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読書記録:週に一度クラスメイトを買う話 ~ふたりの時間、言い訳の五千円~ (ファンタジア文庫) 著 羽田宇佐

【名前の無い関係、お金で繋がる言い訳の理由】


【あらすじ】

彼女、宮城志緒理は少しおかしい。
週に一回五千円で、私に命令する権利を買う。
一緒にゲームしたり、お菓子を食べさせたり。
気分次第で危ない命令も時々。
秘密を共有し始めてもう半年経つけれど、彼女は「私達は友達じゃない」なんて言う。

ねぇ宮城、これが友情でないのなら、私達はどういう関係なの?

あの人、仙台葉月でなければいけない理由は、今も別にない。
私のふとした思い付きに彼女が乗った、ただそれだけ。
だから私は、どんな命令も拒まない彼女を今日も試してみる。
次の春、もし別のクラスになったとしても彼女はこの関係を続けてくれるだろうか。
今は、それがちょっとだけ気がかりだ。

気紛れな女子高生の日常は、少しずつ変化していく。

あらすじ要約
登場人物紹介

週に数回、宮城にお金を貰って奴隷になる仙台の危うくて、何処か甘い関係を綴った物語。


相手を言いなりに出来る権利。
それはお金を支払う事で、割り切れるような心を必要としない行為。
名伏しがたい関係を築く中で、仙台は考えてしまう。
お金さえ支払えば、宮城にとって自分じゃなくても良いんじゃないかと。
宮城の気紛れに付き合う中で、己の価値を見出して欲しいと思ってしまう。
しかし、お金を支払う事で、曖昧な関係を維持出来てしまう事で、歪な繋がりは続いてしまう。

この世界にはいくつ物、お金で結びつける関係性がある。
そこにあるのは、愛情や親愛ではなく、何処までもビジネスライクで、自分を生き延びさせる為の、言わば仕事の延長線上のような物である。
だからこそ、相手に対して特別に思い入れる事はなく、金の切れ目が縁の切れ目というように。
簡単に崩れ去ってしまう脆さを抱えている。

スークルカースト二軍の友達の少ない宮城。
スクールカースト上位の友達も多いし、モテる仙台。
到底、交わる事がないとされそうだった生きる世界が違う二人。
そんな二人の関係は町の書店、仙台が財布を忘れた事で、その場に居合わせた宮城が代わりに五千円を立て替えた事で始まった。
おつりもそのままあげる、という宮城の提案に、仙台は思わず反発して。
気紛れに宮城が提案した五千円分の働きを、仙台が報いる事になる。

実家に招き入れて、漫画の音読から始まり、時に一緒にお菓子を食べたりゲームをしたり。
そんな、普通の女子高生らしい時間を過ごしたかと思えば、宮城の気紛れで足にキスさせたりと、何処か倒錯的な命令をするようになる。
週に一度、五千円で命令する権利。
一方的な貸しから始まった関係は、お金という対価を言い訳にして、何気ない日常に侵食していく事となる。

別に、仙台でなければならない理由はない。
宮城の要求は、常軌を逸していると思うけれど、この関係を拒むような嫌悪も不思議と湧いてこない。しかし、二人の関係は「友達」とは言い難い。
この二人の関係に何と名前を付けるのが正解なのか思い悩む。

そうやって思い悩みながらも、二人とも命令したりされたりする事に対して、それほど抵抗感がない。
どこか人間性が欠落している。
お金という免罪符の元で関係を継続させるのは、互いが何処かで、お金という要素を抜きにして、存在を必要としている証。
あくまでも、二人は普通の友達ではないし、ましてや恋人でもない。

この関係に恐らく名前はない。
でも、その人の前ではいつも被っている仮面をつけなくていい。
素の自分でいられる事が二人を深く結びつけている。
そうやって、互いの存在を許していく事で、徐々にエスカレートしていく命令。
五千円で命令を聞く、学校では他言無用というルール、ただし、恋愛感情は一切ない。
それは、どこまで自分を容認してくれるか、相手のキャパシティを試すような物である。

そんな刺激を知ってしまえば、変わらない日常、退屈な時間を送っている普段の自分の生活に不満を持つようになる。
二人とも、家庭環境に不和を抱えていた。
宮城は父子家庭で父は仕事で家に寄り付かなくて1人が多く、仙台も姉と比較されてばかりで居場所がない。
寂しがり屋だけど、どうしよもなく捻くれていて、周囲に素直に助けを求める事が出来ない。
そんな二人だからこそ、一人よりはマシだと互いに心を許せるフィールドを展開させていく。
それは、背徳的で官能的な二人だけの空間。
立場や顔色を伺わずにいられる秘密の時間。
お金という免罪符の元、心の隙間を埋めるインモラルな関係。

主従関係は簡単に立ち変わる。
命令した筈が肝心な所でヘタれたり、相手の事が気に入って、要求を受け入れたり。
自らの立ち位置に安住はない。
常に不安定に揺れながら、歪な形で共依存を形成していく。
そして、いつしか互いの存在を束縛して、独占したいと願うようになる。
ゆっくりと牛歩のように、気付かないうちに互いの存在がなくてはならない物へと変わってしまった。

二人の関係は恐らく何処へも向かわない。
宮城は、五千円を言い訳にして、仙台に命令をする事で、スクールカーストの上位に命令するという倒錯感情を味わい続けるだろうし。
仙台は、週に一度だけ、家や友達にはない安らげる居場所を手にし続ける。
五千円払ってカースト上位の者にカースト下位の者が命令を行う。
あべこべな関係性がこれまでになかった妖しさに繋がっていく。
それは、心のオアシスであり、キスをしてしまったとしても、劇的に何かが変わる事にはなり得ない。

徐々に、絞め殺しの食虫植物のように、相手の心に自分の存在を刻みつける。
相手の欲している事は何よりも理解出来る。
何故ならそれは、自分が一番欲しがっている物だから。
傷付け合いながら、互いをどうしよもなく縛ってしまう不器用さ。
そんなにも、相手を求めながら、最後の一線だけは踏み越えない純朴さ。
建前は関係に答えを出さなくて、想いが答えに方向を指し示す。
気紛れで危うい命令ばかりを出すのは、相手を困らして、自分の事ばかりを考えて欲しいから。
面倒くさいと自分で自覚しながらも、相手の事を求めずにはいられない。

彼女達の生活には、常に他人に合わせなければならないストレスがあり続けた。
周りから浮かないように、被り続けたもう一つの仮面。
二人でいる時だけは、その仮面を捨て去って、等身大の自分でいられる。
その特別な関係は、どれだけ心を揺らされても、手離したくない魅力があった。

お金を通じて繋がった縁を繋いで、徐々に大きくなっていく互いの存在。
相手を理解する為に踏み込んだ心の距離が、互いの心の欠落を埋めるに足り得るのか?

素直になれない未熟な自分を、正当化出来る理由をいつか手放す事が出来るのだろうか?









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