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穴があったら入りたい・7

昔の憧れだった人が大きく変化していた。

なんてことはよくある話だ。

むしろ変化していない方がおかしい。

だが、その変化に動揺を隠せない娘っ子がいた。

私だ。

勉強ができて運動神経抜群でクラスの人気者は、

私の妄想のなかで、顔立ちそのままジャニーズのような

アイドル化を遂げていたのだ。

目の前にいるYくんと、昔のYくん。

昔とはいうが、本当に大昔のことなのだということにハッとしていた。

それでも、どこかで昔と今の共通点を必死になって探している私がいた。

横浜を案内してくれるのかな? そんな期待をしていたが、Yくんは、

「どこに行きたい?」

「ぼく、住んでるとはいえあんまり知らないんだけど」

を連発していた。

突如、あなたに会いたいと夜行バスでぶっ飛んできた同級生を目の前にして、

どうすればいいのかわからなかっただろう。

Yくんは、終始、混乱と困惑が入り混じった顔を見せていた。

そんなYくんを見て、私はなぜか苛立ちはじめていた。

私、大阪から夜行バスで来たんやで。
もっとエスコートしてくれたっていいやん。
お金もかかってるし。
会いに来た理由わかってるんとちゃうん!?

いまの心の声にぜひ、鋭いツッコミをいれていただきたい。


知らんがな!!!!!

そのツッコミで正解です。


だけど私は、必死だったのだ。

「恋をしなければっ、恋をしなければっ」

焦りは正常な判断を鈍らせ、

なにかが違う、まったく違う、とわかりつつ、

その事実に見て見ぬふりを決めこんでいた。

盲目だ。はじまってもいない恋なのに、盲目だった。

だって私はYくんのことは好きではないのだ。

再会した瞬間から、いやその前からわかっていたのだ。

これは恋愛ではないと……。

だからこそ焦ったのだろう。

恋愛をしなければ!!!

「好きやねん」

許してほしい。

私はあろうことかYくんに愛の告白をして、しまった。

「エ……」

Yくんの『エ……』は、

声帯からでた声ではなく体全体から発せられる『エ……』だった。

かたや告白した張本人の女はというと、

『もう後には引けない、言ってしまったからには!』

とさらに息巻いている。マジやばい。

告白のあと、Yくんの顔を直視できなくなった。

好きではない相手に好きと告白した人間と、

多分、もう恋心を抱かれていないけど好きだと告白を受けた人間がそこにいた。

「いや、オレ、付き合っている人がいて将来も考えてるよ」

それが彼の答えだった。

エ……。

今度の「エ……」は私から発せられたものだった。

しかし、しかーし!

私は、あとには引けなくなっているのだ!

「それでもいい。付き合って!」

訳が解らない。

どこに向かっているのかもわからない。

何度も理解不能な押し問答をしたあと、

会話をしなくて済むように映画を観に行こうと提案した。

いくつか上映されているなかで、

Yくんは確か車好きだったことを思いだし、

「イニシャルDを観よう」

と私が言ったら、

「イニシャルD……」

とYくんが呟いていたのを聞いて、

『さっきの「エ…」とおんなじ響きやん』

と思った。

呆然と車が高速で走っている画を観ていたら、

私は一体何をしているのだろうという思いが、

スクリーンのなかの車と一緒に何度も何度も

私の目の前を横切っていった。

映画のあと、横浜のシンボル・ランドマークタワーの展望台に登り、

景色を一望しようとしたが、夕方になるにしたがって外は雨と風が激しくなり、

もはや嵐に近い状況となっていた。

そこでも、私はこんなことを言っていた。

「いい景色」

こうなってくると、理解不能を通り越して恐怖だ。

Yくんは、このときどんな顔をしていたのだろう。

そちらの方が恐怖だ。


このあと、私の恐慌は行くところまでいってしまう。


このよくわからない人間を連れて、

一日中横浜の中心部を歩きまわっていたYくんは、

頭をクールダウンしたかったのだろう。

「どこかに座ろう」

と私に言ってきた。

適当なカフェを探すのだろうかと思っていたが、

Yくんが座り込んだのはショッピングモールのなかの非常階段だった。

Yくんの疲労困憊さ加減は、後姿からも伝わってきていた。

なんとも言いようもない心境で、私もYくんの右側に座る。

この期に及んで、私は、告白した相手と

一緒に横に座るという行為にド緊張していた。

イニシャルDのときよりちゃんと緊張しているぞ。

そう思った瞬間、男の人の肩に頭を乗せる構図がパッと頭に浮かんだ。

そう、私は、Yくんの肩に頭を乗せたのだ。

Yくんは結構な力で私の頭を振り払おうとしていた。

何度もなんども。

私は、頭の全重さをYくんの肩に預けてしがみついていた。

なんども離そうと試みるYくんを横目にみながら、

頭って重いんだなぁと思った。

人間は、滑稽だ。

これはエッセイだ。

紛れもなく実話なのだが、

文字にすることで滑稽さがさらに際立ってくる。

書いている最中、何度もなんどもYくんに懺悔している私がいる。

だが、この話は最後、Yくんが私に反撃してくることになる。

次回、「穴があったら入りたい」完結します。

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