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徴候・記憶・外傷 by 中井 久夫 レビュー +『NPO全国犯罪非行協議会NCCD機関誌』掲載原稿

Reviewed in Japan on June 25, 2004 Amazon(一部改訂)

アメリカ精神医学会診断統計マニュアル(DSM)第5版によって、精神医学の「生物学主義」によるグローバル化が一層鮮明になるだろう。そこでは「PTSD」の位置づけが、「生物学主義」による決着をつけるべきかどうか、という論争における決定的な争点になる。そうした潮流において、中井氏の稀有な総合的アプローチは、さまざまな思考と臨床実践の流れをせき止めてばっさりと切り捨てないためにも、対話の橋渡しとしてふさわしい。中井氏のこの著作の背景には、それだけの膨大な歴史の厚みが存在する。その作風は、「漫画」という世界の歴史において、色々な批判はあるものの、手塚治虫という存在が、その偉大な「教養」という基盤から得ていた古風な、しかしいつまでも新鮮な力を思い出させる。だが、そういった教養にもとづく対話は、今や夢かもしれない。中井氏の思考と臨床実践は、歴史の遺産として継承されていくのだろうか。それとも、やがて消え失せていくのだろうか。

ウィトゲンシュタインの特に「確実性の問題」の読者には、本書「あとがき」の「犯罪被害死を遂げた人の家族たちとの会合」についての記述を読んでほしい。自己、他者、世界への「基本的信頼」の不条理な突然の崩壊。あるいは、これは犯罪被害者の場合ではないが、「記憶にもない」いつのときからか、それを根底から欠損していること。ウィトゲンシュタインにも、それがなかった。

参考

私が『NPO全国犯罪非行協議会NCCD機関誌』に寄稿し1997年頃掲載されたもの

私は、犯罪被害者支援の意義は、支援者と被害者との、お互いに面識の無い者同士だからこそ価値ある連帯を創り上げることだと考えます。身近な生活の基盤や他人への信頼が崩壊してしまうこと以上に、私たちにとって差し迫った問題はないでしょう。心と身体に極めて深い傷を受けた人々は、自分自身が無力な者であり、他人から見離され、孤立無縁であるという思いに圧倒されます。だからこそ、その深い傷からの回復の基盤は、自分自身が価値あるものであり、他人にとって大きな力になれるという確信を得ることのうちにあると思います。言い換えれば、たとえそれまで自分が生きてきた生活の場が大きなダメ-ジを受けたとしても、それを超えた、より開かれた場における他者との新しい結びつきを創り上げていくことのうちにあるはずです。支援者と被害者は、お互いに面識の無い者同士だからこそ、一切の利害関係抜きに、この切迫した課題を共に乗り超えるための場を必要としているのだと思います。その一つの場として、このニュ-スレタ-も、被害者と支援者双方の声を積極的に取り上げ、可能な限り問題を共有し、交流し合える場に育てていくべきだと考えます。

 

上記辞典より引用

「DSMは、漸次ディメンショナルモデルへと移行していくとともに、それを活かした生物学的研究からの知見や、研究領域基準[21]のような研究用基準から得られる知見も組み入れていくことになるかもしれない。基盤にある神経回路の異常を見据えつつ、実際に現場で測定・評価が可能な認知機能、脳神経画像や神経生理機能などを中間表現型として活用し、症候・徴候・経過をディメンショナルに評価して診断を下すといった、より多層的な診断に向かっていくことが予想される。」

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