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「こどもの国」 #4 ‐出馬前夜

出馬前夜


「徳島の経済を改革する。」
それが選挙を戦う上でのテーマになった。選挙までの1年半を多仁とともに戦略を練りに練った。まず、多仁は徳島を含めた形での新関西州構想をマスコミにぶち上げ、それを実現するために、関西州へ賛成の知事たちを中心に新しい新政党を作り「関西革新会」と名付けた。当然、彼の関西州構想に反対の知事もいたが、多仁はそれらに対しては旧来の利権に囚われた守旧派として、徹底的な対抗姿勢をみせ、それらの県知事選に対して「関西革新会」からの刺客を送る動きをみせていた。
この新関西州構想には鳴門原発のプランもあくまでも構想の一つとして語られていたが、これは徳島県の世論を大いににぎわすこととなり、大半の徳島県人はこの新関西州構想に対して、特に鳴門原発に対してがそのほとんどだが、強烈な反感を示した。徳島の郷土新聞である徳島新聞でも、関西州構想とそれを徳島県に相談することもなく発表する多仁知事に対する攻撃記事が一面を飾っていった。この流れに乗るように当時の徳島県知事の山田は、多仁の発言に対する非難表明を出した。多仁にとってこれらの動きはマイナスなように世間にはとられていたが、当の本人にすれば全て計算ずくの結果といえるのだろう。とにかく、これで徳島県知事選に対して対抗馬を出馬させるための口実ができたといえる。

「細井さん、いよいよ時期がきましたね。」
定例となっている鳴門原発推進会議のあと、多仁は細井に声をかけた。
「細井さんには、強力な刺客になって守旧派の山田さんを倒してもらわないと。」
細井は、そうですね、と相槌をうったものの、意気があがっているという表情ではない。そもそもこれは全て多仁が書いた画であり、細井はその一部分を担当する駒にすぎない。それは細井自身もよくわかっていることであり、徳島の未来のためにもなり、ひいては自身が長年担当してきている原子力エネルギーを中心とした国造りを実現させることともなり、在籍してきた会社への恩返しともなると自分に言い聞かせ、出馬の決意を固めた今もどうしても自分が主体として今回の出馬を考えることができずにいた。
「細井さん、政治家はそんな話し方じゃ、有権者の気持ちはとらえられませんよ。どんな時でも元気いっぱい、力が漲ってるって感じを出すんです。空元気でかまわないんです。根拠がなくても自信満々で答えないと。サラリーマンとは根本的にやり方を変えてもらわないといけませんよ。」
多仁はそういって細井の背中を力強くたたいて、去って行った。それは、励ましというよりは、ちゃんとしろよという叱責であった。細井は力弱く前へ少しよろけるようになった。政治家と呼ばれる人種に対する何かわからないが、最後まで相容れない境界線のようなものを感じながらも、舟が動き出したからには振り返らず向こう岸だけをみて進むことを決意した。

「原発推進派の細井守氏が関西革新会の推薦を受けて県知事選に出馬意向」
というニュースが徳島に流されたのは選挙まであと1年を切った夏のことだった。そしてそれに呼応するかのように、関西エネルギー振興連という団体が「原子力が作るクリーンな未来」という広告を徳島エリアの新聞、TVに大量に流しはじめた。新聞には意見広告として、原子力と火力発電における二酸化炭素排出量の比較がわかりやすいグラフで表示され、「未来の子供たちへ残せるのは美しい自然です。」というコピーが掲載されている。TVCMには子供たちが緑あふれる自然の中で遊ぶ姿が心地よい音楽とともに流され、新聞と同じコピーがナレーションと一緒に流れてくる。徳島に住んでいると1日に3回はこのCMを見させられることとなった。そして、それと同時に、これまで原発反対の論調しか掲載してこなかった新聞が、原発推進派の意見も多く掲載するようになり、TV局でも過激な原発反対の声はあからさまに減り、むしろ、原発が徳島に与えるメリットをわかりやすく説明するようなニュースが目立ち始めていた。

当然ながら、関西エネルギー振興連には多仁知事と関西電力が中心となって組織され、関西を代表する企業と、細井が昨年まで在籍していた大手電機会社がそれに名を連ねている。そこが源流となり、大手広告代理店を介して、巨大なお金が徳島のマスコミと財政界に流れ込んでいる。それまで虫の息だった徳島の経済はにわかに湧き上がり、90年代バブルが徳島にだけ舞い戻ったような活況を呈し始めていた。
「細井君のおかげじゃあ。」
細井はこの頃には地元徳島に帰り、市内に選挙事務所を構えていた。そして、選挙活動の一環ということもあり、極力毎晩、秋田町と呼ばれる徳島の繁華街の飲み屋に顔をだし、お金を落とすようにしていた。この日は同じ高校の同級生である麻衣子がママをしているクラブに顔を出していた。
「いやあ、ようやく徳島にも風が向いてきたっていうだけじゃわ。」
実のところ細井は酒を飲める方ではない。ただ、気を大きくするためにもお金を落とす意味でも高い酒を頼んでは少し飲み、周りの人にごちそうするという飲み方をしている。当然、資金の出所はある。
「ほなけんど、細井君が、選挙にでるって時からホンマに徳島は景気がええんよ。こんなん何十年ぶりかいな。うちの店の娘も絶対、細井君に投票させるけんな。」
「いや、ええって。ほんなん無理せいでも。」
大学から東京にいる細井は実のところ東京でいる時間の方が人生の中では多い。しかし、徳島で政治家になる以上、言葉は全て阿波弁に直すことにした。標準語になれていた当初は思った以上に昔の言葉づかいに苦労したが、最近ようやく不自由なく阿波弁を使えるようになっている。
「ええんじゃ、最初わたしも、原発とか怖ぁーて、絶対いやじゃあとか思いよったけんど、原発でもつくらな、徳島にはなぁんもないもんな。橋できてから、みんな大阪やら神戸いってしまうでぇ、仕事もないけん、若い人やら誰もおらんようになりようもんな。ホンマにわたしも、もう店たたもうかいなって思いよったとこじょ。」
麻衣子は今日も大きな売り上げを残してくれる同級生に対して饒舌になっている。
「原発やゆうても今はホンマに安全なんやろ、環境にもええって言うでぇ。新聞もこの頃は原発がきて、徳島にまた光がともるやゆうて、うまいこと書きよったでよ。」
細井は内心、昨年来、多仁が中心となって計画してきた原発啓蒙活動がこんなにもうまく浸透していることに空恐ろしい気持ちになっていた。全てが多仁が仕組んだ計画通りに物事が運んでいる。正直、多仁がフライング気味に鳴門原発構想をマスコミにばらした時には想像もつかない反応だった。一つには元同級生であり、上顧客である自分へのリップサービスもあるだろうが、その他の店や街中できく話も概ね麻衣子が話すような理解で原発推進派には追い風が吹いているように感じられる。
「ほなけんど、正直、徳島に原発は必要じゃと思っとんよ。ほしたら徳島に安定した雇用もできるし、国からの補助も毎年でる。土地もごっついええお金で関西電力が借りてくれるって言いようけん、徳島の財政は一気に改善できると思うわ。ほしたら、税金とかもっと安うにしてええんちゃうかと思いようけん、徳島の街はもっと盛り上がるはずじゃわ。」
「ほなけんど、なんで四国州とちゃうんえ?」
細井はその質問に対し、ひとつ呼吸をおいた。ここが肝だと思っている。
「ほれよ。オレはな、昔から思いよんやけど、徳島って四国っていうより、関西って言うたほうがええんちゃうかえ。昔から見よったTVは全部大阪のTV局やし、言葉も結構関西弁に近いだぁ。高松とかに遊びにいくより、大阪とか神戸に出た方が案外早かったりするしな。」
「ほーやなぁ、橋ができてからはホンマに高松とかいかんようになったわな。」
「四国地方やけん、なんでもかんでも四国の枠組みでおらなあかんってことはないんちゃうかな、って思ったんよ。経済でも文化でも圧倒的に関西圏に入った方がメリットがあるんよ。今、多仁さんが関西州構想とか言ようでぇ、鳴門に原発作って、関西州に入るってことは、関西州のエネルギーを徳島が握るってことなんよ。」
細井は少し熱くなっている自分をみた。いつの間にか俺も政治家という人種に近づいてきたのだろうか。麻衣子が感心して細井の顔を見ているのが、恥ずかしいような、しかしながら気持ちのよい脳内物質が体中を支配しているような、かつてはあまり味わったことのない感覚を感じている。
「細井君、ホンマにすごおなったなぁ。同級生とは思えんわ。」
「やめてよ、恥ずかしい。もうやめよ、この話は。」
照れたようにグラスを傾けると、トイレに行くといって、席をたった。化粧室の鏡に映る自分の姿をみつつ、
「勝てる。」
とつぶやいた。一つは自分に対する暗示であり、高ぶる自分の気持ちを声にして出すことで計算高い政治家から普通の同級生に戻るための儀式でもあった。

しかしながら、選挙まであと半年と迫った頃でも世論調査の結果はまだ反対派の方が優勢であった。理由はある程度わかっている。都市部の支持はつかんだ。問題は農村部と、正に原発を建設する鳴門市の支持を得られるかどうかにかかっている。とはいえ、勝算は十分に感じていた。農村部は昔から保守が強いと決まっているし、昔からの顔である山田氏が強いのは仕方がないところであると、半ば放棄している。TVや新聞がどれくらい影響を与えてくれ、それが票につながればいいなというくらいにしか考えていない。問題は鳴門市である。鳴門市は不安なだけだと細井陣営はみている。本当に原発が安全なものなのか、それによって普段の暮らしが脅かされはしないか、本当にそれは鳴門市に大きな利益をもたらしてくれるのか。それらが解決されればあっさりと賛成票に逆転できるだろう。細井陣営はその豊富な資金力にものを言わせ、「鳴門市の未来を考える集会」と題した大規模説明会を何度も開催し、その都度会場の周辺には大阪の有名店などを連れてきて多くの出店を出させたりしてお祭りのような雰囲気を演出した。そこにも多仁の息のかかった広告代理店が運営にあたっており、一地方の知事選とは思えないようなキャンペーンを展開している。会場内では巨大スクリーンにCGで描かれた鳴門原発の完成図が映し出され、遠景ではその巨大な近代建造物が鳴門海峡と鳴門大橋を借景にしてみたことのないような景観を作り上げていた。徐々に近づいていくとそれはいくつもの壁により厳重に保護されており、巨大な要塞のようなたたずまいで市民と原発とを隔離している。そのまわりには巨大な森林公園が作られ自然との調和も図られているようであった。
そしてプレゼンテーションはそれによってもたらされる経済的メリットと、副次的に作られる様々な公共施設を説明していき、会場にいるひとびとはその迫力に圧倒され、一気に鳴門の鄙びた田舎町がが近未来都市になるような錯覚に陥っていた。
会場にきていた人々はこの原発がもたらす魔法のような変化に酔いしれるように自分たちの未来の生活を考え始めるようになっていった。特に子供への影響は計り知れず、その子供たちが願う未来という意味で母親達へ与える心理的影響は絶大であったと言える。結局、この巨額の資金をつぎ込んだキャンペーンも細井陣営というよりも多仁が考える画の通りに進んでいき想像以上の効果を選挙戦に与えることになった。
「大阪に比べれば、徳島は簡単だ。」
何か月かぶりに大阪で関西エネルギー振興連の会合で、渦中の細井を捕まえ、いつものテンションでそう話しかけた。
「いや、もちろん、いい意味です。すれてないというか素直でおられる。」
そう多仁は付け加えたが、もちろん、本音はあまりにも簡単に操作される徳島の世論を馬鹿にしたものだ。
「そうですね。素晴らしい有権者の皆さまです。徳島の未来は明るいですよ。」
そう答えた細井の顔を多仁は、初めてみるかのように見つめ、ゆっくりと、そしていつもとは違う、低い声で、
「細井さん、しばらく見ないうちに政治家になられた。これで徳島は安泰でしょう。」
と言うと、細井の肩をぽんとたたき、「では」と挨拶し、早速違う有力者のところへ話しかけて行った。細井はその背中に軽く会釈をすると、ふー、とため息をついた。
「政治家はああじゃないといけない。」
そうつぶやいて、会場を後にした。この日の夜にも地元有権者との会食が準備されている。大阪市内から徳島市内まで車で急げば約2時間弱で着くことができる。そういう意味でも十分に徳島は関西圏ということができると細井は考えていた。



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