The story of a band ~#26 激流 ~
8月半ば。dredkingzのメンバーは埼玉県に向かっていた。ライブではない。
インディーズデビューが決まったことで、本格的なレコーディングをすることになったのだ。もちろんCD作成のためである。
東京ライブが終了して、一息ついていた今河に伊東から連絡があり、埼玉のスタジオでのレコーディング日時が決定した。
ある日の練習日の休憩で今河が誠司たちに話した。
「伊東くんから電話があってさ、8月に埼玉のスタジオでレコーディングが決まったよ。」
「えっ?マジですか?」
「うん。みんなJUDY AND MARYっていうバンド知ってる?」
「もちろん知ってますよ。あのジュディマリですよね?もう解散してますよね。」
「そう。そのジュディマリのベーシストで恩田快人っていう人知ってる?その人の個人スタジオでレコーディングするらしいよ。」
「・・・・うわ、それはびっくりだ!すげえ・・・・。」
「8月半ばくらいになりそうだから。もちろんお盆は外してあるけどね。」
今河の話に驚いたが、自分たちの楽曲が正式にレコーディングされると聞き、メンバーの誰もが、これまで努力してきたことが報われたような気がした。
埼玉に向かうその日は、日差しが照りつけるように暑い日だった。仁志は、午前から午後2時くらいまで、中学校の同窓会に参加している。だから、出発は夕方になる。
同窓会に参加し、旧友と交流を深めてはいたが、酒は飲まなかった。体調を整えることを念頭にしていたからだ。
14時になると、同窓会の幹事が会場の前に立った。
「え~、それでは名残惜しいところではありますが、中締めということで乾杯の音頭をとらせていただきます。尚、この後は2次会もありますので、皆さん、是非参加して下さい。」
仁志は、友達に事情を話し、2次会には参加せずに自宅に戻った。埼玉に行く準備は整っている。
誠司が車に楽器や荷物を詰め込んでいる。今河と野口を乗せていけるように、荷物の配置に気をつけていた。
「よし!行くか!」
誠司が車を運転するので、仁志は助手席に乗った。夏の夕日がまぶしい。
その後、今河の家に立ち寄り、今河を後部座席に乗せた。最後は、野口を拾って、いよいよ埼玉に向かうことになった。
ジョンはレコーディング日には、ギリギリ帰国日ではなかったので、1曲だけレコーディングに参加できるということになり、現地で落ち合うことにしている。
高速道路を使用して約7時間の長旅。途中休憩を入れながら、なんとか埼玉県に着いた。しかし、約束の伊東との待ち合わせ時間は昼。まだ、ずいぶんと時間がある。
ファミレスで早めの朝食をとり、少し車内で仮眠。10時ころには、比較的大きなゲームセンターで各自時間をつぶす。
「あちゃ~、おしいな~。」
「何やってるんですか?」
仁志が声をかけた。
今河は、UFOキャッチャーに夢中である。意外にかわいいぬいぐるみに興味があるようだ。
「よし!やっと取れたよ!ちくしょう~、これ取るのに、もうたくさんお金使っちゃったよ~。」
「いくら使ったんです?(笑)」
「4000円。」
「っぷ!ふつうに買った方が安くないすか!(笑)」
バンドは、こうした一緒に居る時間も大切になる。音楽だけではなく、時には遊びに行ったり、くだらないことを話したり、酒を飲んだり。そうして、互いの距離感をいいものにしていくことで、更に音楽に還元されていく。
そうこうしているうちに、約束の時間が迫ってきた。
誠司が今河を促すように言った。
「それじゃあ、そろそろ待ち合わせの場所に行きませんか。今河さん、案内お願いしますね。」
車内では、眠気も吹っ飛んだせいか、野口が妙にハイテンションになっている。無口が売りの野口がここまで饒舌になっているのは珍しい。
あまりしゃべるので、今河が我慢できずに「野口さ、ちょっとうるさいよ。」と釘を刺した。
野口は話を止め、神妙にしていた。
その姿が面白くて、仁志は笑うのを我慢しながら、窓の外から流れてくる景色を眺めていた。
誠司は、慣れない道を運転しながら、楽しい気分に浸っていた。
「誠ちゃん、ここの駅の駐車スペースに停めて。ここで待ってれば伊東くんが来るはずだから。」
今河の言ったとおり、伊東が自分の車にレコーディングスタッフを同乗させて現れた。
車から降りるなり、メンバーに挨拶をする。
「おう、よく来たね~!スタジオはここから少し行ったところにあるから、俺の車の後に付いてきて。」
「了解です!」
外は熱気のある風が吹き、砂埃が舞っていた。伊東はその砂埃から逃げるように車に再び乗り、サングラスをかけた。
大きな道路を抜け、高級住宅街に車は入っていった。少し、坂道をのぼり、右手に真っ白な家が見えた。
「着いた見たいっすね・・・。」
伊東の車が、その家の前で停まったのを確認して理解した。
伊東がその家の地下の階段を降りていく。誠司たちも、慌てて後をついていくと、そこはまさに個人スタジオ。
「へえ~、ここが恩田さんの個人スタジオかあ~。」
大きなソファとテーブルが部屋に設置され、大型ミキサー、パソコン、演奏ブース、リラックスルームなど初めて見るものばかりだった。
「恩田くんから、好きに使って良いと了解をもらってるからくつろいでくれて大丈夫だよ。」
「では、遠慮なく・・。」
「うわ、やべえよ、このソファ!ふっかふかじゃん!」
「本当だ。向こうの部屋には何があるんだろ。」
リラックスルームには、恩田の趣味のコレクション。それと、ジュディマリ解散の際、ファンが寄せ書きしたと思われるノートが何冊も大切に保管されていた。
「なんかファンの人たちに申し訳ないような気分になる。この光景は、俺の記憶の中だけにとどめておこう。」
バンドとファンとは、いつも特別な絆で結ばれている。ジュディマリがそうであるように、ECHOESにおいても、メンバーとのつながりを大切にしているファンがいる。バンドにとって、それはとても幸せなことだろう。
レコーディングが今か今かと待つこと、すでに4時間は経過している。どうやらセッティング中にトラブルが生じ、大幅な時間がかかっているようだ。
いつまでもレコ-ディングが出来るわけじゃない。時間は有限。トラブルの時間がもったいなく感じる。明日中には秋田に帰らないと仕事に間に合わなくなる現実的な問題もある。
そうした焦りも加わり、誠司たちはソファに座りながら、どっと疲れが出始めていた。結局、18時頃からやっとレコーディングがスタートした。
ブースでは、今河がヘッドフォンをし、ドラムレコーディングが行われている。
その音は、反対側の部屋でも聴こえるようになっている。
「もう一回、この部分からお願いします。」
今河は、納得がいくまで何度も繰り返した。
(時間が限られているから、急いだとしても明日の夜ギリギリまでかかるかもしれない。)
思った以上にレコーディング作業は大変だと仁志は思った。しかし、初めて体験する本格的なレコーディングを今味わっているのだと思うと、身も心も引き締まる思いだった。
時間がかかりそうなので、誠司は伊東と夕飯をコンビニに調達しに行った。
今河のドラム録音が5曲分、21時過ぎに終了した。
その後、野口のベース録音が始まった。アタック音が弱いせいか、何回かダメ出しをされている。それでも、なんとか5曲分を録音し終わった。
次は、仁志のサイドギターの録音。ジョンがいなくなってから、ギターを弾きながら歌う楽曲が増えたのである。曲のコードをなぞる簡単なサイドギターなので、音色やリズムさえ意識すれば、とくに難しいことはなかった。
しかし、伊東が要求した音色や弾き方で試してみると、慣れていない指使いに四苦八苦する箇所もあった。
「ここもう一回がんばって。」
そう伊東に声をかけられる。
時刻は23時である。
仁志は、レコーディングの状況を折を見てジョンに電話で伝えていた。
「どうやら、今日中にボーカルレコーディングはなさそう。明日来て大丈夫だよ。」
誠司のリードギター録音が始まった。伊東はギタリストなので、誠司の横にびったりとついて、ギターフレーズや奏法についてのアイディアを事細かに指導していた。当然、仁志の時よりも要求が多くなる。
いつもならスムーズにできるフレーズも、かっちりと録音するとなると、何度も弾き直しになる。
「う~ん、もう一回弾いてみようか。」
「そこの部分だけもう一回。」
伊東は誠司との共同作業をし、トライアンドエラーを繰り返している。
「音色を変えてみようか。」
時に、エフェクターの音を調節し、伊東のアイディアも取り入れながら行われたギター録音は、深夜にまで及んだ。
誠司はソファでぐったりと眠っているメンバーを目にすると、正直腹が立ったが、とにかくやり遂げるしかないので、気持ちを整え、何度もギターを弾き直した。
レコーディングでは、自分はこれぐらいしか出来ないのかと思い知らされる場面もある。楽曲を世に出すという作業は、生半可な気持ちではできない。演奏はバンドの個性を引き出すために、高いクオリティを求められるのだ。
できないではすまされない。やるしかないのだ。
レコーディングが開始され、9時間が経過していた。深夜3時過ぎに誠司のギター録音が終了し、あとはボーカルレコーディングを待つだけになった.
しかし、疲労がさすがに蓄積されているので、一旦レコーディング作業を休止し、仮眠タイムとなった。
長旅とレコーディング。ハードな時間が続いた後のひとときの安らぎ。誠司達は泥のように眠った。
よろしければサポートお願いします!自分の励みになります!