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ベストアルバム

優子が好きだったチャットモンチーを聴きながら、奈々の好んだジャスミン茶を飲む。

コースターなんて知らなかったのに、彩が教えてくれたんだよな。

美沙が愛したチャンダンのお香は、今も俺の部屋で煙を上げている。

「鍵はキーケースに入れなさい」
そう教えてくれたのは、まり乃だった。

花の楽しさを知ったのは、栞のおかげだ。
部屋の右の壁には、今は紫陽花のドライフラワーが貼り付けてある。

「お疲れすーぅ」
そして俺は今日も、マリアと同じ口調で電話に出る。
もちろん無意識に。


気がつけば俺の好みや仕草には、元カノの片鱗がみえる。
生活がベストアルバム。
別れてしまったけれど、一つ一つの温もりが俺のどこかに残り、人生を彩っているんだな。


そんなことを考えながら部屋を出て、指定された雑居ビルに入った。
仕事の時間だ。
俺は少し窓を開けて、向かいのビルを覗く。

優子が好きだったカラシニコフを握りしめ、奈々からもらったスコープを覗く。

安全装置の外し方は彩が教えてくれたんだよな。

美沙が愛したMarlboro Black Mentholは、今でも欠かせない安らぎを与えてくれる。

「見えてもすぐに打たないの」
そう教えてくれたのは、まり乃だった。

この仕事を知ったのは栞のおかげで、部屋の左壁にはターゲットの写真が貼り付けてある。

「行ってらっしゃーい」
相手の顔をしっかり確認したあと、マリアと同じ口調で引き金を引いた。


見事、ターゲットに命中。


「俺のベストアルバムは2枚組なんだよ」


眉間から吹き出る美しい血を見ながら、俺はそう呟いた。

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