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大河ファンタジー小説『月獅』11  第1幕:第4章「蝕」(2)

第1章「白の森」<全文>は、こちらから、どうぞ。
第2章「天卵」<全文>は、こちらから、どうぞ。
第3章「森の民」<全文>は、こちらから、どうぞ。
前話(『月獅』10)は、こちらから、どうぞ。

第1幕「ルチル」

第4章「蝕」(2)

<あらすじ>
レルム・ハン国にある「白の森」は広大な森で、その周囲を四つの村が守る。森を統べる「白の森の王」は、体躯が透明にすける白銀の大鹿だ。人は白の森に入ることはできない。ある晩、星が流れた。その一つが東のエステ村領主の娘ルチルに宿り「天卵」を産んだ。そのためルチルは王宮から狙われ白の森をめざす。六歳の夏に日射病で倒れたルチルは、白の森で介抱された過去をもつ。地下にある伝説のルビ川から森に入ることが許されたルチルは、白の森の荒廃に驚く。森には謎の病がはびこっていると、「森の民」の末裔と名乗るシンが教えてくれた。九年ぶりに再会した白の森の王の躰は、半分ほどに小さくなっていた。異変のきっかけは「蝕」にあると王はいう。「蝕」とは王の再生の期間をさし、蝕が完了するまで王はしだいに力を減衰し、森は危機に晒される。

<登場人物>
ルチル‥‥‥エステ村領主の娘・天卵を産む。
白の森の王‥白の森を統べる白銀の大鹿
シン‥‥‥‥森の民の末裔
ラピス‥‥‥森の民の末裔・シンの娘
イヴァン‥‥エステ村領主・ルチルの父
アトソン‥‥エステ村の地下に住むトビモグラ・地下道の案内役

「王!」
 バサッ
 鋭い羽音をたてて一羽のオオタカが舞い降りた。
「ご会談中、御免! 緊急事態ゆえご容赦たまわる」
「何事か」
「レイブン隊がルビ川沿いに火矢を放ちました」
「くっそ。もう気づきやがったか。王宮のしもべどもめ」
 シンが舌打ちして、鷹に詰め寄る。
「それで、どうなった」
「レイブン隊のカラスは、我らが追い払いました。火矢もほぼ空中で捕捉いたしました。なれど一本だけ取りそこね、ルビ川の川原に着弾。現在、川は堰き止め中のため即座の消火かなわず、川原が燃えております」
「わかった。われが鎮火しよう。怪我をしたものはおらぬか」
 王が問いただすと、オオタカは顔を背けた。
「くちばしを火傷しておるではないか、診せてみよ」
 王はしとねから立ちあがり、オオタカのくちばしに琥珀の角をかざす。すると、赤くただれていたくちばしの傷がみるみる癒えていく。
 これでよかろう、と言うと、王はそのまま角先を地面につけ四本の脚で下草を踏みしめる。
 それは不思議な光景だった。
 どんな技を使っているのかルチルには見当がつかなかったが、王が四肢を踏ん張って気を集中させるにつれ、体躯に光が集まり、それらが王の四肢と琥珀の角を通じ、エネルギーが白い稲妻のごとく地面を駆ける。
「王は川原の火を消されている」
 ルチルの隣に並んだシンがささやく。
「気が乱れるゆえ、話しかけてはならぬ」
 これが千年、光の森を守ってきた王の力なのだとルチルはふるえた。
 そのときだ。
 王が左の前脚の膝を折ってうずくまった。
「王!」
 シンが駆け寄る。
「結界のひとつが破られたようだ」
 王の透けた胴体の中ほどに朱色の斑点が浮かびあがっていた。
 シンが目をみはる。
「シンよ、どこに血腫が浮かんでおる」
「左の脇腹の背側中央あたりでございます」
「ならば、東の遥拝殿か」
 ルチルの顔面が蒼白になる。
 ――東の遥拝殿が破られたですって。お父様やお母様、エステ村のみんなはどうなったの。
 ルチルは心配と不安で錯乱する。
 喉の奥がごぼっと変な音を立てた。慌てて褥から下り、ふらふらとおぼつかない足取りでさまよう。耐えきれなくなってくさむらに嘔吐した。酸っぱい胃液が後から後からあがってくる。同時に目尻から涙がこぼれ出て止まらない。これまで必死で胸のうちに抑えこんできた不安が逆流した。霞んだ目は臓腑から溢れた吐瀉物だけをとらえていた。
 気づくとルチルの隣にシンが膝をついている。
「ごめんなさい。森を汚してしまって」
「汚した? 君は森に養分を与えたんだ。見てみろよ」
 シンが指さす。吐瀉物は跡形もなく消え、嘔吐したあたりには新芽が生い、緑の蔦がくねくねと伸び、慰めるようにルチルの頬をなでる。
「ルチルよ、心配せずともイヴァン殿はおそらく無事であろう」
「父をご存知ですか」
「はは、イヴァン殿だけではない。四村の領主殿には、祭壇の御簾みす越しではあるが、会うておるわ」
「イヴァン殿は東の遥拝殿を王宮の追手に明け渡すことで、村人を守ったのであろう。それが娘を危うくすることになろうとも、領主としての責務を貫いたのじゃ。常であれば、遥拝殿に踏み込まれても、何人なんぴとたりともそれより先には進めぬ。森が排除するからの。結界が破られたことにさぞかし驚かれたであろう。そなたのことを心配しておるであろうな」
 そうだ。お父様は、卵を守ることだけを考えろとおっしゃった。
 アトソンは「お館様には村人を守るっちゅう使命がありなさるっちゃ」と言っていた。
 お父様は領主としての使命を貫かれている。私も自分の使命を果たそう。
われの躰は森の縮図でもある。森に異変があれば躰に現れ、どこで起きているかもおおよそ察しがつく」
 白の森の王はルチルの眼前に立つと、二本の琥珀の角がそびえるこうべを垂れた。
「ルチルよ、すまぬ。今の朕の力ではそなたも天卵も守ってやることができぬ。それどころか、森にとどまれば病に感染する危険もある」
「王様どうか、どうか頭を上げてください」
 おそれ多さにルチルが懇願する。
「よもやここで時間切れとなるとはな。すべてを語ることかなわずか。だが、朕が話さずとも、天卵の子とともに進めばいずれ知ることになろう」
「大海のいずこにか『隠された島』がある。かの島であれば、追手に気づかれることなく天卵の子を育てることもできよう。隠された島をめざすと良い」
「隠された島……ですか。それは、海のどこにあるのですか。どうやって行けばいいのですか」
「いずくにあるかは、だれも知り得ぬ。常に嵐に守られてあるとも、海をただよう浮島だとも伝えられておる。われも見たことはない。だが、そちが抱いているのが天卵であるならば、卵が導いてくれるであろう」
 王の言葉に応えるように胸の前で抱えた天卵が明滅する。
「ありがとうございます。ひとときでも私たちをかくまってくださり心より感謝申し上げます。これ以上白の森に迷惑をかけるわけにはまいりません。行きます。『隠された島』へ」
「追手は東の遥拝殿からやって来る。今の朕の力では排除できぬ。そなた裸馬はだかうまには乗れるか」
 ルチルは首をふる。
「鞍なしで乗ったことはございません。それに卵を落とすわけにはまいりません。速くはないけれど走ります。広い森のどこに私がいるか、追手は知り得ません。そこにがあります。深い森で人ひとりを探すのは難しいものです」
「まあ、待て。俺が乗せていこう」
 今にも駆けだそうとするルチルの肩をシンの厚い手が押さえる。
「王よ、しばしの間、ラピスをお願いします」
「承知した」
 ルチルは膝をついてラピスを抱きしめ、「ありがとう。またね」と小声でささやく。ラピスは小さな指でルチルの頬に残った滴をぬぐってくれた。ルチルはラピスを離すと立ち上がり、「失礼します」と断りを申してから、王の細い首におそるおそる手を回す。
「ありがとうございました。ご恩は決して忘れません」
「うむ。息災でな」
 王は琥珀の角で光をはらい、ルチルの額に口づけ、加護を与える。
「シンよ、頼んだぞ」
御意ぎょい
 森の奥から漆黒の馬が駆けて来た。
「こいつはタテガミ。白の森のなかではいちばんの俊足だ」
 黒く光る長いたてがみが風になびいていた。濡れたような艶やかな毛並みが、降りそそぐ光を乱反射させてきらめく。なんて美しいのだろう。いつだったかお父様が、黒毛の馬は青馬あおと呼ぶのだよと教えてくれた。ルチルが緊急時であることも忘れて見惚れていると、背後からシンの大きな手に腰骨をつかまれ軽々とタテガミの背に乗せられた。どこを持てばいいのかわからず、漆黒のたてがみをそっとつかむ。シンがひらりとまたがる。
「もっとしっかりと首に手を回せ」
「タテガミ、カーボ岬だ。ルビ川の川原からできるだけ迂回して岬へ。追手をまくぞ」
 シンが脇腹を足でひと蹴りすると、タテガミはひと声高くいなないて弾丸と化した。

(to be continued)
 

『月獅』12に続く→

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