犠牲的精神は自分が原因?
ある方の言葉が心にズシーン!ときました。
死を前にした時、
「家族のせいで私の人生は不幸になってしまった!」
という思いになってしまうのが怖い。
上記の言葉は私に向けてのものではありません。
しかし、私は家族に対して犠牲的は気持ちがゼロではないのでは?
と、ハッとさせられました。
要介護の夫の両親、発達障害の息子、自己主張が強い(と私が思い込んでいる?)夫、
その家族に尽くすことが、私に与えられた勤めだと硬く信じて疑いませんでした。生きがいのように思っている部分もあります。
しかし、もし今私の命が終わるとすれば……
本当に満足して死ねるのか?
やりたかった事もしようとせずに
消化不良で逝くことにならないか?
私は家族の世話を大きな盾にして、何かから逃げていないだろうか?
自分が原因だというのに、死を前にしたら家族のせいにしてしまわないか?
「自分に生きる」はわがままに生きるのではなく、もっと別の視点からの考え方ではないのか?
…とは言うものの
子育てや介護、夫婦の問題等で悩んでいる最中に、
冷静に自分を見つめるのは難しい話だと思います。
……などと、今日はゴチャゴチャ考えました。
メッセージ、コメントをお寄せください。
お返事させていただきます。
たおたおってこんなおばさんです。
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