間長1,991m)を上回る世界最大級の吊り橋となる紀淡海峡大橋(中央支間長2,100m~2,500m)を架けるという壮大な計画である。

この橋が完成することで文字通り大阪湾を中心とした大きな一つの環状道路が完成する。元来の環状都市圏の計画はこの紀淡海峡大橋を作り、大きな環状道路をつなぐことで環状都市圏が誕生するというところまでだったが、それだけでは足りない、道という血管ができてもそこに血液が潤沢に流れない限り経済という生命体は動かない。
「何かをポンプの役割にして、この環状につながった道に無理やりにでも物流をまわす。そこまでをやるのが政治の役割だ。」
経営畑出身の知事はそれこそが大事だと考えている。
どうすれば、このリングに血液の循環を促せるのか。何にポンプの役割をさせるのか。関空と神戸港をはじめとした港湾を活かすと決めた以上、貿易と外国資本を誘引することがその解決法だとはわかっている。
「関空や神戸を活かすには、、」
常に多仁はそのことを考えている。多仁は一種の瞑想状態に入るとき、右耳を耳たぶでふさぐ癖がある。多仁の耳たぶは赤ちゃんのそれのように柔らかで、耳の穴に耳たぶをいれると耳全体を折り曲げて蓋をした。すると外部の音が意識から切り離されて一人きりの世界に入ることができる。無音ではない。が、周りの話し声や物音は一切が意味を持たない無機質な音となり、意識の外にある心地よい波動となっていく。ちょうど柔らかな波音や川のせせらぎのように無音よりも心地のいい自然音になってより瞑想を深くしてくれる効果をもたらしていた。この時も無意識に右耳を触っていた。
「外国企業を誘致したいよな。」
「えらい簡単に言うなあ。どうやって?何かメリットはあんのか?」
瞑想状態になると多仁の中に関西弁を操るもう一人の自分が現れる。どちらが本体で、どちらがもう一人なのかは多仁にもわからない。
「それはそうだな。簡単じゃない。メリットを作るとすれば税の優遇か。」
「府県レベルではそんなこと勝手にできへんやろ。」
「そうだよな。結局国がやってくれないと、大阪だけ頑張っても限界があるんだよ。」
「国政にでるか?」
「馬鹿言うな。まだまだ足元も固まってない。」
「じゃあ、どうすんねん。」
「だから考えてるんじゃないか!」
滑稽に見えるが、多仁はよく自分の中のもう一人と喧嘩をする。といっても二重人格などではなく、彼の思考の形であり、自然のことでもあった。
「まぁ、経済特区という手はある。簡単じゃないけど。」
「そんなもん、国が許すか?だいたいどこに作る気なんや?」
「埋め立て地という手もあるけど、」
そう言って少し間が空いた。多仁の思考は続いている。
「大阪はややこしい。」
そう心の中でつぶやいた後、二人はしばらく沈黙した。深く静かな沼に沈むような時間が多仁の思考をより鋭くしていく。多仁は大阪湾が映し出されたスマートフォンの地図を見ていた。もうどれくらいその地図を見ていただろうか。
「ここが大阪。そしてここが関空だ。そして、大阪港に、ここが神戸港。」
そういいながら、多仁の地図は大阪からだんだんとズームアウトされる。そこには姫路、明石、神戸、大阪、堺、和歌山をつなぐリングの中に小さな島の姿があった。

「淡路島か。」
多仁の頭の中には淡路島と同程度の面積ながら、世界の中で貿易・交通・金融の中心として今も発展を続けるアジアの小国の姿が浮かんだ。
「ありかもしれないな。」
シンガポールはその淡路島ほどの小さな国土の中に、世界トップクラスのハブ空港であるチャンギ空港と世界トップの貿易港であるシンガポール港を抱えている。今はそれに及ばずとも関空も、神戸港も十分な規模と能力を持っている。
「シンガポールは法人税をかなり低く設定することで外資系企業の誘致に成功している。他にも相続税を設けないことなどで世界の富裕層を集めるなど税ではなく、経済を大きく動かすことで発展してきた。」
「お前は単なる府知事やで、そんなことできへんやろ?」
「確かにそうだ。」
と夢想家の方の多仁が笑った。
「確かに現実的じゃないな。ただ、、」
と手元のスマートフォンで地図を眺めながら夢想家は言う。
「ここに魅力的な経済特区を建設できれば、このリングは動き出す。言わば環大阪湾経済圏だな。」
夢想家も、自身の言っていることが少し現実から遠のき過ぎているとは思っている。もう一人の現実的な多仁は笑う。
「いや、もう一回言うけどおまえは大阪府知事なんや。神戸も淡路も関係あらへんやん。」
「そんなんだよ。全くお前の言う通りさ。ただ、」
「ただ?」
「それでも大阪は小さい。」
断固として夢想家は言う。
「何を言うてるかわからんな。」
現実として、手に負えないほどの存在感が大阪にはある。大きいと表現したが、わずらわしさとも取れる。「ややこしい。」という言葉に現れたが、この数年で大阪という太古の昔からこの地にうずくまって離れないような化け物のようなものがものを多仁は感じていた。大阪という土俵にいる限りそいつには勝てない、いや、土俵そのものが相手であるだけに虚しく独り相撲をするような無力感がある。そう感じる度に多仁は地図をズームアウトする。自分が地を離れ大空から見下ろすことで魔物と一対一で対峙できるように。
「見ろ、大阪はこんなに小さい。」
それは、自分を解放するための呪文のようなものかもしれなかった。しかし、そうすることで視野は確実に広くなる。全体を指揮するものにとっては視野は広ければ広いほどいい。細かい情報には左右されず大きく世界を見る。トップとはそういうものだという考えが多仁にはある。
「これを一つの国として動かすことができるなら、この国は東京に十分対抗できる、いや、世界と十分に渡り合えるポテンシャルを持ってる。さらに言えば、京都という国際的に著名な観光地も控えている。世界に対して日本と言えば東京でなく、関西だとアピールできる。」
多仁は地図はさらに大きくズームアウトした。
「世界の目を関西に向けさせる。関西経済をひいては大阪を大きく飛躍するにはそれしか方法はない。」
現実家の多仁は呆れてしまったのか黙ってしまった。
「そのためにも淡路島が欲しいな。」
地図を眺めつつ多仁はつぶやいた。

環大阪湾経済圏を考えたとき、一つの大きなキーになっているのがこの島であった。大阪湾を北では明石市とつなぎ、東には和歌山と結ばれる予定のこの島は南には鳴門市とつながり四国との接点ともなっている。多仁にとっての関西州構想の肝は、この淡路島を手中に収めることにあるといっていい。一つには新たな経済都市を作るには大阪という土地が難しすぎた。これまで、様々な局面で大阪という土地と対峙してきた多仁にとって、この思いは澱のようになって心の奥底に沈殿しており、大阪の中に新しい街を作ることは様々な利権とぶつかりあい、難航するだろうと感じている。様々なしがらみを取り払って新たなる州都というものを一から建設してみたいという思いもあった。もう一つにはこの橋という細い線でようやく本州と四国につながっている島は、簡単に封鎖することが可能だ。万が一を考えた時それは大きなセキュリティを保ってくれる。外国資本を大きく組み入れるにはこのような土地がいいという冷徹な考えもあった。多仁は淡路島をある種日本でありながら、日本の規制の枠から外れた外国のような場所にしてしまおうと考えている。

「いずれにせよ、とにかく、金が要る。とは言え、国主導ではこの紀淡海峡大橋でさえ、いつまで経っても進まないだろう。」
多仁は現在の政府が日本全体を考える骨太の政策を実行できる力も余裕もないことを知っている。政権与党である国民党の弱体化は大阪での選挙をみてもよくわかった。それに、首都東京を脅かすような計画を日本政府が実行するとも思えない。ある意味、東京もっと言えば日本に対する挑戦状のようなものだからだ。
「だとして、どうやって金を作るか。」
経営畑の多仁の頭には常に資本をどう集中し、投下するかということが根底に存在している。できるだけ大きな資本を投下し、それをきちんと転がしていく。大きな雪だるまが転がりながら周りの雪を集めてさらに巨大化するように資本の回転によって利潤を得ていく。政治の世界でも要諦は同じだと思っている。トップが為すべきはそのビジョンをきちんと描くこと、そしてそのビジョンへ周りを導き力強く進めていくことであり、これまでの日本の政治が弱いと言われるのはその部分が最も大きな要因だとも考えており、それを変えていきたかった。
「大阪だけでできる話ではない。とにかく他県を巻き込んだ大きな流れを作るべきだ。できれば、国レベルの大きな予算と権限で進める方法が欲しい。」
「道州制か?」
いつの間にか、もう一人の多仁が目覚めたらしい。
「ついこの間、大阪の二重行政さえ解消できず苦汁をなめたばかりじゃないか。」
と自虐的に笑った。
「せやなぁ。大阪だけでも市と府で引っ張り合いやってんのに、その上に州となったら。」
もう一人も相槌をうつ。
「いや、そうも言ってられないよな。大阪の地盤沈下は大阪だけで治る話じゃない。日本における関西の位置づけを上げない限りはこの流れは止められない。もっと言えば、世界における関西の位置づけを変えなければ。日本と言えばOSAKAだと世界に認識させる必要がある。」
「とはいえ、他県が簡単にのってくるかな。」
「そうだな。まずは神戸を利をもって落とすんだろうな。環大阪湾経済圏の影響は神戸の方が大きいかもしれないしな。神戸が落ちればあとの市はなんとかなる。つまり兵庫は落とせるだろう。」
「楽観的やけど、まぁ、何とかするしかないか。」
「和歌山は紀淡海峡大橋を出せば確実に飛びつく。まずは大阪、兵庫、和歌山連合を作ることだ。」
「それを関西州にするのか?」
「まぁ、道州制が進むかどうかはまだわからないが、まずは大・兵・和連合を成り立たせなければいけない。恐らく、そうすれば、奈良、三重あたりは入ってくるだろう。そうなれば京都も入らざるを得ないはずだ。必然的に滋賀も入る。」
「巨大な州やな」
「まぁ、それくらいの規模で考えないと道州制のメリットはないさ。できればエネルギー供給を考えると原発のある福井は押さえておきたい。つまりは関西電力の圏内ってことになるかな。」
「なるほど、電力供給エリアがそのまま州の枠組みになるんやな。」
「これからはエネルギー政策が大きなポイントになるからその方がいいかなと思ってる。うまく行くかはわからないけどね。いずれにしても経済を発展させるためにはエネルギー供給は大きなテーマさ。」
「福井が入らなかったら電力どうすんねん。」
福井県には関西電力が持つ3つの原子力発電所がある。この3つの発電所が関西の電力の多くを支えている。
「そこだよな。環大阪湾経済圏を支える大きなエネルギー源が欲しいよな。ただ原発を作るとなるとなかなか場所が難しいのは事実だ。」
「淡路島につくるか?」
多仁は首をふった。
「いや、淡路には作りたくない。淡路に作ってしまえば外国企業は来たがらないだろう。」
「じゃあ、どこに作るねん。」
「和歌山がいいと思っている。海が近いし、紀淡海峡大橋を通じて淡路島にも電力供給ができる。和歌山には関西州のエネルギー供給を担当してもらいたい。」
「しかし、日高原発では相当な金を突っ込んだが失敗してるで。」
「まぁ、どこに作るにせよ、一筋縄ではいかないよ。紀淡海峡大橋を作る条件の一つにでもするしかないだろう。」
そう言いながら、確かに簡単ではないという思いにかられている。経済発展には何かしらのリスクは常に抱える必要がある。どこがそのリスクを背負ってくれるか。この問題は環大阪湾経済圏構想に重くのりかかり続けていくことになる。



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