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「こどもの国」 #6 ‐多仁と馬場

多仁と馬場


「鳴門にリニア!ようそんな滅茶苦茶な嘘いいますなぁ。」
馬場は、宴が終わり、細井が先に帰ったことを見計らうと多仁に漏らした。感心とも軽蔑ともとれないようなため息交じりの声だった。
「いや、馬場さん、嘘じゃないでしょう。その可能性もあるということを言っただけですよ。」
多仁は意に介していない。
「誰が乗りますねん。鳴門行きのリニアに。そのために橋掛けて莫大な金かけるんでっか?」
しつこく話を続ける馬場に面倒だと言わんばかりに強めの口調で早口に答える。
「馬場さんまで、何をおっしゃってるんですか?現実を考えれば鳴門にリニアなどありえませんよ。リニアは関空から岸和田、堺を通って新大阪までで、いいんじゃないんですか?そこからは新幹線がありますからね。まぁ、京都とか神戸あたりまで伸ばしてもいいですけど。とにかく、関空を国際ハブ空港にして、関西圏をまとめるには空港と大阪を20分程度で結ぶ必要がある。関西州には世界への玄関口と大都市のエネルギーをまかなうための原発を置く必要がある。選挙を考えるとやはり関西圏に原発は無理です。鳴門は関西州のエネルギー基地として申し分がないんですよ。」
「そのためには細井さんに夢をみてもらう必要があると。」
「徳島県民の皆様にもね。夢は大きい方がいいじゃないですか!」
そういうと多仁は大きく笑った。馬場は笑わない。政治家というものをやはり感心なのかよくわからない目でみている。
「もちろん。」
と多仁は真顔に戻って続ける
「環大阪湾経済圏は成り立たせたいと思ってますよ。リニアは無理だが和歌山と淡路島を結ぶ大橋は作る。これで、淡路島は明石からも和歌山からも陸路で繋がることになる。淡路からは鳴門大橋で徳島に続いている。これらをつなげた大物流網を作る計画です。徳島にも大きなメリットがあるはずだ。嘘はまったくついてません。少し大きめに夢を語ったにすぎませんよ。」
そういうと、多仁は私もこの辺で失礼します、と席を立ち、部屋を出る間際
「あ、それから、私、知事やめます。詳しいことはまた今度。」
と言い残した。馬場はふぅ、とため息をついたが何もなかったように帰り支度をはじめた。いつものことではあった。
 
多仁は東京で生まれている。小学生の時、両親の仕事の関係で大阪に移ってきた。移ってきた当初は大阪の独特の雰囲気にも言葉にもなじめず、友達もできずに孤立していたが、
持ち前の負けん気と、運動では誰にも負けないという抜群の運動神経で徐々にその実力を周りに認めさせた。大阪の子供たちは実力を認めると一気にその心の垣根を崩し、当惑するほど距離を縮めて仲間に入れてくる。これがこれまで俺をよそ者扱いしていた奴の態度かと思うが、そんな過去などなかったように接してくる同級生たちが多仁には愛らしく、一気にこの町のことも好きになった。言葉もぎこちないながらも関西弁を覚えていき、同級生からは時々アクセントを茶化されたりもするが、十分に大阪の人間として高校までを過ごしてきた。大学、社会人と再び東京へ戻るが、自身は関西人というより大阪人としてのアイデンティティを残し続けている。大学では経営学を学んだのち、アメリカでMBAを取得した。日本に戻ってからは外資系のコンサルティング会社で一流どころの会社の経営を担当し結果を出し続けた。大阪に本社を構える大手家電メーカーを担当するにあたり、独立。自身の拠点も大阪に定めた。大阪を自分の生きる場所に決めたのである。
 ある、関西大手企業同士の合併劇を演出したことで大きな話題となり、メディアに紹介されると、そのルックスや独特な関西弁イントネーションが混じりつつも、江戸っ子のような言い切り調の子気味良い発言がおおいに人気を集め一気に知名度を高めた。仕事上、経済界の人脈は豊富でメディアに出るようになってからは芸能界にも多くの知人を得た。

大阪知事選に出馬が決まると多くの政党から誘いがあったがあえて無所属を貫き、
「政治は経営だ!無能な社長の元で会社がよくなりますか?社員のやる気がでますか?大阪は今、無能な経営者の下で大きく財政を崩している。このままでは倒産です!」
と、その経営学を背景に大阪府政の不健全経営を徹底的に攻撃した。新人ながら圧倒的な強さで当選を決めた。実際、当選すると様々な改革を推進し、大阪府の財政は大きく改善され、その手腕は全国的にも評価されている。
 そんな多仁でも、大阪の府政には相当に苦労した。まずは不採算事業などを徹底的に洗いそれらを廃止しようとしたが、府の職員はこれらに対して非協力的で、あまつさえ、隙さえあれば邪魔をしてきた。中には知事のためといって、これらを進めることをやめるよう忠告してきた職員もいる。府議会での反発はもっと表立っており、知事の政策には全てに反対するという調子で、就任当初は想像以上の厳しい船出となっていた。
「知事は政治の世界では一年生ですわ。経営の世界では有名かもしれへんけどもう少し政治を勉強してもらわなあきません。」
ベテラン議員などはそう言ってはばからなかった。
ただ、多仁はそれくらいで気持ちを折られるような男では到底なかった。
「なんだか、小学生の時に大阪に転校してきた頃を思い出すよ。」
家に帰り、心配する妻にはそんな軽口をたたいて笑わせていた。
多仁は経済界のつながりを基に、府政と地元業者のつながりの歴史を徹底的に探った。それらは全て選挙につながっている。
「思った通りだ。」

多仁と、馬場が出会ったのはこの頃であった。ある知り合いを伝手に紹介された馬場は、
「苦労されてるそうで。」
と人の好い笑顔で、まるで旧知の間柄のように接してきた。
「大阪のことは大阪の人間に任しなはれ。ゆうても、多仁さんはまだまだ大阪の事、知らはらへんでしょ。」
多仁は黙っていた。まるで何者かもわからない怪しい人間でしかなかったが、大阪の事はあの人に相談しろと先輩から言われている。
「大阪は昔から商売人の間でうまいことやってきてますねん。それをいきなり他所者が入ってきて明日からやめやと言われたら、そらあきまへん。」
表情を変えない多仁をチラとみると、
「もちろん、多仁さんのこと他所者なんて思てまへんで。」
と大げさに手を振って、おしぼりで少し禿げ上がった頭を拭いて恐縮している振りをしている。
「うまいこと、あんじょうやりはるのが政治家の仕事ちゃいますかいなぁ、とワシなんかは思いますねん。」
決して上手に出るわけではないが、決して相手に折れるわけではない。こんな大阪商人は何人も相手してきたし、嫌いというわけではない。多仁は芯がある人間の方が信がおけると思っている。
「馬場さん、確かに私はまだまだ大阪を知らない。具体的に教えていただけると助かります。」
多仁がそう言って、少し表情を和らげると、馬場はその表情を上目遣いで見て、
「さすがや、多仁さんはみんなが見込んだだけのことがある。」
と言ってまた頭を拭きだした。
「別に何も言ってませんが。」
と多仁が言うと、
「ワシにはわかりますねん。こんな年になるまでいろんな人と会うてきましたさかいに、だいたい最初の一言でその人がええ人なんか、悪い人なんか、ちょっとややこしい人なんかわかるようになってきました。多仁さんはちょっと怖い人ですなぁ。いや、いい意味でっせ。」
多仁は笑って
「それはよかったです。ややこしいよりはよっぽどいい。」
と答えた。
それ以来、多仁と馬場は光と影のごとく、表向きのことは多仁が、裏は馬場がと互いを補うように支えあってきた。おかしなことに、多仁は馬場がどんな職業かもどこに住んでいるのかもしらない。多仁も聞かなかったし、馬場も話そうとはしなかった。それがいいと多仁はわかっている。ただ、法に触れるような人間では決してないと馬場は最初に誓っている。

馬場が言うには、大阪は昔から地域によって縄張りが決まっているということだった。どこどこのエリアの工事については、どこどこの建設会社が落札する、その他の会社は自分たちが勝たないような金額で入札するという具合だ。いわゆる談合というやり方である。それを見張る役割が府議会議員であり、その見返りとしてその選挙区の票の取りまとめをその会社が請け負っている。昔から政治家と地場の会社は持ちつ持たれつの関係を保ってきたのだ。それを批判するような青臭い正義感を多仁は持たなかった。それは悪とは言い切れない。かつて、様々な会社経営を見てきた多仁はそう思える。府と事業者を、一般社会に落とし込むなら、大手企業とその下請け業者ということになるが、全ての発注を全て競合提案で行ったらどうだろうか?提案を受ける方も負担だし、提案をする方にはもっと大きな負担がかかる。提案書一つをとっても多くの人間の時間と手間、何よりアイデアという有限の財産をつぎ込んだ成果物なのだ。それがなんども無駄になる。大事に育てた果実を何度もゴミ箱に捨てられる。それは他の市場にだせばそれを必要とする人々に買われ喜んでもらえたかもしれない果実なのだ。仕事を得るには当然だということはわかっている。しかし、その積み重なり、無駄になっていった様々なコストは当然ながら次に手に入れようとする仕事の利益に上積みされていくのも当然の摂理だと多仁は考えている。そうしないと弱いものは時間も手間もアイデアも全て搾取されるだけで終わってしまうのだ。弱肉強食の社会こそ、肉となってくれる弱い立場の人間が育つ環境が必要だと思っている。
「談合と一言でいっても、必要なものとそうでないものがある。」
多仁はそう言った。馬場は嬉しそうにうなずく。
「怖い人です。多仁さんは。」
馬場の多仁に対する誉め言葉は常に怖いという表現であった。
「必要なものであれば、私はそれを全く否定しませんよ。」
「それを聞いて安心しました。我々も大阪を愛してますねん。大阪の悪いようにする気はありません。ただ、上の思い付きで急にやめたりされたら、それを目当てに頑張ってきた者らが死んでしまいます。それは、業者の連中やありまへんで。もっと下、一番下で生きとるもんや。」
「わかりました。もう一度、必要なもの、不必要なものを一緒に見直しましょう。いろいろ教えてください。」
そう言って多仁は右手を差し出した。初めてこの二人は手を握った。



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