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太田光『芸人人語』を読んで~太田光のsocial point of viewと想像力~

本日読了したが、まぁ良い本だこと。

太田光は、私が好きな芸人の一人であるが、その理由が本書を通じて、彼の頭の中を覗くことによってわかった気がしている。

それだけでも感動ものだ。

朝日新聞の「天声人語」をオマージュした『芸人人語』。

なんだかおちゃらけたエッセイ集めかと思ったとすればそれは誤解だ。

まさに、本書の帯の言葉を借りるが「独創的視点から人間社会の深層をえぐる20編」である。

第一編の「言葉」から太田の独創的視点と文才が炸裂している。

これこそ、本書に収められた20編の中で最高傑作かもしれない。

その「言葉」で主に語られるのは、まだ記憶に新しい、小学3年生女児が父親により殺されたという痛ましい事件である。

この事件は、まさに現代社会の「欠陥」を露呈したと言える。

それは、家族・学校・教育委員会が女児の命に大きく関わり、さらには、地域社会も含めて、彼女を救えなかったからだと思う。

太田が指摘するように、教育委員会の職員は「ひみつをまもります」と明記されたアンケートのコピーを女児の父親にみせてしまった。

「ひみつをまもります」という「言葉」を信じた女児はあっけなく裏切られてしまったことを思い出す記述である。

ただ、「ひたすら利害関係者を糾弾するだけ」なら、多くのメディアや世論のように愚かで簡単であり、「芸」もない。ナンセンスだ。

私も兼ねてから社会を揺るがす凶悪事件が起こる度に考え、時には言葉にしてきたことだからこそ、より太田光の意見に共感したのだと思う。

彼は極めて道徳的な感覚も優れており、なにより「社会的な視点から(from social point of view)」この、凶悪事件を振り返っているのだ。

私なりに代弁すると、凶悪事件の凶悪犯を、「モンスター」だ「おかしい人」だと解釈するのは楽かもしれないが雑で、たんに「社会的な問題」の「個人への責任転嫁」であるということだ。

太田は本書で「想像力」という言葉を度々用いるが、まさにこの「想像力」を働かせて、「自分が女児の母親だったら、父親だったら」、「担任だったら」、「教育委員会の職員だったら」と「具体的に想像」してみる必要がある。

多くの人は、「自分とは断絶された世界の、会うこともない、同じ人間とは思えない彼ら」として、事件の関係者を片付けて、自分は違う、自分は関係ないという態度をとるかもしれない。

しかし、太田の言うように女児が学校のアンケートで書いた父親の暴力を「どうにかできませんか」という言葉を目にしたときに、誰もが「彼女の命を守る行動をとれたかはわからない」のである。

母親の立場で、日々エスカレートする父親の暴力を止めるための行動をできたかは、「わからない」のである。

そして、誰もが「私は違う」、「私なら助けれた」と条件反射的に考えて終わりの人々が構成する社会では、太田のいう通り、女児を救えないと私も考えるのだ。

太田は、この「言葉」というエッセイだけではなく、本書の中で一貫して「社会」、「想像力」、「道徳」、「芸能・芸術」、「笑い」または「いじめ」といった人間の本質を形づくることを中心に据えているように思う。

以下に可能な限り、琴線に触れた文章を引用する。

「笑いとは、単純な感情ではない。蔑みと共感と愛情と憎しみは、同居している。だからこそ笑いは、イジメであり、人を救うモノにもなりうる。だからこそ笑いは、危険なのだ。危険だからこそ人は欲するのだ。笑いは人を傷つけもし、救いもする。笑いは人を殺し、人を生かす。(23頁)」

「音楽や芸能に近づかなければ怪我もしないかもしれない。しかしそれがなければ、人間は生きていけない。危険だろうが、何だろうが、人は音楽を聴き、芸能を観る。(24頁)」

「笑いは善・悪ではない。蔑み、共感する感情だ。残酷で優しい感情だ。(27頁)」

「言葉を捨て、やみくもに歴史を続けること。あるいは、やみくもに全てを言葉で説明し、道理を通すこと。どちらも不完全だ。(39頁)」

「「人は誰でも人の困った様子を見て楽しいと感じる」可能性がある、ということと「人は誰でも、そうとは気づかないうちにいじめに参加してる」可能性がある(115頁)」

「「人を殺すもの」と「人を生かすもの」は同じ場所にある。「同じもの」だ。人間の中にある「愚か」と呼ばれる感情を見ないふりして、無いものとして、どんな世界を作ろうというのか。<中略>私達は人に傷つき、同時に人を愛しているのではないのか。「人を傷つける人間」を愛しているのではないのか。(143頁)」

「いつでも人間にとって重要なのは想像力だ。「想像」は人間を生かし、殺す。(230頁)」

「「頭の中で思うこと」だけは検閲できない。(231頁)」

本書を読み、つくづく思うのは、「人は矛盾を抱えて生きる」ということと、ありとあらゆる「不要不急」は、時に人を死なせもするが、生かしもするということだ。そして、やはり「想像力」や人間の深みははあらゆる「不要不急」を通じてつくられるのだろう(読書ももちろんそのひとつ)。

後半はほとんど「コロナ」が話題だが、読みごたえがある。

とにかく、立ち読みでもいいから、第一編の「言葉」だけでも読んでほしい。

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