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たぶんもう2度と手に入らないような素敵な恋人と、映画【パターソン】を観に行った話

ジム・ジャームッシュ監督の「パターソン」という映画をご存じだろうか。アメリカ、ニュージャージー州のパターソンという町に住むパターソンという名前のバスドライバーが主人公だ。演じるのはスター・ウォーズシリーズのカイロ・レン役で有名なアダム・ドライバー。

この映画は、そんなパターソンの1週間を淡々と綴ったものだ。毎朝だいたい同じ時間に起きて、妻のローラにキスをして、朝ごはんを食べて、職場に向かうパターソン。詩を書くのが趣味で、時々思いついた詩をノートに書き留めている。夜はフレンチブルドッグのネリーを散歩に連れて行きがてら、近くのパブで一杯だけビールを飲む。

彼の日常は至って平和で、とりたてた事件は起こらない。エキゾチックで美人の奥さんはちょっとぶっとんでるところもあるけど根は優しくて夫婦仲は良好だし、何より奥さんや友人、また初対面の人に対しても穏やかに優しく接するパターソンの人柄がじんわりと伝わってくる、そんな映画だ。

今でこそオスカーにもノミネートされて演技派と名高いアダム・ドライバーの知名度がまだそんなには高くなかったこともあってか、この主人公、なんとも言えないんだけど、なんかいいんだよなぁと思った。パターソンに会えてよかったと思わせてくれるような映画だ。

そんなわけで、公開当時からそれなりに話題になっていたが、私は映画好きを自称していたくせにこの映画に関してはノーマークだった。

当時付き合っていた彼氏と映画デートの計画を立てていた際に「パターソンって知ってる?観てみたいんだよね」とLINEがきて、初めて検索をした時には既にほとんどの映画館で上映が終了してしまっていた。唯一、渋谷アップリンクでのみ上映されているとのことだった。上映回数も少ないし他の映画にする?と聞いてみたが、珍しく「パターソンがいいな」というので、アップリンクに観に行くことにした。

前述のとおり、映画はすごく良かった。私たちは、一緒に良い映画を観たね、という幸福感でいっぱいで渋谷アップリンクを後にした。彼の遅刻やらで、映画の前は若干喧嘩になりそうな空気もあったが、多幸感に溢れた映画がそれを吹き飛ばしてくれた。映画の後は、「青の洞窟」という有名なイルミネーションを観に行くというデートプランを一応立てていたので、よかったね、良い映画だったね、と話しながらぷらぷらと代々木公園まで歩いた。

彼は決して映画オタクではなかった。スターウォーズもアベンジャーズも観ていない男性だった。どちらかというと私に付き合って毎週のように映画デートをしてくれていると思っていた。でも、映画デートしたいという私に彼が提案してくれる映画は、どれも絶妙に素敵な映画たちだった。

パターソンほんとよかったね。どこで映画情報仕入れたの?王様のブランチでは紹介してなかったでしょ、と聞くと「○○(彼の苗字)センサーだよ」とはぐらかされた。

代々木公園に着くと、日本酒&蕎麦フェアが開催中だった。呑兵衛だった私たちは花より団子とばかりに飛びつき、イルミネーション鑑賞はそこそこに、お蕎麦、日本酒、屋台の海鮮やモツを楽しんだ。季節は確か10月の終わり頃、空気は冷たいけど寒くはなくて、気候も完璧だった。

そのあとは渋谷の居酒屋で飲み直して、日曜日だったのでふわふわ幸せなままいつもより早めに解散して、各々の家に帰った。居酒屋の安いレモンサワーが合わなかったのか、私は帰宅後にひどい二日酔いになってしまったが、それでもその日のことは、今思い返しても夢のようにキラキラとしている。

このままこの人と結婚できたら幸せだろうなとボンヤリと思っていたし、するかもしれないと思っていた。でも1年ほど付き合って、色々なことが積み重なり、結果的に私は深く傷つけられ、すごく嫌な別れ方をした。

別れる原因は私にあったと思う。彼は同い年とは思えないくらい大人だったけど、私は本当に子供だった。彼のことは優しいけどちょっとつまらないと思ったこともあったし、浮気までは行かずとも他の人に目移りしたり、まあまあモテていたことに胡座をかいていた。それでも別れる時の彼は不誠実で、それだけで今でも彼のことが許せない。許せないというより、思い出がすべて辛いものになってしまった。もうあれから数年経つし、他に何人か彼氏もできたのに、恋愛で嫌な思いをする度に彼と別れた時に深く傷ついたことを、なぜか芋づる式に思い出してしまう。

彼は優しくて、穏やかで、大人で、でもユーモアのセンスもあって、食べ物の好みもお酒の好みも合って、無口だけど仕事も頑張っていて、ちょっとパターソンみたいだったと思う。彼のおかげで私がパターソンという映画に出会えてから今に至るまで、例え筋金入りの映画ファンではなくとも、映画が好きな人なら「パターソン」を観たという男性にはたくさん出会った。でも、彼とは全然違うのだ。あんな人にはもう出会えないなと思う。復縁したいとは思わないし、別れるべくして別れたんだと思う。美化されてる部分もあると思う。

それでも、もし私がもっと大人で、いろいろな不幸なタイミングが重ならなくて、彼と今でも一緒にいられたら、あの映画のような、たとえ特別なことが何も起こらなくても毎日が素晴らしくて愛おしい日々を過ごしていたかもしれない。そんな世界線もあったのかもしれないと、今でも時々考えてしまう。


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