「休む事」を「鍵のかかった部屋」で改めて考えてみた話

窓の外には山が見える。でもここは旅館ではない。窓には格子が付いている。2月だと言うのに温かい毛布がある訳でもなく、洋服で調整してセーターを着込んでいる。御丁寧にここは夜の10時が消灯時間。冷え冷えする部屋だ。

「倉田さんの目標はしっかり休息する事です。」

そう主治医から言われてしまい、禅問答のようでただ、困惑するしかなかった。枕元の私の名札には「睡眠チェックシート」と「入院目標」とやらが書き込まれている。毎日、前日はどの位、眠れたか?を色付のマーカーで塗っていく。「休息に務める」としっかり書かれている。

「休むってどういう事だろう?」

生きていて初めて浮かんだ疑問だった。あれこれ思い悩むのは身体に毒ではあるが、ちょっと良い機会だから考えてみようか。

私は「ロストジェネレーション(失われた世代)」に入る。就職氷河期だったし、ハッキリ言ってしまえば「今の社会に対してのルサンチマン(怨恨感情)」が、一番根深い世代だろうと思う。何故か?当たり前だが社会が一貫して、我々の世代に冷たかったからだ。皮肉を込めれば、今ですらも十分に我々に対しては冷たいと思うが。

何とか内定を貰った会社で私は鬱になった。時効だろうからハッキリ言おう。「自己都合での退職」を強要された。当時はまだ「鬱病=性根の問題」が当たり前、誰だってブルーになるのに、鬱病?ふざけた事をぬかすな!そんなのはお前の根性の問題で、性根がしっかりしていれば治るんだ!という精神論がマジョリティー、同情すらされず「受け入れて貰える土壌」は、当時は皆無だった。今でこそ多少はメンタルヘルスに関して、敷居も多少は低くはなったけれど、精神科へ行くとは「キチガイ(この言葉は差別用語だろう。だが敢えて当時の風潮にあったニュアンスをお伝えしたいので書かせて頂く)になった人間が行く所」のようなレッテルが張られていた。我々は風邪を引けば内科へ行くし、骨を折れば外科へ行く。虫歯になれば歯医者へ行くのに、奇妙な事に精神科へ行く事はネガティブな印象でしかない。しかし心が病んでいるとすれば、治して貰えるのは内科医でも外科医でも歯科医でもなく「心の病気を専門とする医者」でしかない。御承知のように確かに医者は基礎的医学を学んではいるが、専門性に関しては各自で違う。当たり前の理屈なり道理が、社会では通用しなかった事に歯痒い思いもした。

話を戻そう。やっとこさ溺れる私は、藁をも掴んで入社したのだが、最初に配属されたのは総務だった。ここで大きな仕事がやって来る。出勤管理だ。会社にお勤めの方も多いだろうから説明は省くが、ポジションが高い人程、有給休暇の数が多い。つまり会社を(良い意味で)休んではくれない。新入社員ではあるが総務の人間としては、有給を消化して貰わねば困るのだ。勿論、上役が仕事をしているのに下が休み難いのもある。他部門の管理職に「有休を消化するよう」お願いして回るのが私の仕事だった。しかし新米社員からの意見具申など、悠長に聞く耳を持つ管理職は居ない。

「有休消化?ふざけた事言うな!俺が居なきゃ仕事が回らないんだぞ!」

私は色々な場所へ足を運び、只管に叱られて小言を喰らうのだ。「新米如きに何が分かるんだ!」と。それが毎日重なれば、私の心のバランスもおかしくなって当たり前だと、今になっては自然に思う。

入院生活をしていると学校のHRのような集いがある。朝の集いは今日の作業療法(リハビリ活動)のメニュー、新入患者さんの紹介など。

「休んで下さい。それが貴方がここに居る目的です。」

貴方がそう言われたとしたら、どのように捉えるだろうか?趣味以上に没頭している方には酷だが仕事は絶対にしない、部屋には携帯電話は持ち込めない、TVもホールにしかない。ここは「鍵の付いた部屋」だから、自由には歩き回れないし、環境上、CCTVが至る所にある。これはこれでなかなか辛いのである。

でも自分がそうなった時に、ふと思った。意外に我々は「休む事」を、本気で考えていないんだと。「時間が惜しい」と仰る方も多いだろう。しかし得てして人生には、休む事は重要なのだ。本を読んでも良いし、キツイなら横になっていれば良い。何かしたいのであれば何かをすれば良い。

人はアクセルを踏む事に情熱を傾けるが、意外に難しいのはブレーキを掛ける事なのだろう。いや、むしろブレーキを掛ける方が勇気が要るし、やらねばならぬ事なのだろうと思う。それが出来る人間こそ、真の大人なのかもしれない。悪口ではないが「仕事と心中する気満々だった当時の管理職」が、時を越えて不憫に思えて仕方なくなった。

共有のホールには本棚があった。本を読むのは好きだが、鬱の状態では頭に活字は入って来ない。漫画の神様である手塚治虫が書いた「MW(ムウ)」という作品があった。私は本の虫ではあったが、漫画はあまり読み慣れてはいない。でも本棚から拝借して読んでみる事にした。「1日に数ページ読めたら大したもんじゃないか!」と。しかし一気に読み進めてしまった。この作品は「猟奇的殺人」と「同性愛」がテーマになっている。近年では映画化されたそうだが、映画は観ていない。「アドルフに告ぐ」以来、また手塚作品に魅了された。これは大きかった。

退院後に本屋へ行って、改めてMWの文庫本を購入した。今は本棚に収まっているが、その本を観る度にあの頃を思い出してしまう。しかしよく考えると精神科の入院病棟で、猟奇殺人を扱った漫画を置いていたら、本来はアウトかもしれないが・・・??笑

この不安定な時代に皆さんも「休む」って事を、正面向いて考えてみませんか?

仕事ばかりが貴方の人生ではありませんよ??その気付きの有無で、貴方の人生が違って来る筈です。

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