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財前ぜんざい@オリジナル小説
2018年8月19日 23:20
道場の中央に集まった雅臣と清水、亜理と晃は、互いに向かい合い、手合せをする上でのルールを確認しているようだった。 私と圭は道場の隅で体育座りをして、彼らの様子を眺めていた。私がこの手合せを傍観するのは分かる。だが、圭も私と同じように端で見ているだけというのは、あまりにも寂しすぎる。「あの……圭さんは」 思い切って、聞いてみることにした。「その、つまらなくないですか? 見てるだけだな
2018年1月15日 22:01
「亜理、お前なんでここにいるんだ?」 ドアを開けた赤い髪の彼女に、雅臣は尋ねた。彼は明らかに動揺していた。いつもより早いその話し方が、物語っている。赤い髪を二つに結った彼女は、私よりもが小柄だったが、気の強そうな大きい瞳が、身体の小ささを補って堂々として見えた。「何でって、おみおみが今日の会議の資料、本部に置き忘れてたから持ってきてあげたの」 腕を組み、私の隣にいる雅臣を見上げながら
2017年10月23日 23:53
稽古を終えると、私は雅臣の車の助手席に乗り込んだ。彼らのマンションから私のアパートまで、さほど距離はなかったが、練習の後はいつも彼に送ってもらっていた。 今日もそのはずで、私のアパートへ向かうつもりだった。だが彼が車のエンジンをかけてすぐ、私のお腹が凄まじい音を立てて鳴った。まずい、と思った頃には既に遅く、何とも言えない沈黙が流れた。 しかし、意外にも雅臣は嬉しそうに「お前、ちゃんと腹も減る
2017年5月27日 00:14
彼と河川敷へ夕日を見に行ったのは、たった一度きりだった。のちに私は彼から別れを告げられる。 私は彼を忘れるために、彼の好きだった茶色の髪を黒く染めた。彼の好みに合うよう、今まで髪を染めていたのだ。自分の茶色の髪を見ていると、彼の理想に近づきたいと努力していた自分が、容易に思い出された。 だから髪を真っ黒に染めた。塗りつぶすように。 着飾ることもやめた。彼の隣で輝くという目的を失った私は、
2017年4月23日 19:39
「ねぇ、聞こえてる?」 私は「聞こえているよ」と彼に返事をした。いくら風が吹いていても、こんなに近くにいるのだから、彼の声が聞こえないはずがない。「寒くない?」 彼は私の手の甲を優しく撫でた。彼の手はいつも汗ばんでいる。「汗、かいてるよ」と私が言うと、彼は「ごめん」と微笑み、洋服の裾で手を拭って、私の手の上に自らの手を重ねた。 夕暮れが広がる空の下。私たちは河川敷の芝生に座ったまま
2017年2月28日 01:02
誰も動こうとはしなかった。まるで時間が止まったかのように、道場の隅で審判をしていた清水も、その様子を見ていた圭も、目を見開いたまま動かなかった。雅臣は面の中から私をじっと見つめていた。彼の瞳に、もう攻撃の意思はなかった。ただ、何が起きたのか、頭の中で今までの試合の流れを反復しているようだった。 止めていた呼吸を、私は再開する。粗い息遣いが道場の中に響き渡った。もう、決着はついた。審判である清
2017年2月16日 20:48
私はメンを狙う。私の身体はスネを打った時の前傾姿勢を保つのが、今の筋力では難しい。そのため、雅臣にスネを狙われた時、防御も回避もできず、生身を打たせる結果となった。ならば、無駄な体力を使う必要はない。執拗にメンを繰り出せばいい。そして、おそらく、雅臣も私の動きを見て、私がスネを苦手としていることに気がついた。「そうだ紅羽! 生意気な雅臣をぶっ潰せ!」 応援にしては汚い言葉で圭が私に叫ぶ。