deadcell

映画を愛し言葉と戯れる男

deadcell

映画を愛し言葉と戯れる男

最近の記事

結局のところ

あれからもうすぐ一年が経つ。去年の今頃。妻に残された時間があまりにも少ない事を知り、それでも笑顔でいれるように必死だった僕は、きっと歪んだ顔をしていたに違いない。たぶんそんな僕の事を彼女はお見通しで。だからこそ今でも後悔が残る。もっと何かできたはずだ。あの時、こうしていれば。 人生において。例えば仕事や人間関係においてそんな事を思った事はほぼない。僕は優しくもなければ世界にも人にも基本的に何も期待していない人間だったから。けれど。妻に会い彼女と共に歩んだ事で、少なくとも彼女

    • 喉仏

      1 目が覚めた。隣には妻。僕は寝顔を見て安堵しその頬をそっとなでた。 「おはようさん」 「おはようちゃん」 いつも通りの挨拶。他愛もない会話。朝食。いつも通りのやり取りのあと、僕は仕事に出かける。 外に出て駅までの道すがら。同じ街並み。けれど音はなく。気配もない。そう。ここには僕以外、誰もいない。正確には僕と妻以外、だ。 僕は気付いている。ここが現実ではないという事を。ここが僕が望む現実である事も。 そして誰もいない街を抜け、無人で動く電車に乗り、会社に着いてたった

      • 90年代音楽遡行

        入院中の暇潰しにラジオ→Spotifyを利用したことで、90年代の音楽に触れる機会が増えた。音楽というのは記憶と連動しているので、当時の自分を思い出したりして懐かしさや気恥ずかしさなどが大波小波と押し寄せる。ど真ん中たる94~98年が大学生だったので、ある意味、人生を一番謳歌していた時。日本や世界の情勢など時代を彩るイベントでしかなく、未来など当たり前にくると信じていた。 そんな時代に聴いていたアーティストたち。 小沢健二、川本真琴、oasis、the brilliant

        • ノーメンネスキオー

          染まる朱色 乱れ散る桜色 男は何かに縋るように空を掴む。 虚ろになり生気が失われる顔。 しかしその顔には穏やかな色が射していた。 伝えられなかったな。 それは男が発した最期の言葉となった。 ※1day 起床。洗顔。歯磨き。湯を沸かす。 インスタントコーヒーを入れる。 パンをトーストする。 5分で朝食をとる。 ルーチン化された朝を流し、どこにでもいるサラリーマンといったスーツ姿に着替えた男は、いつもの通りアパートを出た。 男は名をN.N.といった。 勿論それは本名

        結局のところ