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箱庭の独白

ちょっとそこの君。そうそう君だよ。僕の話を聞いてはくれまいか。なぁに、時間は取らせんよ。最近はだらだらと長い話が幅をきかせているが、ちょいとだけ拝借ってなもんだ。だからさ、君。少しだけ付き合ってくれよ。

話というのは他でもない。この部屋にいる悪魔の事だ。いや神とも言うし妖とも言うし何もない空間と言ってもいいかもしれない。まぁ、それはさておき。そいつの言うことが問題なのだ。

その悪魔。もとい神。もとい妖。いわんや空間…ああ面倒くさい。便宜上、蛹と呼ぼう。そいつは「どっぺるげんがぁを探せ。そして見つけ次第殺せ。さもないと大変なことがおきるぞ」と言うのだ。それも出てくるたびに口酸っぱく繰り返すのだから始末におえない。全くいい迷惑だが、これが存外無視できないのだ。抗いがたい何かがあって、日に日に僕を苛んでゆく。ほとほと困り果てているところに、君だ。まさに渡りに船とはこのこと。

つまりだ。どっぺるげんがぁを探し殺すのを手伝って欲しいのだ。どっぺるげんがぁ。自分と同じ姿をしていて出会うと死ぬという、あれだよ。知っているなら話は早い。なに?自分で探せばいいだろうとな。うむ。至極真っ当。真っ平御免。まぁ、そう言いなさんな。こちらにもやむにやまれぬ事情というものがあるのだから。

僕はこの四畳半から出られぬのだ。理由はわからないがね。そんなわけだから、袖すり合うも他生の縁。憐れと思うならばどうか手を貸して欲しい。君と僕の仲じゃないか。

そもそもなぜ君と僕は話が出来るのかって?君はあれだ。物事に理由がないと納得できない体質ってやつだな。あるいは昨今流行りの辻褄至上主義か。まぁ、いいだろう。つまりはこうだ。物語と読者の間には距離も時空も関係ないのさ。読んだ者が物語と繋がるのは道理。そして、君は読んでしまったからね。まぁ、そういうことだ。

本題に戻そう。

僕には困難極まりないが、君であれば造作もないことなのだ。後生だから手を貸してはくれまいか。

おお、やってくれるのかね。それは本当にありがたい。なに、探すも殺すも君ならば実に簡単だ。

洗面所でもいい寝室でもいい。鏡のある場所へ行ってみてくれ。ほうほう。直ぐそばに鏡台があるとな。ならばそいつを覗きこんでみてくれ。映っているだろう。そうだ。そいつだ。逃がしてはならないよ。そこにあるハサミで首を突いてやれ。もっと。もっと。いいぞ。ははは。君は中々おもいきりがいいな。感心感心。それ。あとひと息だ。

へへへ。

赤いあかい。
真っ赤。真っ赤。

ひひひ。

やっとここから出れるぞ。
やっと僕は君になれるのだ。

ああ。愉快愉快。

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