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会社を辞めなくても活きる道はある

この話はごく一部の人にしか当てはまらないレアケースかもしれませんが、可能性を考える意味で参考にしてもらえれば幸いです。

二番目の会社を辞めたとき

職場が変わって、今までは技術開発の一線に携わっていたのが、段々と管理的な仕事に移っていって、自分の上司たちを見ては

自分もこの人たちと同じようになるのかなあ

という疑問がありました。
なぜかというと、事業部のお金の話と、社長にどう説明するかみたいな悩みと、各部門との調整に追われる毎日を見ていたからです。

そして自分もまた、今までの仕事に一応は満足して結果もそれなりに残せていたので、この際、会社を辞めて違うことをしようと思ったのですね。

その頃に、たまたま書店の店頭で見た〇〇〇〇(笑)の資格取得講座に興味を持って、それは自分が以前から興味を持っていたデザイン関係の資格だったし、自分の経験もある程度活かせそうな気がしたので、新たな夢が湧いてきたのです。

でも全く違う業界でした。

開発の仕事を離れたことで、残業も減って時間的な余裕もあったので、日々仕事をしながら一方ではその事を考え、日増しにその思いが強くなっていくのを感じました。

そしてついに退職することに

したのです。
なぜ転職ではなくて退職を選んだかというと、あまりにも違う業界だったので、資格取得の勉強とともに、その業界のことをもっと知りたいという気持ちが強かったからです。

上司(係長)は反対

最初は直属の上司(係長)に辞めることを伝えました。
上司は新しい職場に僕と一緒に変わった人だったので、これから一緒に頑張って行こうと思っていたらしく「どうしてそんなことを言い出すのか?」というような反応で、真っ向から反対されました。

ちょうどその頃、上司はかなり忙しい状態で、信じられないことを言い出す部下に呆れていたのだと思います。返事は保留され、しばらく何もそのことに触れないし、そこから上にも話が行かない状態になっていました。

課長は理解

しばらくしてから、僕の方から催促したのか、どうだったのか忘れましたが、やっと課長の所に話が行って、呼ばれて説明に行きました。
課長は、そうかそうか、まあ、そういう気持ちならしょうがないな、みたいな反応で、一応、理解はしてくれたんですね。
「やっぱり課長だ」と僕はホッとしたのを覚えています。

事業部長の言葉で若干、心が揺れる

課長の次は、事業部長に呼ばれました。
事業部長は残念がっておられて、こんな風に言われました。

「この会社は広いし、君が行きたい職場があるなら遠慮なく言ってくれたら考えるんだけどな。どうかな?」

事業部長ならではの視点ですね。
僕には全く、その視点はありませんでした。だから一瞬、ドキッとしたんですよね。
その場では、自分の決心は固いということを伝えたので渋々、納得はしてもらえたのですが、あとから考えるとなんでそういうことを係長が言ってくれなかったのかな?とも思いました。
もし係長がそういうことを言ってくれていたら、もしかしたら思い留まったかもしれないのです。

自分が退職してまでやりたいと思っていたことは、もしかしたら単なる逃げ口上だったかもしれず、全ての問題は自分の職場への満足度が低下していただけなのかもしれなかったのです。

周りの反応は半々

辞めることが決まって、最終日には関連職場への挨拶回りをしました。いろんな人が、いろんな反応をしました。

  1. わくいさん、〇〇〇〇デザイナーになるの?へぇー

  2. デザイナーを甘く見てるね。無理だね。(社内のプロダクトデザイナー氏)

  3. 昔こういう人がいてさ、結果、こうなっちゃったわけよ、ふふふ(ネガティブ派)

  4. これからはそういう時代かもしれないねー。頑張って。(総務の偉い人)

その他、しょっちゅう絡んでいた他部門の課長レベルの人は会議で忙しくて会えず。(実はその人たちの反応を一番恐れていたのですが・・)

意外にも多くの人がネガティブだったのが残念でしたね。
まあ、ほとんど自分のワガママなので仕方ありませんが。
それとやはり、客観的に見て成功する確率は低いと見られていたんでしょうね。それは今となってはかなり正しい認識だったと思います。

結果的には社内の他部門に行ってもよかった話

自分の決意は固かったので、あの時は誰が何を言っても辞めたと思います。ただ、もし自分に妻や子供がいたら、同じ判断は無かったかもしれません。

事業部長が言ったように、社内でより過ごしやすい、希望の仕事をさせてもらえるセクションに異動を申し出るという考え方もあったのですね。

今から考えると、結構、いい会社で、厳しかったけれども業績は社員の幸福のためにあるというような考え方をする会社でした。決して無理に製品のラインナップに拘ったり、ブランドに拘ったりするような会社では無かったのです。
いろんな職場があって、ちゃんと探せば自分の希望に近いことがやれる職場もあったと思います。

だけどまさかそんな異動の希望が通るとは思ってもいないし、そもそもそういう考えは自分の中にはありませんでした。職場への不満 = 会社への不満 という考えに凝り固まっていましたね。

最後に

今は、全ての判断は自分にとって最適だったと素直に思えますし、「もしこうだったら」という別の世界が現れなかったのも運命だったのかなとある意味いい方に感じられます。ただ、

辞めることに拘る必要は無かった

ということだけが、一抹の後悔として残っていますね。

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