病院経営の短期的な解決策とその帰結
病院経営を改善しようとする努力が長期的にもたらす帰結について書く。
DPC対応病院、つまり値段が原則として病名によって決まり、検査や治療に応じて支払われるわけではない病院を前提とする。
これはクリニック経営についての話ではない。
病院経営の難しさ
1.売り物の値段(診療報酬)は変えられない。
2.急性期病院など、特定の役割を果たすには雇用する人間の数を一定水準にしなければならない、つまり、人件費がかかり、減額は容易ではない。
なお、人件費の割合は一般病院では約50%である。
3.患者の属性によって値段は変化しない。
4.医療に関連した物品の仕入れには消費税がかかる一方、診療報酬に消費税がかからない。つまり、消費税増税により経営が悪化しやすい。
一方で、病院経営を容易にするのは
1.補助金、つまり自治体の支援が得られる。
2.地域の高齢化は、疾患に罹患する可能性を高めるので、需要が減ることはない
さて、病院経営を改善しようとした場合、値段が一緒で、人件費も基本的には一定で減らすことはできないので、今いる人材を最大限活用する、というのが解決策になる。
つまり、入院患者数と外来患者数を増やし、(書類上の)時間外労働を減らして、対応するということだ。
これは医師・看護師のブラック労働がなかなか減らない理由でもある。
地域によっては人口減少が起きるが、人口減少に応じて病床数を減らすのは適切に思われるが、それが難しいのがなぜだろうか。
一つには、病床数を減らすことでもらえる補助金が減るからだ。
また、地域の高齢化は、医療のニーズというか、入院したい人や外来を受診したい人を増やす方向に働くからだ。
シミュレーション:地域の老化が医療費に与える影響
単純計算だが、人口が100人の村で、0歳代が10人、10歳代が10人…90歳代が10人と各年齢階級が10人ずつの村があるとする。
この村は、2019年の日本の年代別1人当たり医療費を消費すると仮定する。
この村に、20歳代が10人増えて、20歳代人口が倍になっても、医療費は年間90万円しか増えない。一方で、80歳代人口が10人増えた場合は、医療費は年間1000万円増える。
村全体が単に5歳年老いただけでも(単純化のため死人は出ないものとする)、4234万円/年 から 4707.5万円/年と、約473.5万円、村人1人あたり4万7350円/年 医療費負担が増加する。
さて、高齢化が進んだ地域では医療の需要は増えることが分かった。
次に、病床利用率を高めようとすると、入院要請に積極的に答えるべき理由が生まれる。
その結果として、本来は介護や福祉で解決できるはずの物事を、医療が代替することが増える。
具体的には、認知症や腰椎圧迫骨折の高齢者を、同居する高齢者が自宅で介護できなくなったための入院だ。
また、老衰と言い換えてもよいような全身状態で発症する誤嚥性肺炎や心不全の入院受け入れを行うことになる。
これらは、退院時にさらなる介護・医療資源を要するようになる。
また、少なからぬ割合が長期の入院を経て長期療養型病院に転院する。
この場合、医療を行うことで、さらに医療・介護資源を消費し続ける状況を作り出した、と言い換えることができる。
一般的な医療のイメージは恐らく違うはずだ。医療ドラマで出てくるのは、働き盛り、ないし子育てをしている青年、ないし壮年が急な病気で倒れ、適切な診断の元治療が行われ、完治したり幾分の機能を失いながらも社会に復帰していく。
実際、かつては医療の少なからぬ割合がそうだったり、少なくともそれを目指せるような入院患者の平均年齢が若かったはずだ。
実際、こうした年齢に対して行われる積極的な医療は、社会を支えられる期間を長くすることで、社会の生産性を向上させる役に立っていたはずだ。少なくとも、必要とする介護を減らしたり不要にすることで、将来的に医療資源の使用量を減らす方向で、役に立っていたはずだ。
しかし、老衰の過程に伴う入院を受け入れていくと、そのような患者割合がどんどん減っていく。つまり、治療して、病気が改善しても身体機能は改善せず、医療・介護負担が増えていく、という入院が増える。
また、高齢化に伴い身体機能と認知機能が低下し、合併症が増える傾向にあるので、一人一人の患者の医学的な対応が難しくなり、看護面でも手間がかかるようになる。
あくまでもこれはきちんとやれば、という前提であって、実際にはベッドに拘束して食事を与えず点滴と尿道カテーテルを挿入する病院もあるはある。
いずれにしてもこれは医療従事者の士気を下げる。前者は労働強度の増加で、後者は倫理の低下に耐え切れなくなって。
いずれにせよ、仕事の意味を見出すのは難しいかもしれない。
仕事を無意味を感じる職員が増えれば離職が増える。
人が集まらなくなる。
もしくは、募集するときにより高い金額や良い労働条件をアピールしなければ人が集まらなくなる。
このようにして、病院経営を努力し、病床利用率を高め、入院患者を多く受け入れることで、長期的には高齢化した地域では人手不足か人件費の高騰を招く。
短期的には自治体は補助金を増額することで対応できるが、自治体は無限にお金を出せるわけではない。お金を出すためには、別の何かを削らなければならない。
このようにして高齢化が進む地方は、どんどん貧しくなっていく。
さて、打つ手はあるのだろうか。
僕はあると思う。
まずその前に、医学的な病名は確かにあるが、実際には介護や福祉の範疇で対応できる入院、について考えてみよう。これをグレーゾーン入院と呼ぶことにしよう。
つまり、医療が必要ですと主張する余地はあるが、実際には介護や福祉での対応が必要な入院だ。
病院経営を改善しようとするとグレーゾーン入院が増える。
だが、これは病院経営というミクロな視点で見ているからだ。
自治体、特に市町村レベルで考えれば、グレーゾーン入院の増加は病院経営の短期的改善と引き換えに、医療費の増大と病院人件費の増加によって、地方の財政を悪化させる。
また、身の丈に合わない病床数が必要だと錯覚し続けることによって、医療を適切な規模に縮小する必要性の認識が遅れる。
逆に言えば、グレーゾーン入院の増加は、病院が地域が身の丈に合わない病床を抱えており、将来的に人件費が高騰することを予測する要因として推定することができる。
しかしどうやってグレーゾーン入院を客観的に予測できるだろうか。
病名は医師がつけるから、正直ある程度操作できてしまう部分がある。
誤嚥性肺炎で入院したときに血糖も高ければ、DPC病名を糖尿病という名目で入院させ、診療報酬を受け取ることは容易だ。また小さな脳梗塞が見つかった場合は、実際には誤嚥性肺炎だったとしても、脳梗塞とすることもある。どちらも嘘をついているわけではないし、外部の監査者が判断するのは難しいだろう。
一方で、転院先が回復期リハビリテーション病棟か、長期療養型病棟か、施設か、自宅か、というのは誤魔化すことが難しい指標だ。
長期療養型病院への転院割合が増えている場合、急性期病院のグレーゾーン入院が増加している可能性が高い。
これを指標として、医療資源を適切に投入し、適正な急性期病院の病床数を推定することができるかもしれない。
まとめ
・急性期DPC病院の経営は難しい。
・短期的には、病床利用率を高めることで経営を改善できる。
・高齢化した地域で病床利用率を高めるとグレーゾーン入院が増える。
・グレーゾーン入院が増えると、地域の医療資源(お金と人的資源)の消費が増え、離職が進み、人件費が高騰する。
・グレーゾーン入院の割合は、外部からは予測しがたい。
・グレーゾーン入院の割合は、長期療養型病院への転院割合を代替変数として推定できるかもしれない。
・これが推定できれば、地域の病床数を適正化できるかもしれない。