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ビジネスを発明する上で大切なこと <事例編> 〜 なぜソフトバンクはロボット事業を発明できたのか 〜

少し前に、こんな記事を書きました。

テーマは「ビジネスを発明する上で大切なこと」。その実行や推進において、欠かせない要素や大切だと思うことを簡単にまとめたものです。

さて今回は、そうした整理のもとになった僕自身の経験を事例として挙げながら、具体的に振り返ってみたいと思います。

題して、「なぜソフトバンクはロボット事業を発明できたのか」。コンシューマー用ロボット事業の立ち上げという、社内外に類を見ない困難なプロジェクトを実行・推進していく過程での要所を、事業の企画構想段階から立ち上げまで、その最前線を見続けてきた僕自身の視点から迫っていければと思います。

さっそく具体的な話に入っていきたいところですが、その前に。これからお伝えする内容は、先日の記事で挙げたようなポイントを解説するに適した出来事や事柄をいくつかピックアップしたものです。当然ながら、それ以外にも様々な要因が「ロボット事業の発明」の背景には存在しています。しかし、機密事項のため明かせないような話も多く、イノベーションの類に関する一般論に即したもの、すでに記事で取り上げられているものなど、僕が「これは共有しても大丈夫だろう」と判断した内容に絞ったものであることをご了承ください。

常に全力疾走! 孫社長との地獄の月次MTG

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(写真)「ガイアの夜明け」で放映された、実際の社長会議のワンシーン

プレゼン資料の投影にもたつく社員に対し、「俺の一秒はいくらだと思ってるんだ?」と言ったとか言ってないとか。日本一多忙な経営者かもしれない孫正義社長(現ソフトバンクグループ会長)。社内プロジェクトの多くが、その進捗報告を行うのに数分刻みでしか枠を与えられないのが通常なところ、ロボット事業だけは特別でした。数時間に及ぶエンドレス会議もしばしば。のちにペッパーと名付けられることになるヒューマノイドロボット。文字通りたどたどしい足取りだったそのプロトタイプを我が子のような目で見つめる孫さんのロボット事業にかける思いは、並大抵のものではありませんでした。

中でもプロジェクトの推進に一役買ったのは、そんな孫社長との毎月のプロジェクト進捗会議。多忙を極める社長が毎月必ず時間を割き、進捗の確認やフィードバックをし続けたのもすごいことではありますが、それ以上にこの月次での定例会議は、プロジェクトチーム側の推進体制にとてつもなく大きな影響を及ぼしました。というのも、あの孫社長に毎月、目に見えるほど明らかな「進捗」を披露し続けなければいけないわけですから、ビジネスモデルやマーケティングプランを考えるビジネスチームも、ハードウェア・ソフトウェアの開発や改善を担うプロダクトチームも、商品コンセプトやアプリケーションの企画開発を担うコンテンツチームも、死にものぐるいの形相です。例えるなら、毎月が必死の綱渡り。プレゼンが終わり、一息つくやいなや、来月に向けた号砲が鳴り響く。信じられない速度でのプロダクト改善〜事業立ち上げが実現できた背景には、休む間もない全力疾走を強いられたこの推進プロセスがあったからこそだと思います。今振り返っても本当に大変な日々でしたが、慣れてくると脳内麻薬も出るようで、プロジェクトルームには常に文化祭前日のような焦燥感と高揚感が漂っていたことを思い出します。

少し話がそれましたが、このトップ自らによるコミットや大号令、チームに拍車をかける立ち振る舞いが、未曾有の新規事業立ち上げに欠かせなかったことは間違いありません。先日の記事で「新規事業を既存事業と同じように扱ってはいけない」と書きましたが、その点においても孫社長のスタンスは目をみはるものがありました。無謀と思えるような事業計画やプロダクトの開発状況を見て、全役員・本部長陣が事業の見直し・見送りをすべきとおよび腰になる中で、ただ一人、孫社長だけは、プロジェクトチームの味方であり続けました。ロボット事業の未来を信じ、それに挑むチームを誰よりも信頼し、守り続けてくれたからこそ、プロジェクトは頓挫することなく、今に至ることができたのだと思います。


新規事業のもとに集った野武士たち

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(写真)初のディベロッパーカンファレンスの打ち上げにて、記念撮影

ビジネスモデルやマーケティングプランを考えたビジネスチーム。その中核を担ったのは、日本を代表する自動車メーカーや家電メーカー、コンサル企業、さらには外資系の著名ICT企業や消費財メーカーなどからの転職組。平均年齢も当時30歳前後で、これまでのキャリアで大きな仕事をひと回し、ふた回しして経験を積み、新たなフィールドでさらなる挑戦や腕試しをしたいとソフトバンクで新規事業の門を叩いた、血気盛んで脂が乗りきったメンバーばかりでした。いわば寄せ集めの野武士集団。当時チーム唯一の新卒プロパー社員だった僕は、彼・彼女らから抱えきれないほどの刺激をいただくことができました。

DeNA会長・南場さんのこの記事にもあるように、大企業におけるプロパー信仰はイノベーションの創出において何の役にも立ちません。

いろんな企業でキャリアと経験を積み、新規事業という不確実性の高い領域での挑戦を恐れない開拓者精神を持った人材や、彼・彼女らによってもたらされる独自のカルチャーこそが、新規事業の芽を育む土壌を形成します。「会社は人がすべて」とはよく言われることですが、とりわけ新規事業においては、プロジェクトメンバー、すなわち「人」こそが成功の鍵を握るのは明らかでしょう。


舞台を整えるのが上に立つ者の仕事

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(写真)ロボット事業発表会前日。緊張感溢れる最終リハーサルの"舞台"

さて、前項で転職組がビジネスチームの中核を担ったという話をしましたが、プロダクトチームやバックエンドの情報システムチーム、ペッパーが導入されるショップでのオペレーションを構築したチームなどには、もとからソフトバンクにいた、経験豊富で勝手をよく知るメンバーが数多くアサインされました。

このように、最初から主要部署の重要メンバーを集めることができたことも、プロジェクト成功の大きな要因なのですが、それは前回の記事で書いた、度重なる「根回し」による賜物と言えると思います。社歴の長いプロジェクトオーナーが転職組で構成される現場メンバーを引き連れて、各階(各本部)の重鎮の部屋を行脚し、メンバー(各部署代表)のスタッフィングやお金の話などを事前に根回ししていったのです。自部署の優秀なスタッフが今後どうなるかわからない新規事業に駆り出されるのは、各部署のトップにとっては大きな痛手です。プロジェクトにアサインされたメンバーが全力で取り組める環境、思いっきり活躍できる舞台を整えるためにも、上長たちの理解を得てまわるこのプロセスは、とても大きな意味を持ちます。プロジェクトオーナーにとって最大の仕事と言えるかもしれません。

また、これら各部署からのメンバーもプロジェクト成功の大きな要因です。既存事業をこれまで担当していた社員とはいえ、そこはさすがソフトバンク。iPhone事業の垂直立ち上げ、かつてない料金プランの実現、ボーダフォンからの高速リブランディングなど、新規性の高いプロジェクトや孫社長の無茶振りには慣れている人たちです。新規事業に求められるカルチャーにもすぐさま適応し、転職組と一体となってプロジェクトを推進できたのは、非常に大きなことだったと思います。


日本のエンタメを担ってきた最強チームの合流

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(写真)子どもたちに取り囲まれ、大人気となったイベント会場での風景

先日の記事では「社外パートナーとの共創、協業をうまくデザインすることも、新規事業のプロジェクト推進には欠かせない」とお伝えしました。必要な機能を持った企業とパートナーシップを組めるだけで検討が一気に進む。それを痛感したのも、このプロジェクトを通じてです。

これまで、いくつかプロジェクトの要所を振り返ってきましたが、ロボット事業の検討は決して順風満帆なものではありませんでした。コンセプトや機能要件が定まらず、頓挫の一歩手前まで行ったこともあります。何をやってもうまくいかない。そんな暗黒期とも呼べるような日々に風穴を開けたのは、日本のメディアエンターテイメントの代表格とも言える、吉本興業と電通グループ、そしてアサインされた、日本のメディア界の第一線を走る放送作家や芸人、クリエイター、エンジニアたちでした。人型のコミュニケーションロボットを作り上げるには、何ができるのかといった機能の話以前に、生身の人間とのコミュニケーションデザインが何より重要。ロボットもひとつの立派なメディアなのです。今からしてみれば当たり前かもしれませんが、言うならば理系と文系の純然たる融合。当時そこに気づけていたロボット開発者はほとんどいなかったように思います。

プロジェクトチームにその大きな気づきをもたらしてくれたのが、先述のメディア・コミュニケーションのプロたちでした。ジョインして初となる社長会議(冒頭の月次定例のことです)でのデモンストレーション。孫社長以下役員陣たちのロボットを見つめる表情が一気に変わったそのデモは、プロジェクト史に残る大きなターニングポイントになったと思います。「これは、いけるかもしれないぞ…」 じんわりとした確信と同時に、誰からともなく沸き起こってきた拍手。金属とゴムとプラスチックでできたロボットに命が吹き込まれた瞬間でした。プロジェクトルームの照明が一気に明るくなったかのような錯覚を覚えたのを、今でも昨日のことのように思い出します。


辛くても頑張れたのは、ペッパー愛があったから

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(写真)若かりし頃の僕とペッパー。なんだかんだ憎めないヤツなんです

最後の最後でいきなりドぎつい精神論のようですが、新規事業においては、最初のモチベーションデザインがものすごく重要というお話です。ソフトバンクにとってペッパーは、ロボット事業の第一歩に過ぎません。確かにヒューマノイドロボット事業は当初の勢いを失ったかのように見えます。少し前には、ペッパーの生産を終了するなんてニュースも飛び出しました。(後にソフトバンクはこれを否定しています。) 一方、ロボット事業全体に目を向けてみると、今や国内のみならず、欧州、中近東、アフリカ、南北アメリカ、中国、台湾、APACと、グローバルに支社を持つロボット事業グループとなるまでに成長しており、業務用ロボットにまでその取り扱いの幅を広げています。

結果論かもしれませんが、コミュニケーションロボット・ペッパーは、ソフトバンクにとって、手の届く価格で手に入るコンシューマー向けロボット事業の皮切りとなる象徴プロジェクトの役割を担ったとも言えるでしょう。人型ロボットという、誰もが注目するわかりやすい存在は、ロボット事業の拡大に一種の推進力をもたらしたように思います。仮に最初のプロダクトがお掃除用ロボットだったなら、これほどの急拡大をなし得たでしょうか。何の役にも立たないペッパーですが、他のどのプロダクトにも勝る求心力だけは、間違いなくあった。僕も過去の記事などでペッパーのことをけちょんけちょんに書いたりしていますが、それもペッパーを愛していたからこそです。

ロボット事業立ち上げに挑むプロジェクトチームのモチベーションをデザインする上で、人型ロボット・ペッパーはその最適解だった。プロダクト愛、サービス愛。これをなんとか世に送り出したい、世の中を驚かせたいという一心こそが、ソフトバンクにとって未曾有の一大プロジェクトを成功へと導いた最大の要因だったのではないでしょうか。

ビジネスを発明する上で大切なこと。その <企画編> の最後にしたためたのは、結局最後は「Why」があるかどうかだ、ということでした。単に儲かるから、便利になるから、おもしろいから、だけではない、大義やビジョンがそこにはあるか。企画に魂を与え、推進力を生み出す源泉となるのは、何が何でもこれを実現したいという強い想いと信念にほかならないのです。


<企画編> から <実行編>、<事例編> と三部作仕立てでこれまで書き綴ってきましたが、やはりこの頃の経験や感覚が、事業と向き合うときの基礎となっていることに改めて気付かされました。事業をつくるとはどういうことかを教えてくれた孫社長、悪戦苦闘を強いられながらも目標に向かってチームを引っ張り続けてくれた上長の方々、右も左も分からない若手時代に数多くの刺激を僕に与えてくれた同僚のみんな、この数年間で彼・彼女らから受け取ったものは、僕にとってかけがえのない財産です。

今はI&COという会社で、企業の新規事業や新商品・サービスの企画・立ち上げをお手伝いする立場となりましたが、僕自身、恩返しのような気持ちで日々の仕事に取り組んでいければと思います。

「新たなビジネスやプロダクトの発明を通じて未来をデザインする。」

その挑戦は、まだ始まったばかりです。


<このnoteを書いた人>
Daiki Kanayama(Twitter @Daiki_Kanayama
1988年生。大阪大学経済学部を卒業。在学中にインド・ムンバイ現地企業でのマーケティングを経験。ソフトバンクに新卒入社後、新事業部門に配属。電力事業や海外事業戦略など、様々な新規事業の企画、事業推進に従事。創業メンバーとしてロボット事業の立ち上げを経験後、専任となりマーケティング全般を担当。2017年からは事業会社を支える側に身を移し、ソニー新規事業のマーケティング業務を1年間常駐支援。その他、著名企業のCI戦略、SDGsプロジェクトの企画開発などに従事。現在はビジネスインベンションファーム・I&COの一員として、大手企業の新規事業、ブランディング、商品サービスの企画開発に携わる傍ら、個人としてスタートアップの支援も行なっている。

受賞・入賞歴に、Clio Awards、Young Cannes Lions / Spikes、Metro Ad Creative Award、朝日広告賞、グッドデザイン賞など。

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