木の下の学校
てっちゃんは お腹が痛かった。
毎日、毎日、学校に行く前は
お腹が痛い。
「行ったら治るよ!もっと強くならなきゃ!」
そう言っていつも、お母さんは
てっちゃんの背中を押した。
てっちゃんは、
いつものようにしぶしぶ歩き出した。
暑い夏の太陽はギラギラしてて、まぶしくて、
なんだかよけいに苦しくなった。
「イテテテテ… 」
お腹をかかえてヨタヨタしてると、
急に下からブワ〜!と強い風が吹いて、
てっちゃんの小さな顔が上の方に向いた。
ザワザワザワ〜
大きな木が一本、立っている。
枝が風にゆらゆらゆれて、葉っぱが音を鳴らしていた。木の下には大きな木陰があった。
倒れこむように、てっちゃんは木陰に座りこんだ。もうお腹が痛くて動きたくなかった。
座りながらてっちゃんは、お腹が痛いことばかり考えていた。でもだんだんと、他の色んなことが気になり始めた。
「あれれ?なんか涼しいなぁ。」
「セミって鳴かないでジッとしてる事もあるんだなぁ…。」
大きな木は何にも言わない。
学校に行きなさい、とも、強くなりなさい、とも
どうしたの?と聞くこともないし、ただ、そこにいた。
木に背中をくっつけて、嫌いな太陽から逃げて
木陰にかくれてみると、ビックリするくらい
気持ちがよくて、そして見たことない発見がいっぱいあったから、てっちゃんはすっかり楽しくなった。
すると突然、声が聞こえてきた。
「気持ちいい〜だろう!」
声とともに、ぬっと顔がのぞき込んだ。
ボサボサ白髪の臭いおじいちゃん。
ここを通る時、たまに見かけるホームレスの
おじいちゃんだった。
てっちゃんは、おじいちゃんが怖い人じゃないことを知っていた。なぜなら、おじいちゃんは、いつもここにいるネコにエサをあげて、道端に花を植えて育てていたのを知っていたから。ただ、おじいちゃんは変わってた。
「わしも子どもの頃、よく登って遊んだもんだ」
おじいちゃんは、昔の話や遊びをたくさん教えてくれた。でも、最近のことはどんどん忘れるようになって、ある日自分のお家が分からなくなって、今は「ここ」がお家になったと話した。
それから、てっちゃんは毎日、
学校ではなく、この木の下に通った。
というか、この木の下がてっちゃんの学校になった。
木の葉っぱをよーく見ると、細かい血管みたいな線がたくさんあって、面白い模様をしていたことを知った。
お腹が空いたら、おじいちゃんが食べられる木の実を教えてくれた。
何度も気に登ったら、落っこちないで簡単に登れるようになった。
そして気づいたら…
いじめられっ子のヨシ子ちゃんも、
落ち着きがなくて注意ばっかりされるトシオちゃんも…
木の下の学校に通う仲間が増えていった。
ヨシ子ちゃんは、急にビックリするような事を言っておどろかされることが多いけど、誰よりも優しくてみんなの体や心のことによく気がついた。
トシオちゃんは、ジッとすることが出来なくて、あっちに行ったりこっちに行ったり忙しそうだけど、誰よりも木登りが得意で、木の実採りの名人だった。
てっちゃんは、すぐ泣いちゃう泣き虫だったけど、いろんな事を調べたり考えたりすることが好きで、みんなが気づかないことを知らせたり教えたりもした。
そして、忘れん坊のおじいちゃんは、てっちゃん達のこともよく忘れたりもしたけど、いつも笑ってた。笑って、てっちゃん達が危ないことをすると、たまに怒った。
誰も、誰かのできないことを文句言わない。
みんな、誰かの良いところに頼ってる。
暑い晴れた日も、大雨の日も、風が強い日も…
いつもこの大きな木があったから、大丈夫。
少し濡れても、少し汗をかいても、風にあおられても…なんだか全然平気だった。
てっちゃん達は守られていたし、仲間もいたし、
何よりも楽しかった。
だから何にも怖くなかった。
そして、てっちゃんはお腹が痛かったことは、
もうすっかり忘れていた。
そんなある日、優等生のタケちゃんが怖い顔してやってきた。担任のみとり先生を連れて…
「お前たち、学校にも行かないで、
ここで何してるんだよ!!
学校の勉強や係り活動もしないで、
何やってるんだよ!!!」
タケちゃんは大声で怒鳴った。
大人は誰も知らなかったけど、
タケちゃんは、ヨシ子ちゃんをいじめていた張本人だった。
ヨシ子ちゃんは、悪気なく変な事を急に言ってしまっては、周りから友達が離れていった。寂しかった。ほんとはみんなと仲良くなりたかったから。仲良くなろうとすればするほど空回りして、一人ぼっちになっていた。
タケちゃんは、そんなヨシ子ちゃんのことを、正しく"なおして"あげようとした。だから、ヨシ子ちゃんが変な事を言ったら、みんなの前で大声で注意したり、空気を読んでもらおうとして、みんなで無視するように仕向けたりしていた。
ヨシ子ちゃんは怯えていた。
そして、みどり先生は言った。
「学校に行きましょう。
あなた達の将来のためだよ。
このまま逃げてたら、
社会に出たとき大変な思いをするのは
あなた達なのだよ。」
てっちゃんはポロポロと大きな涙がこぼれた。
なんて言ったらいいか分からないけど、
とにかく悲しさと一緒にお腹がまた痛み始めた。
ヨシ子ちゃんもトシオちゃんも泣いていた。
みどり先生は知らなかった。
てっちゃんが毎日、本当に痛むお腹を抱えて登校してる事。
落ち着きのないトシオちゃんが、本当は勉強が嫌いで授業を受けられないんじゃないという事。
ヨシ子ちゃんが、クラスメイトに怯えている事、本当は友達が欲しいけどどうしていいか分からないって事。
知ってるつもりだったけど、本当の意味では分かっていなかった。
ただ、悲しそうなその顔と、大粒の涙を見て、
何か大切なことを見落としているような、
そんな疑問のようなものがこみ上げていた。
おじいちゃんは一言つぶやいた。
「また来てね」
あれから時は過ぎて、てっちゃん達は中学生になった。
てっちゃんは今でもたまに、お腹は痛くなるけれど、苦しい時に「苦しい」と言って、あの木の下に時々休憩できるようになった。てっちゃんの中では、いつでもあの木の下が居場所のようだった。
ヨシ子ちゃんは、どんな事を言ってもヨシ子ちゃんの優しいところを見てくれる友達ができた。それは、てっちゃんとトシオちゃん。だから一人じゃなくなった。
トシオちゃんは、授業が終わったら、先生に勉強を教えてもらうようになった。それと、陸上の選手にも選ばれた。でも、一番好きなことは相変わらず木登り。
タケちゃんは… 優等生で頑張りすぎて、学校に行けなくなった。部屋にこもっていたタケちゃんへ、てっちゃんは「いつでも木の下の学校においで」と一言書いた紙を、タケちゃんのお母さんに渡してもらうようお願いした。
おじいちゃんは… あれ?いつからか姿が見えなくなった。もしかしたら、また別の場所を「おうち」にしてるかもしれないし、本当のお家に戻ったかもしれない。
ザワザワザワ〜
今日も風が吹いて、あの大きな木の枝が揺れ、
葉っぱたちが合唱しているように音を鳴らしてる。
その木陰に寝そべってるてっちゃん。
木は何にも言わない。
そこにいなさい、とも
そこにいてはダメ、とも。
ただ、木と、土と、草と、虫と、空と、太陽と、雲と、風と、そこにみんながいる。たまに、おじいちゃんの笑顔と言葉の記憶も。
寄り添うように、寄り添わないように、それぞれが生きていた。そこに生きてるだけで、全てがエネルギーになったし、全てが学びになった。
だからてっちゃんは、いつまでも言う。
「木の下の学校行ってきまーす!」
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