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「こどもの国」 #10 ‐関西エネルギー振興連

関西エネルギー振興連 大兵和連合は少し歪な形ながら成立した。兵庫県についてはやはり佐古知事は国民党の手前もあり、この連合には参加しなかった。ただ、神戸市と淡路島の淡路市、洲本市、南あわじ市が賛同する形となった。佐古の「賛成はし兼ねる」という言葉は邪魔はしないという意味での協力であり、多仁にとってはありがたかった。 「さすが、狸先生だよ。この後、どちらに転ぼうとも悪いようにはならない」 と多仁は笑った。案外頼れる人かもしれないと佐古の事を思ったりもした。 和歌山に関しては

    • 「こどもの国」 #9 ‐兵庫

      兵庫 この時期から、関西政財界は多仁を中心として大きく回転をはじめる。まずは大阪都構想時代からの同志である中川と改めて環大阪湾経済圏についての考え方を共有した。中川は基本的に合意であるとすぐに賛意を示し、その枠組みに是非神戸も入りたいと言ってくれた。基本的にというのはいくつかの条件付きでということであった。神戸市も大阪と同じく兵庫県と神戸市の間での二重行政に悩み続けている。大阪府と大阪市との関係よりも兵庫県と神戸市の間での力関係は市側が圧倒的に強い。元々兵庫県は播磨・但馬・淡

      • 「こどもの国」 #8 ‐環大阪湾経済圏

        環大阪湾経済圏 そもそも、環大阪湾経済圏という構想は多仁の独創物ではない。実際には「21世紀の関西を一大環状都市圏へ」という構想は存在していた。もうとっくに21世紀になってしまっているが、それだけ昔からその構想自体は議題には上がっている。その環状都市圏というのが、つまりは多仁のいう環大阪湾経済圏と一致するのだが要するに淡路島から兵庫の明石市に明石大橋でつなぎ、兵庫、大阪、和歌山と大阪湾を臨む各市町村をその大きなリングの中に収めてしまうという計画である。そのリングには大きく欠け

        • 「こどもの国」 #7 ‐大阪新党

          大阪新党 多仁と馬場が最初にあってから数カ月経った頃、大きなスキャンダルが関西のメディアを賑わせた。当時大阪府議会の最大与党であった国民党の大物議員による収賄疑惑だった。その額は総額で数億円に上るもので、それに関連していたと思われる地元建設会社の専務が自宅で首をくくり自殺したというものであった。関西のマスコミは連日連夜この事件を取り上げ、全国のニュースでも頻繁に流れるようになった。大阪府議会でも当然ながら野党による徹底追及が繰り広げられ、この議員の秘書が逮捕される事態となった

        「こどもの国」 #10 ‐関西エネルギー振興連

          「こどもの国」 #6 ‐多仁と馬場

          多仁と馬場 「鳴門にリニア!ようそんな滅茶苦茶な嘘いいますなぁ。」 馬場は、宴が終わり、細井が先に帰ったことを見計らうと多仁に漏らした。感心とも軽蔑ともとれないようなため息交じりの声だった。 「いや、馬場さん、嘘じゃないでしょう。その可能性もあるということを言っただけですよ。」 多仁は意に介していない。 「誰が乗りますねん。鳴門行きのリニアに。そのために橋掛けて莫大な金かけるんでっか?」 しつこく話を続ける馬場に面倒だと言わんばかりに強めの口調で早口に答える。 「馬場さんまで

          「こどもの国」 #6 ‐多仁と馬場

          「こどもの国」 #5 ‐密約

          密約 選挙を約1か月後に控えたある日、多仁は細井を大阪の料亭へ呼び出した。一人で来いという。いつもと違う多仁の雰囲気に細井の心は曇っていた。約束の料亭に入り、ひとしきり挨拶と乾杯をすませると、襖が開き一人の人物が入ってきた。 「細井さん、紹介しましょう。関西経済界の取り仕切ってらっしゃる馬場さんです。」 その人物は年のころで言えば60代後半だろうか。服装もいたって地味で絶えず人好きのする笑顔をたたえ、一見しただけでは人の好い好々爺に見える。 「馬場です。一度、細井さんにお会い

          「こどもの国」 #5 ‐密約

          「こどもの国」 #4 ‐出馬前夜

          出馬前夜 「徳島の経済を改革する。」 それが選挙を戦う上でのテーマになった。選挙までの1年半を多仁とともに戦略を練りに練った。まず、多仁は徳島を含めた形での新関西州構想をマスコミにぶち上げ、それを実現するために、関西州へ賛成の知事たちを中心に新しい新政党を作り「関西革新会」と名付けた。当然、彼の関西州構想に反対の知事もいたが、多仁はそれらに対しては旧来の利権に囚われた守旧派として、徹底的な対抗姿勢をみせ、それらの県知事選に対して「関西革新会」からの刺客を送る動きをみせていた。

          「こどもの国」 #4 ‐出馬前夜

          「こどもの国」 #3 -細井守

          細井守 少し細井という男について考えてみる。 細井は徳島県に石井町という、徳島の中心からは少し外れた田舎町に生まれ中学までをそこで過ごした。そして高校から徳島市内の城南高校に進むのだが、この頃から中央への志向が強く早くから進学は早稲田大学と決めて譲らなかった。城南高校は旧制中学時代には徳島中学といい徳島では一番の歴史を誇る高校であったが、昭和47年に徳島市内の5校とともに総合選抜制を実施するにあたり、その独自性が失われつつあった。総合選抜制とは、各学校を受験するのではなく、

          「こどもの国」 #3 -細井守

          「こどもの国」 #2 -徳島

          徳島 徳島といえば、お盆の頃に行われる阿波踊りで全国的に知られる。鉦と太鼓で独特の2拍子のリズムが刻まれ、それにあわせ三味線と横笛が情熱的なメロディを奏でる。男は手ぬぐいでほっかむりをし、浴衣を腰までからげて腰を大きく下ろした滑稽な格好で手足を大きく動かして踊り、女は反対に着物に編み笠を深くかぶり、顔を半分以上隠し、艶っぽく上品に踊る。徳島の夏は暑い。しかし、それ以上に街は蒸れたような熱気にあふれている。女たちも熱をはらみ、編み笠の後ろから見えるうなじからは女の香りを含んだ蒸

          「こどもの国」 #2 -徳島

          「こどもの国」 #1 -日本分邦

          <あらすじ>  その「くに」はかわいそうなほどに小さく、弱々しい。しかも生まれながらにして親から見離されたような孤独を背負っていた。そこに住む人々は、自分たちの「くに」が生き残る方法として、一つの大きな決断をした。 「未来」に全てをかけよう。 「未来」とは「こども」であり、それはその「くに」に生まれたこどもに限らなかった。日本中のなんらかの理由で親から見捨てられたこどもたちを全て受け入れて、この「くに」で育てる。それは彼らにとっての「未来」であり、そのまま、その「くに」がお

          「こどもの国」 #1 -日本分邦