見出し画像

1995年自転車の旅|05|岬

 1995年(平成7年)秋。一人の青年が東京から鹿児島まで自転車で旅した記憶と記録です。


【前回のあらすじ】
 三保の松原にほど近いキャンプ場を出発。太平洋に面した、広くて気持ちのよい道をひた走る。大崩海岸のクネクネ道を上り下りしたら、焼津港。さらに大井川を越え、御前埼灯台を目指す。西日に光る灯台に別れを告げたのち、メロン畑に囲まれた「国民宿舎ふくで荘」で、旅に出て初めての風呂。近くの松林にテントを張る。

 6:30起床。一時間前に目覚めたものの、眠気に負けて二度寝してしまった。撤収作業完了後、近くの港に移動して朝食。汽水域の河口から、ほのかに潮の香りが漂ってくる。

 出発前に自転車をメンテナンスしつつ、今日はどういうルートで走るか考える。
「今日は」というより、これから進む大まかなルートを決めなければいけない。浜名湖までは確定。その先の選択肢は二つあって、名古屋方面に向かうか、あるいは渥美半島を抜けて、鳥羽へと渡り、紀伊半島を南下するか。
 自分の気持ちの面でも、走りやすさや安全性の観点からも、なるべく大都市圏には近づかず、車通り人通りともに少ない田舎道を走りたい。行き当たりばったりの気まま旅とは言え、基本的なプランとして、太平洋に沿うルートでゴールの鹿児島を目指したいという思いもある。
 三日間走ってみて、アップダウンがそれほどキツくなければ、一日当たり100kmは問題なくこなせるのがわかった。
 今日のゴールはおそらく、渥美半島の突端、伊良湖いらご岬になるだろう。

 それにしても、10月半ばというのに、えらい暑さ。どこかから蝉の鳴き声が聞こえたのは、けっして空耳ではないはずだ。
(厚手の衣類をしっかり準備し過ぎた…)
 ちょっぴり後悔。でも、いつ何時冷え込みに襲われるかわからない。
 一方、喫緊の課題は、溜まった洗濯物をどうするか。早いところコインランドリーを見つけなくては。

弁天島海浜公園での撮影と思われる。

 正午前に浜名湖に到達。
 手帳には「ファミレスでランチ」と記されている。
 前日、風呂に入れたので、そこまでむさ苦しくは思われないだろうと自分に言い聞かせ、贅沢してみたのだ。
 記憶では、湖と国道に挟まれた「デニーズ」だった気がするが、2024年現在のマップでは確認できなかった。検索しても出てこない。記憶違いか。
 この自転車旅中、朝と夕は自炊を旨とした。コッヘルとガソリンストーブで米を炊く。おかずはほとんど缶詰。昼食は食堂や弁当で手早く済ます。さらに、朝昼晩の食事の合間、午前と午後に一回ずつ、菓子パンなどの高カロリー食品を必ず買い食いする。明るいうちはひたすらペダルを漕いでいる=エネルギーをひっきりなしに消費する状態なので、出て行った分の補給が欠かせないのだ。ぼくは、普段はどちらかと言うと食が細い質なのだが、旅の最中、自分でも驚くほどカロリーを摂取し続けた。考えたうえでそうしたのではなく、身体が自然とそれを求めた。

 渥美半島。国道42号を西へ。
 平坦な道をすいすい進むイメージでいたのが、思いがけず丘陵地帯を上ったり下ったりの繰り返しとなり、疲労が蓄積する。
 心の隅に仕舞っておいた、頑張れば最終便のフェリーを掴まえて鳥羽に渡れるかもというスケベ心は、ものの見事に打ち砕かれた。

 伊良湖岬が近づくにつれ、視界に太平洋が広がり始める。
 浜辺にはサイクリングロードが整備されていて、爽快。

 岬の手前の手強い峠道を上りきると、伊勢湾を照らす素晴らしい夕映えが出迎えてくれた!

 フェリー乗り場で明日の朝の乗船時刻を確認し、残るは今夜の寝床探し。
 地図によれば、キャンプ場を併設した国民休暇村があるようだ。訪ねてみると、フロントの職員さんからは、
「キャンプ場の営業は7、8月のみです」
 とつれない返事。まあ、そうだよね。ここまでの経験上、期待してはいけないのはわかっている。
「この辺りでどこか、テントを張れそうな場所はありませんか?」
 情報提供求ム。なければ、自分で探すしかない。幸い、
「近くの海岸沿いに大きな公園がありますよ」
 と教えてもらい(半分厄介払いぽかったけど)、そちらへ向かった。
 静かに沈んでゆく夕日を浴びながら、黙々とテントを組み立てる。周囲には人っ子一人見当たらない。

 同じく地図で見つけた「国民宿舎伊良湖岬信州」(2007年に閉業。国民宿舎全般については前回の記事を参照)にて入浴。コインランドリーにも無事、巡り会えた。
 ロビーでテレビを見、新聞を読んでみたが、たった四日間、世間のニュースから離れていただけなのに、どれもこれも別世界の出来事のように思えて仕方がなかった。鏡に映った自分の顔を確かめると、目の下にうっすら隈が浮かんでいる。
 テントへの帰り道、夜の帳に覆われた田園の真ん中に、老人ホームらしき灯りがぽつんと見えた。
 何十年か先の未来、自分が年老いて、このような人里離れた住み慣れない場所に単身暮らすようになったとしたら、どれほど寂しいだろう。
 そんな想いがふと、胸の奥をよぎった。
 それは、若いが故の、不遜とも呼べる感懐、だったかもしれない。
 星が綺麗に見える。天の河まで見える。

左手前はどなたかのBBQの痕跡?
奥はワタクシの洗濯物。お目汚し…
©Google Map
©Google Map

【旅の4日目】
1995年10月13日(金)
静岡県磐田市豊浜(当時は福田町)→ 愛知県田原市中山町岬(当時は渥美町)
走行距離(当日)99.04km
走行距離(累計)417.54km
出費(当日)2,482円
出費(累計)6,030円


記事をまとめたマガジンはこちら。

よろしければサポートをお願いします。 いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます。