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グレイス・ペイリー『人生のちょっとした煩い』【書評】

グレイス・ペイリー『人生のちょっとしたわずらい』を読む。

グレイス・ペイリーが生涯で3冊しか出していない短編小説集の第1作。「ペイリーさんの書いた小説は、とにかくひとつ残らず自分の手で訳してみたい」と訳者の村上春樹に言わせるのは、どんな作品なのか。

全10作の短篇は、筆者を思わせる移民の娘による一代記や、若い叔母から兵士である恋人を奪おうとする13歳の少女の小賢しい作戦、よかれと思って開発した悪臭発生装置で人生の歯車が狂ってしまう若者の病んだ心など、さまざまな彩りがある。もちろん語り手も多種多様なのだが、ああ、いいなあと思ったのは、その「語り口」だ。

もちろん翻訳作品なのだから、訳者である村上春樹の手に負うことも大きいのだろう。しかし、翻訳するときも、原作・原文がもつ「声」が聴こえてこなければ、言葉に「いのち」を宿すことはできないはず。村上春樹も、ペイリーの語り口の上手さに魅了されたと「訳者あとがき」にある。

『淡いピンクのロースト』では、再婚しているとも知らず元妻と寝てしまった元夫の焦り、『人生への関心』では、幼い子ども4人を残して夫に逃げられた女の嘆き、『変更することのできない直径』では、エアコンの取り付け工事で訪れた家の、高校生の娘と結婚することになってしまったアラフォー男の冷静さなど、目の前でコーヒーを飲みながら「いやあ、実はこんなことがあってさ」と語ってもらっているような、生々しくて、飾り気がなく、そして胸を衝いてくるような語り口なのである。

語り口が聴こえてくるような文章の魅力については、以前も述べた。このような書評は、ペイリーが書く短編小説とまた違うのは当然。しかし、書評も「批評」の一つであるならば、近代批評を確立したといわれる小林秀雄のいうように、書評もひとつの「作品」でなければならない。書評も語り口を大切にしたい。

ああ、海さんの声が聴こえてくるようだと言ってもらえる文章を書きたいものだと独りごち、本をとじた。

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