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文章力と球速の話

投手の投げる球の平均速度は年々上がってきている。
主な原因として、

・科学的トレーニング
・映像媒体の発達によりフォームの確認が容易になった
・「球速をアップさせる方法」が広く知れ渡るようになった

などがあげられる。

・科学的トレーニング
一昔前の「とにかく走り込み」みたいなやり方で、闇雲に筋肉・体力をつけても、必ずしも球速のアップには繋がらない。球速を上げるのに必要な部位の筋肉を重点的に鍛えることにより、効率的な効果を与えられる。

・映像による投球フォーム確認
ただビデオ映像を撮るだけでなく、超スロー再生、360℃回転撮影などで、より細かく自分の投球動作を確認出来るようになり、悪い点を改善し、良い点を伸ばしやすくなった。一流投手の解析も行いやすくなった。

・球速アップ方法の共有化
上記トレーニング方法や映像分析などのやり方は、書籍・ブログ・YouTubeなどで各種配信されており、スポーツ選手が専門の施設で超一流のコーチをつけて、という方法だけでなく、素人でも鍛えやすい環境になった。


一昔前なら「時速150kmの球」を投げられる高校球児だけで大騒ぎされたのが、今では当然のごとくそこに制球力も、常時投げられる体力も求められる。


球速の話と文章力に何の関係があるのか。


noteを始めて、いろいろな方の記事を読むうちに、気付いたことがある。
「読める」のだ。すらすら読み通せる。プロの手によるものでもなく、何々賞受賞した作品でもなく、ものすごく特別な内容でなくても、読むことが苦痛ではない。
大昔、1999~2000年前半の頃にネットで発表される文章といえば、自意識過剰な書き手による、誤字脱字だらけな上に何を伝えたいか分からないような、文章が上手い下手以前に、二行目、三行目と読み進めること自体が困難な代物だらけだった。

文章力の底上げが成されている。

どうしてそうなったか。

・日頃から文章を書くトレーニングをしている
各種SNS、LINEなどで文章を書くうちに、「この言い回しは正解だろうか」「この書き方で言いたいことがうまく伝わるだろうか」など、考えることがあるだろう。
自然に文章を書く機会が増えたことで、意識しない間にトレーニングが出来ている。


・発表による自己確認
どこにも出さない文章を一人でコツコツ書いていると、良し悪しの判断基準は自分でするしかない。
「他人には通じない文章」「もう今では誰も読んでくれない時代遅れの文体」「自分にとっては特別な出来事でも、他人にとっては読む価値のないもの」を書き続けてしまう可能性もある。
ネットでは文章発表の場が無数にある。他人の評価に晒されることで、自分の書いた文章の価値が定められる。


・文章力向上法の共有化
Kindle Unlimitedに入っている方なら実感出来ると思うが、文章力を向上させる系の本は大量にある。かつての文豪がうやうやしく「文体とは」などと書いたものではない。より多くの人に読んでもらうための基礎から、文章を書くことを継続するコツまで懇切丁寧に書いてある。気軽に読める上にタメになる。


球速アップと文章力向上の共通点
・トレーニング方法の変化(進化)
・自己確認の方法が素人でもやりやすくなった(映像分析、創作発表)
・方法の共有化

恣意的に取り出したものではあるが、共通点は多く見える。
球速と文章力だけでなく、他の多くのことにも当てはめることが出来そうだ。


各種能力が底上げされた世界ではどんなことが起こっているか。
今より少し先の未来を舞台にして考えてみる。

昔一度だけスピードガンで時速150kmを計測した球を投げたことがある、元球児がいる。
だがそれは現在では通用しない。常時その球速を出せるだけでなく、制球力、試合終盤まで投げられる体力が要求される。もちろん速球一辺倒では通用しないから、他の球種も求められる。過去の栄光は現在では通用しない。

昔発表した文章がネットでバズったり、小さな小説の賞を取った経験のある人がいる。
彼は今でもその気になれば、過去に掴んだ栄光と同じくらいのクオリティの文章をいつでも書けて、世界中から絶賛される気でいる。
だが前述の通り、文章を書く人たちの文章力は大幅に底上げされており、彼の全盛期の文章力は、今では一般の人々の文章力と大差ない程度になっている。彼は他人の文章に無関心でそのことを知らない。

ある日彼は思い立って久しぶりに渾身の力作を書き上げる。
それは確かに悪くはない。球速でいえば時速150kmは出ている。
一編の短編を仕上げた彼は満足し、また長い長い休眠期間に入る。
たった一試合投げただけでシーズンを終えた投手のように。
一方その頃、他の文章書きの方々は、時速170kmの球を、毎日百球以上投げ続けていた。身体を壊すこともなく。日々少しずつ他の球種も身に付けて。他者の目に晒されて。実績を突きつけられて。


とりあえず、肩は壊さないように。


入院費用にあてさせていただきます。