美しくも悲しい日々を想う 5
中学2年生になってクラス替えがあった。
僕は2年5組になった。
始業式の日に教室に行き、配られたクラス名簿に目を通す。
彼女の名前があった。
彼女とまた同じクラスになった。
といっても、この頃には彼女とすでに、4ヶ月以上も会話がない関係になっていた。
同じクラスになったところで、昔のように彼女と仲のよい関係に戻るわけがないことは容易に想像できた。
しかも、僕と彼女の席は一番前と一番後ろで離れていた。
隣同士だったり、席が近ければ、また昔のように会話できる可能性があったかもしれない。
そんな状況で、彼女と会話する機会は皆無だと思っていた。
ところが、僕はまた彼女と会話できるようになった。
僕と隣の席になった女の子が彼女と友達だった。
休み時間になると、彼女はその子とお喋りをしにやってきていた。
そして、ついでに隣にいる僕に彼女は話しかけてくれるようになったのだった。
今になって思えば、その子が隣の席になってくれて本当に感謝しかない。
おかげで、僕はまた彼女と話せるようになった。
数ヶ月前までの仲が良かった頃のように、また彼女とほぼ毎日会話するようになっていった。
それと同時に、僕が封印していた彼女への想いもあっという間に復活した。
所詮、無理やり自分自身に嘘をついて封じ込めたものだったので、あっという間に彼女への想いが溢れ出した。
そして、人生で一番緊張した出来事が起こった。
とある日の会話の中で、彼女が
「こまちゃん家、遊びに行っていい?」
と言ってきた。
僕は
「別にいいけど。」
と答えた。
平然を装っていたが、内心は完全にパニックだった。
僕は、女の子と遊んだことがなかった。
そんな僕の家に、大好きな彼女が遊びくると言っている。
パニックになって当然である。
ちなみに、彼女が遊びに来ることになった理由には、伏線があった。
遡ること半年以上前、とある休日、僕は1泊2日で家族旅行に行っていた。
家に帰ってくると、留守番をしていたばあちゃんから、僕宛に電話があったことを伝えられた。ばあちゃんは誰からか聞き取れなかったらしく、結局誰から電話が来たのか、その日はわからなかった。
翌日、学校に行くと彼女が怒っていた
「昨日遊びに行こうと思ったのに何でいなかったの?」
僕は動揺しながら
「え?どういうこと?」
と答えた。
話を聞いた結果、前日に電話をくれたのはその彼女だったことが判明した。思いつきで、僕の家に遊びに来ようと思ったらしい。
電話したら僕がいなくて遊べなかったということだった。
「何で事前に言ってくれなかったんだ!」
心の中で絶叫していた。
僕からしたらこの時ほと悔しい思いをしたことはない。
事前に彼女が遊びに来ることがわかっていれば、僕は旅行なんて行かなくてよかった。家族旅行なんかよりも、君と遊べるなら、もちろんそっちを選んでいた。
そんな日に、家族旅行に行ってしまった自分を恨んだ。
この出来事があったことで、彼女は遊びに来れなかったリベンジも兼ねて、僕の家に遊びに来てくれることになったわけだ。
彼女が、僕の家に遊びに来ることが決まってからの1週間。
本当に精神状態がおかしくなっていたと思う。
緊張、興奮、喜び、不安、恐怖といった感情が入り混じっていた。
その間に、部屋の模様替えを2回も実行した。
今考えれば、さほど大差ない模様替えだったと思うが、当時の僕は真剣に悩んでいた。
当日のBGMになるだろうと期待して、CDも準備することにした。
直近の会話で、彼女が福山雅治を好きだと言っていたことを思い出した。
CDショップに向かい、福山のCDを探した。
当時、そのショップにはシングルCDの「桜坂」と、ベスト盤の「Dear」というアルバムがあった。
「桜坂」の方が当然安かったが、アルバムの方が彼女は喜ぶだろうと思い、大奮発して「Dear」を買うことにした。
ちなみに、僕は福山雅治には曲も含めて、全く興味がなかった。
部屋の模様替えもして、彼女が喜んでくれるであろうCDも購入して、ついに当日を迎えた。
13時とかに約束していたと思う。
待ち合わせ場所まで、僕はMDプレイヤーで音楽を聴きながら、自転車で向かった。
到着すると、そこには私服姿の彼女がいた。
制服姿しか見たことがない僕にとって、彼女の私服姿はとても斬新だった。
軽く会話をした後、2人で僕の家まで自転車を走らせた。
だけど、2人で自転車を走らせている時の記憶が僕にはない。
緊張のあまり、完全に記憶が飛んでしまったせいだ。
記憶が飛ぶほど緊張してたなんて、きっと君は気付いてないよね。
僕の人生で一番緊張したのはあの日だったよ。
家に到着して、彼女を部屋に上げた。
学校のテストが近く、一緒に勉強する目的もあったので、最初はテスト勉強をした。
しばらく、テスト勉強をしていたところ、彼女が
「飽きた!」
と言い始めて、部屋の中を物色し始めた。
当時、僕が読んでいた雑誌だったり、漫画を彼女が一通りチェックし終えると、先日僕が買った福山のCDに気付いた。
「え、福山じゃん!」
彼女がそのCDを手に取り、収録曲を確認した後で、衝撃の言葉が飛び出した。
「桜坂入ってないんだ。ふ〜ん。」
僕が、彼女のために無理して買って用意したそのCDは、そんな彼女の興味薄の言葉引き出すだけで、その役割を終えてしまった。
「桜坂買っておけば良かった!」
と強い後悔が襲ってきたが、手遅れである。
ちなみに、彼女から
「おすすめの曲ってどれ?」
と尋ねられた。
前日に買ったばかりで、その時に僕も初めて聴いた状態だった。
当然、上手く答えられずに四苦八苦した。
その後、彼女がテレビゲームをしようと言ってきた。
当時、バストアムーブという、コマンド入力ダンスバトルゲームがプレステに入っていたので、対戦することにした。
ゲームの所有者である僕と、初見の彼女とでは当然、力量が異なるので、僕が彼女に負けることはなかった。
僕が一方的に、彼女をボコリ続けた結果、彼女は飽きてしまった。
そして
「誰か友達呼ぼうよ!」
と彼女が言い始めた。
僕は嫌だった。緊張してほとんど楽しめてこそいなかったが、大好きな人と2人きりで遊んでいるこの状態を死守したかった。
彼女が共通の知人に電話するように言ってきたが、僕はその知人に電話をかけるふりをして
「いないみたいだね」
と彼女に嘘を告げると、彼女は残念そうにしていた。
君はもしかしたら、僕の嘘に気づいていたのかもしれないね。
でも僕は、君と2人きりで遊んでいたかったんだ。
夕方になり
「そろそろ帰るね」
と彼女は言ってきた。
僕は
「じゃあ送ってくよ」
と送り届けることを告げた。
2人で待ち合わせ場所まで自転車を走らせた。
この時、僕は彼女にお願いしようと思っていたことがあった。
その願いは、彼女と一緒にプリクラを撮ることだった。
スマホどころか、ガラケーすら持っていなかった当時は、プリクラぐらいしか2ショットで写真を撮る機会は皆無だった。
帰りの道中、僕は
「よかったら、一緒にプリクラ撮らない?」
と言う言葉を発するタイミングを、心の中でずっと考えていた。
目的地がどんどん近づいてくる。
早く言わないとと思いながらも、口からその言葉を発することはできなかった。
言い出せないまま、目的地に到着した。
この時も、早く言わないといけないと思っていた。
すると彼女は
「バイバイ」
と言ってきたので
僕も
「バイバイ」
と返した
去っていく彼女の後ろ姿を眺めながら、プリクラを撮ろうと言い出せなかった自分を悔いた。
あれから25年経ったけど、あの時言い出せなかった悔しさは今も残ってる。
君がOKしてくれたかどうかはわからない。
でも、もしあの時2人でプリクラを撮れていたら、間違いなく僕の宝物になっていたよ。
そして、この日が中学時代、彼女と仲がよかった最後の日になった。
君はまた、僕に話しかけてくれなくなった。
僕にとって、絶望の日々が再びやってきた。
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