【読書】ノーベル経済学者が新自由主義的主張を論破
新自由主義/ネオリベラル/共和党系の経済学者がよく使う概念や主張を一つ一つ論破していく左翼進歩主義的経済学者のポール・クルーグマンのNY紙掲載コラム集。
要約
例えば富裕層に対する減税、企業減税、年金や医療の民営化等、何度も繰り返しエビデンスを示して論破してきた新自由主義的な論調のことをゾンビと表現。
その背景には社会分断がある。もはやエビデンスに対する科学的議論は行われず、そのエビデンスを信じるか信じないかの問題になってしまっている。
大きな政府的考えはアリだとは思うが、フリードマンが言うようにエリート層の価値観押し付けにならないようにすることが大事。
1.本の紹介
本のタイトルは「Arguing with Zombies - economics, politics, and the fight for a better future」(2020年刊行)で、邦訳あり。
著者はアメリカ人ノーベル経済学者で、現在ニューヨーク市立大学大学院センターで教授を勤めるポール・ロビン・クルーグマン/Paul Robin Krugman(1953ー)。イェール大学にて経済学学士号、MITで経済学博士号を取得、これまでスタンフォードやプリンストン等の著名大学で教鞭を取ってきた。2008年には国際貿易理論の貢献を評価されノーベル経済学賞を受賞。
ちょっと長いが下記の動画がおすすめ。司会者の軽快さもあり、クルーグマンが自分の考えをポップに語っている。
2.本の概要
そもそも論として、本のタイトルにある「ゾンビ」とはなんぞや?との疑問だが、これは、何度も繰り返しエビデンスを示して論破してきた新自由主義的な論調のことを指している(例: 富裕層に対する減税、企業減税、年金や医療の民営化等)。
その背景には社会分断があるという。例えば新自由主義的な、あるいは進歩主義的な問題提起や政策提案があったとして、そのエビデンスが正しいか否か科学的な見地から検証し議論をするのではなく、そのエビデンスを信じるか信じないか、といったレベルにまで社会は分断されていると指摘。新型コロナ懐疑論、気候変動懐疑論、減税論等がまさにゾンビ的アイデアの典型例。
この社会的分断を引き起こしているのはハロー効果(※)である。新型コロナにしても気候変動にしても、その存在を認め政府介入を許してしまったら、新自由主義派からしたら小さな政府原則に反する上、医療や教育など他の分野での政府介入の口実を作ってしまう。進歩主義者らからしたら、これを機に、まさに教育や医療なども含め、大きな政府により格差是正しようという動きに持ち込む好機となる。
※ハロー効果には、ポジティブ・ハロー効果とネガティブ・ハロー効果とがある。ポジティブ・ハロー効果は、評価者が人材を評価する際に、ある特定の評価が高いと感じた場合に、別の項目も高くしてしまう現象である。また、ネガティブハロー効果は、評価者が人材を評価する際に、ある特定の評価が高いと感じた場合に、別の評価を低くしてしまうという現象である
社会保障サービスを民営化することでより効率的な資金運営が可となりゆくゆくは貰える年金という論調は、まさにゾンビ的アイデアの一つ。年金を民営化すると、労働者のcontributionの一部が、投資会社のファンド・マネージメント料として天引きされていき、結果として年金取得者の取り分が少なくなることが分かっている。
医療保険の民営化も同様で、医療保険会社からの支払い決心が遅れ、医療行為自体を断念したり延期したりしなければならないケースが数多くみられる。
金融セクターの自由化/規制撤廃によるイノベーションもゾンビアイデア。結局、リスキー投資商品が安全で安定した金融商品として売買され、結果金融危機を引き起こすということは歴史が証明。
緊縮財政については、国家経済財政をまるで一家庭かのように仮定し、過度な赤字はよろしくないという論調も同様。一家庭の負債は他人に対する負債だが、国が債券発行した金は、自分自身に対する借金、無論借金累積は金融不安を引き起こしかねないが、それよりも対処しないと行けないのは、緊縮財政による不況とデフレである。経済不況に陥った国は、政府による経済刺激策(政府支出、補助金)が必須。
高止まりする失業率を説明するのによく言及されるのが、雇用主と失業者間のスキルギャップと構造的失業。ただそれはウソ。スキルはある。失業は構造的なのではなく、単に長らく失業しているという事実で、これを雇用主が嫌う。そもそも失業は経済サイクルによって大きく上下する。
ユーロという共通通貨の導入だが、平常時であれば共通通貨を共有する外国からの投資を呼び込めるという利点があるが、いざ経済問題が生じると途端に足かせになる。金融政策(例: 通貨切り下げによる自国産業保護、利率変更など)が封じられてしまうから。結果、賃金カットや価格カットなど、internal devaluationsを実施せざるを得ない。さらに2007年の債務危機から脱出するためには、南欧が引き続き借り入れができるようにすること、そして彼らの自国産業が、輸出できるような環境を作ること。
他、減税による経済刺激、貿易自由化による最適化なども取り上げられているが割愛。
3.コメント
スティグリッツとならぶ、進歩主義的な経済学者の巨頭の一人。その主張は、大きな政府により完全雇用や充実した社会福祉を目指すべきというもので、これまで読んできたスティグリッツやギリシャ経済学者の主張と共通するものが多数あり。
日本でも小泉政権時に新自由主義的な論調が吹き荒れ、バンバン民営化労働市場等の規制撤廃が行われた。結果、経済が回復したというよりも、格差社会になってしまったと理解しているがどうなんだろう。そしてその割には財政赤字に歯止めがかかっていない。一回真面目に日本経済に関する本を読んでみたいのだが、誰を信用したらいいのか分からず手をつけていない。クルーグマンやスティグリッツが、書いてくれたらいいんだが。。。
最後に進歩主義的経済学者の論調には、政府機関に対する絶対的な信頼がある気がしてならないのは私の気のせいだろうか。政策を考えたり実行したりする人々が、完全AI化されたらそういう想定でもいいのかもだが、残念なことに政府も人の手によるもの。大きな政府的考えはアリだとは思うが、フリードマンが言うようにエリート層の価値観押し付けにならないようにすることが大事。
最後に一言
経済学というと取っつきにくい感じがするが、この本はコラム集ということもあり読みやすいのでおすすめ。
本記事は、あくまで私がポイントだなと思った部分のみ書き出しまとめているだけです。この概要記事がきっかけとなり、この本に興味を持っていただけたら幸いに思います。
併せて、他の記事もご覧いただけたら幸いに思います。
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