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ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編

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地図を片手に、主人公と一緒に北海道を旅してみませんか?  旅行記のようで、推理小説のようで、ひと夏の恋物語のような、不思議な話。
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ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 プロローグ【上陸編】

ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 プロローグ【上陸編】

 すべてを綺麗にした。
 自由を手に入れる為に、多少の不自由を背負込んだ俺は、やっと、長い、長い、長い旅に出た。

 ひ弱なライトが作り出す、ニヤけるほどに“おぼこい”光源と、それによって生み出されてゆく暗闇、標示板の灯りだけを頼りに、ぼんやりとしたオレンジ色が染める辺りを目指す。
 
 今夜乗る船と対面してみれば、逸る気持ちがどれだけそそり立つのだろうかと思っていたが、なぜだか冷めていた。
 喰

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ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 1

ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 1

 目覚めは珍しく、爽快に近かった。
 これほど心地好い目覚めは、術後初めてのことではないだろうか?
 昨夜濡れていた物はすべて乾き、タンカースにジーンズ、レースアップのワークブーツの紐をグイッと締めて、北の大地の旅をスタートする。
 ホテルを出ると快晴の空が俺を迎えてくれた。だけど、目の前の国道36号は昨夜とは打って変わって通行量が多かった。こっちに来てまで、ゴミゴミした車列の中を走る気には、毛頭

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ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 2

ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 2

 カーテンを開けっぱなしで寝入り、明るさで目覚めるのは、全てを綺麗にしてから始めたことだった。
 時計を見るとまだ5時にもなっていなかった。北の大地の夜明けは早いのだった。
 もう眠れそうになかったので、シャワーを浴びて、昨夜考えたルートをチェックした。昨日感動した景色を写真に収めていなかったことを思い出し、二十二間道路の桜並木のあと山間部を通ってあの景色をもう一度見に行こうと決めた。
 今日もい

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ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 3

ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 3

 海から昇る朝日に起こされたのは、漁業利権関係の拗れで和歌山の太子町に乗り込んだ時以来だった。いつまで朝の光で目覚めることが出来るのかはわからない。有難く、今日の訪れを受け入れる。
 昨夜の晩飯は期待を裏切る豪勢さで、海鮮以外にも熊肉の鍋もあって美味かった。それに釣られて、仲居さんに「大丈夫ですか?」と尋ねられるほど地酒を堪能した。
 ぐっすりと眠れたお陰か、今朝は随分と調子が良いようだ。
 PC

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ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 4

ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 4

 目が覚めるとテレビが点いていた。
 灰色の窓の向こうでは雨が降っている。
 テレビの画面の右上にある時刻は、六時四十七分。この頃、あの時の夢を見ないなぁと思った。
 ベッドのサイドボードには、缶ビールが置いてあった。寝転んだまま持ち上げると、三分の一ほど残っている。思った以上に疲労が蓄積していたようだ、気絶するように眠ったらしい。
 昨日、宿に着いた時には、明日は一日中寝っぱなしになるだろうと考

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ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 5

ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 5

 彼女は酎レモンを一口飲んでから話し始めた。
 「わたしが生まれたのは、神奈川県横浜市青葉区ってところで、小四までそこで育ちました。小さいけどお庭があって、わたし専用のブランコがあって。近くにこどもの国っていう遊園地もあって、子供ながらに幸せだなぁなんて、生意気に思ったりしてました。知ってますか?こどもの国」
 酔いが回って口調も明るくなってきた。これが彼女の本質だろうか?横浜生まれの横浜育ち、話

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ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 6

ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 6

 「ちょっと待って下さい。急いで服を着ますから」
 今の俺に、拒絶しなければならない訳も、拒絶するすべもなかった。だが、嘘を吐いて時間稼ぎをしたのは、この部屋の匂いだけは入れ替えたかったからだった。だって、彼女との残り香は、二人だけのものだから。
 ペットボトルを屑籠へ入れ、真っすぐ下へと落ちる雨筋が見える部屋の窓を、開くだけ目一杯に開けた。僅かに開いた隙間から、湿った朝の帯広の空気がそよりと流れ

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ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 7

ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 7

 雨がしとしと降っていた。
 俺はホテルのロゴ入りの傘を開け、昨夜は見ることが出来なかった帯広の夜の顔を知るために、乾く暇もないアスファルトに一歩を踏み出した。
 北海道に梅雨はないと聞いていたのだが、さっき見た天気予報では、明日、明後日が曇り時々雨に変わっていて、来週の半ばにも三、四日、雨のマークが並んでいた。天気が良くないと、相棒に乗る気にもならない。
 本当なら、もっと楽しいだけの旅になって

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ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 8

ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 8

 坊主頭が、花押会の高峰と共に、エレベーターから降りてきたのだ。
 (どうして、あいつが?)
 もうずいぶんと会っていないが、はっきりと高峰だとわかったのは、左頬についている刀傷が昔のままだったからだ。
 その傷は、若い頃の出入りの時についた傷だと、高峰自身は自慢気に言っている。しかし本当のところは、抗争が怖くてシャブを打ち過ぎた兄貴分が、トチ狂って暴れた時についた傷だった。
 今、松村は尾塩組系

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ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 9

ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 9

 無事にスマホは手に入った。
 話とは違って、トバシではなく高岡ちゃんのサブスマホらしい。もちろんSIMカードだけがそうで、本体はトバシのスマホを高岡ちゃんが改造したものだ。通話通信共に無制限。差し込まれているSIMカードを抜くと、データがクラッシュして復元不可能になるそうで、必要なくなったらSIMカードだけ、同封のケースに入れて郵送して欲しいと、包み紙に手書きで書かれてあった。ケースを入れる封筒

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ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 10

ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 10

 「おい、おい。獅子王、目を覚ませ。獅子王」

 誰かの声が遠くから聞こえてくる。あまり聞き馴染みのない声だ。しつこい。五月蠅いんじゃ。もうこれ以上俺に関わるな。もうこれ以上俺を傷付けるな。もうこれ以上、俺に生きることを求めるな。もう静かに眠らせてくれ。
 結局、俺は、運を持っていなかったんだ。だから俺は、一番可愛がっていた弟分に、どさくさに紛れて撃たれたのだ。人間なんて信用するもんじゃないと、俺

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ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 11

ロング・ロング・ロング・ロード Ⅰ 十勝の空 編 11

 予報通り、午前五時半の帯広の空には小雨が舞っていた。
 さっきコンビニに朝飯を買いに行く時に見えた西や北にある遠くの空は、早く流れる雲の向こうで晴れていた。
 あと小一時間もすると、この十勝の空は晴れ渡るのだろう。
 今日は、上士幌町にある糠平湖の奥にあるタウシュベツ川橋梁に行く。
 糠平湖は、発電用ダム建設に伴い造られた音更川の人造湖で、多くのツーリング本や、ガイドブック、ネットに載っているい

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