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健康診断を受けに行ったらとんでもないことになった件

私は学校卒業後
障害者福祉施設で働いていた。

 
その施設では毎年春が健康診断と決まっていて
大きな病院から健診車が来ていた。

 
私は前もって事務員の方から担当利用者分の予診票を預かり
健康診断の前々日に
連絡帳に予診票を同封して渡した。
前日に渡すと、記入漏れや忘れが目立つからだ。

検尿器は健康診断前日に渡し
採れる人は自宅で採尿してもらい
採れない人は当日に職員と共に採尿する。

 
健康診断当日
私は担当利用者が予診票と検尿器を持参したか
記入漏れはないかを確認し
健康診断が始まる前に
女性利用者と共に更衣室に行き
ブラジャーを外す支援をした。レントゲン対策である。

 
健康診断当日は
施設内で様々な検査をするので
早めに作業を切り上げて大掃除をし
健康診断がしやすいように
テーブルや椅子の配置を変える。

私は事前にどの職員がどの利用者を支援するかを決めておき
事業部内の職員に
誰が誰を担当するかを伝える。
職員は利用者と同じ日に施設で健康診断を受けるのだ。

 
職員一人が利用者を2~5人担当し
病院側が準備が整ったら
施設内をあちこち歩き
聴力検査やら視力検査やらを行う。

 
私にとって、健康診断はこの流れだった。
11年この施設で働いていた私にとって
これが健康診断の常識であった。

 
 
 
  
今年の春
私は別の障害者福祉施設に転職した。 

前職と今回の転職先で働く前に
個人的に小さな病院でチャチャッと健康診断を受けたことはあるが
なんといっても11年間特定のやり方で健康診断を受けていた為
転職先の健康診断は未知数だった。

 
更に去年はコロナにより健康診断は中止したらしい。
コロナ禍の転職により
私にとって健康診断はますますどうなるか分からないものになった。

 
 
転職して数ヶ月が経ち 
私は事務員の方から健康診断の予診票をもらった。

どうやら転職先は
利用者は施設で集団検診だが
職員は各個人で指定病院に指定日朝一に行くらしい。
健康診断を受ける職員は一日一人だけと決まっていた。
そして終わり次第出勤して仕事となるらしい。

 
へぇ~そうなんだ!
職場が変わると勝手が変わるな!

 
私は素直に驚いた。

 
 
予診票を一ヶ月以上前にもらうのも新鮮だった。
前職は確かに数ヶ月前から健康診断の日は年間予定で決まっていたが
予診票と検尿器は一週間前くらいにもらっていた。

 
私はデスクの中に予診票を入れっぱなしにし
健康診断の二週間前にようやく封筒を開けた。

そこには予診票が四枚もあり
検便容器が二つ入っていた。

 
予診票が四枚!?
検便容器が二つ!?
あれ?検尿器がない…

 
私は驚いた。
予診票は前の職場では両面刷りで一枚だったはずだ。
 
説明書を読んでいると
どうやら便は二日分とらなければいけないらしく
採尿は当日やるらしい。

 
食事は前日20時までで
当日は7時までに水200mlしかとらないように注意書きがあった。

 
便を二日分!?
食事制限!?

 
私は頭がクラクラした。

というのも
私は快便なのだが
朝便が出るとは限らず
職場だろうが外出先だろうが昼だろうが夜だろうが
時間や場所を問わずに便が出る。

職場で便をとるのは気が引けるので
二日分を自宅でとれる時にとろうと思った。

 
検便は健康診断五日前からとっていいが
一日目と二回目の便で日にちはあまり空けないでほしいと注意書きがあった。

一回分ならまだしも
二回分の便を採取するのは初めての体験だった。

 
更に、食事制限に驚いた。

前の職場は前日の食事制限はなかったし
当日も給食を食べた後に健康診断をしていたからだ。

 
考えてみれば
健康診断は食事制限があるよな…
前の職場の健康診断がイレギュラーだったんだよな。

 
私は私の中の常識が揺らいだ感覚があった。

 
 
同僚からの話によると
コロナ前は健康診断後にパン等軽食が出たらしい。 

「パン!?」

私は目を輝かせた。
私はパンが好きなのである。
朝食を食べない状態ならさぞ美味しいだろう。

健康診断後に軽食が出るというのは初耳であり
私の期待度は高まった。

 
「いや、そんな美味しくないし、それ食べてからすぐ出勤だから、給食食べるの苦しいし、バリウム飲む後だからキツいよ。」

「今はコロナだからか、カロリーメイトに変わったね。」

 
キラキラと目を輝かせた私に
同僚は実にリアルなことを告げた。

 
 
 
半分の同僚が健康診断を受けた後
いよいよ私の番になった。

予診票を書き
二日分の便をとり
前日は20時までに夕飯をすませ
朝は7時までに水分をコップ一杯摂取した。

 
ここまでは順調だ。

 
 
指定された病院は我が家から近い。
職場に行くよりも病院に行く方が近い為
朝一で病院に行く割に
朝は通常よりゆっくり過ごせた。

 
その病院に行くのは初めてだった。
場所は知っていたが
駐車場や入り口がコロナの影響で変更になっているし
大きな病院なので中がまたややこしいが
時間に余裕を持って到着できた。

既に健康診断で来ている人がたくさんいたし
後から後から人がやってきた。

  
受付を済ませ
言われるままに洋服を着替えた。
健康診断用に服を着替えることさえ初めてで
私はまたもテンションが上がった。

身長は今まで165cmだったが
ここ最近はかると166cmだし(体の歪みが整ったのだろうか)
体重は前回よりも痩せていた。

 
無事採尿もできたし 
言われるままに次から次へとこなしていき
私はここまでは順調そのものだった。

 
そんな私が
ついにバリウムを飲む時が来た。
バリウムはおそらく胃カメラで飲んだきりであり
今から15年くらい前のことである。

 
「バリウムはキツい。お腹が張る。」
「装置がグルグル回る。」
「ゲップが出たらやり直し。」
「下剤で白い便を出さなければいけない。」

 
先輩同僚からは楽しくない経験談しか聞けなかった。
私は身構えた。

 
施設長から前日に「バリウムは無理なら飲まなくていいわよ。」と言われたが
最初から辞退は逃げや負けのようなので
まずはやらないといけない。

 
キツいだろうが、できないことはないだろう。
私は完全に見くびっていた。

 
 
部屋に入ると、粒状の炭酸のなんだかと、白いバリウムを渡された。
バリウムはともかく、炭酸を飲むのは予想外だった。

私は炭酸が苦手なのである。

 
装置の上に乗り
言われたままの姿勢で立ち
右手はバーを握った。

立ったまま左手で飲むのも予想外の指示だった。

 
左手で持った粒状の炭酸をまず口に含み
担当の方にそれを渡すと
代わりにバリウムが入ったコップを渡された。
それを繰り返し
ちょっとずつちょっとずつ飲み干していく。

どちらもキツい。

炭酸はゲップが込み上げるし
私は炭酸も粉末を飲むのも苦手だ。
少しずつ飲むが
なかなかに量が減らず
口に含むごとに忌々しくシュワシュワする。

 
バリウムはやはりバリウムだった。
噂通りの強敵だ。

久々に飲んだわけだが
楽しさの欠片も旨味もなく
一口飲むごとに嫌気がさした。
人工的な白ささえ見ていて不快になる。

 
なんとか炭酸は飲みきったが
バリウムはまだ残っていた。
言われるままに
一口、また一口と飲むが
苦痛でしかない。

  
「大丈夫ですか?」
「無理なら検査をしなくても大丈夫ですよ。」

 
と言われたが
じゃあやめますよ、とは言えないのだ。

 
今日は仕事で健康診断を受けに来ているのだ。
施設側がお金を払っているのだ。

施設長が「やらなくてもいい。」と言おうが
病院側が「やらなくてもいい。」と言おうが
一回はやらなくてはいけないのだ。
できるできないではなく
私にはやるしか道はないのである。

 
噂に聞いていた通り
装置がグルグル回ったり
私自身がグルグル回ったりと
三半規管が苦手な私は気持ち悪くなった。

空きっ腹に炭酸とバリウムを入れて
グルグル回るなんて
もはやイジメのような扱いだ。

 
検査後
すぐに下剤を飲むように言われた。

水道に着いた際
吐き気が込み上げて吐きそうになったが
吐く物がない為吐けず
ただ嗚咽を上げ
涙目になった。

 
下剤を飲み
今度は水をガバガバと飲んだ。

朝食を食べていないのに
お腹はパンパンに張れているような感覚だ。
炭酸とバリウムと水と下剤しか入っていないなんて
憐れなお腹でしかない。

 
そのまま健康診断は続行した。
採血時に「具合悪いですか?」と聞かれるくらいには顔が真っ青だったし
吐き気と気持ち悪さとお腹の張りとしんどさを抱え
私は名前を呼ばれるまで壁にもたれかかり
何かを問われれば最低限何かを伝え
指示に従って脱いだり、立ったり、座ったり、横になったりした。

 
健康診断は二時間かからずに終わった。
終了時には噂通りのカロリーメイトをもらえた。

食べる気は全く起きなかった。

 
職場からは健康診断終了後にすぐに出勤するように言われていた。

だが
車を運転し、元気に仕事をする自信はなかった。

 
 
外はいつの間にか雨が降っていた。

広い病院から出るまでが大変だし
雨の中駐車場をさまようのもまた大変だった。

 
私は施設長に
少し休んでから仕事に遅れて向かう旨を連絡した。

健康診断に向かう途中で
複数の職員が体調不良で今日急遽休みになったと連絡が入った。
早退する職員も複数いる。

ただでさえ私の遅刻は痛手なのだ。
早く行かなければいけない。
だけど
今はただ横になりたい。

 
車内で横になっていると
激しい雨の音だけが響いた。
体調不良の時はなんと心細いのだろうか。
雨音が孤独感をより強めた。

車内で横になって一時間が経過したが
体調はなんとも微妙だった。

 
自宅に運転して帰る体力や気力はある。

 
だが
ここから職場まで向かい
私は業務をこなせるだろうか。
人手不足だ。
今日職場に行ったらやるしかない。
運転業務もある。
一人で利用者を複数人見ることにもなる。

やがて下剤がきいて
トイレに何度も行くようにもなる。

 
既に体調不良と施設長に伝えてあるのだ。
大丈夫だと職場に行き
結局具合が悪くなって早退では
余計に迷惑がかかる。

さて、どうしたものか。

 
「大丈夫ですか?」

 
施設長からLINEが入る。
大丈夫、とは言えない。
でも、ダメです、とも言えない。

 
もう少し横になれば違うかな……

 
未読スルーをしてしばらく経つと電話が鳴った。
施設長だ。
出ないわけにはいかない。

 
施設長からは体調を尋ねられ
私は現状を伝えた。

「歩けそう?」と聞かれ
「まだ仕事には行けなさそうです。人手不足な中、申し訳ありません。」と答えると

「職場に来る話ではなくて、健診場所まで戻れるかの話よ。あそこならベッドがあるし、看護師さん達がそばにいるから安心でしょう。」

と言われた。

 
…歩けるだろうか。

 
健診後、広い病院をやっこら歩いてきたのだ。
広い駐車場からまたあの場所に戻るのは、なかなかに今の私には厳しかった。

 
「とりあえず、移動してみます。」

 
私はそう伝え、元来た道を戻った。
弱った体に横なぐりの雨が堪える。

 
健康診断の場所は片付けをしていて話しかけるのは気が引けたが
事情を話し
ベッドを貸してもらえた。

倒れ込むように横になった。
体はやはりしんどい。

先ほど私を診てくださった病院の方々が次々に集まり
血圧をはかったり
腹部の様子を診てくれた。

普段より血圧はかなり上がり
腸は動いていないと言われた。

 
私が横たわっていると
遠くから

「健診に来た女性が体調不良により、車内で休んでいる。動くのが厳しい為、車椅子で移動させるように電話が入りました。」

「車内に女性がいません。」

「そこで寝ている方がその女性なんじゃあ?」

 
等というやり取りが聞こえ、顔が真っ赤になると思った。
どうやら施設長が病院側に電話をかけたらしい。
自力で移動してよかった。
普段車椅子の利用者を支援している私が
健康診断に来て車椅子で迎えに来られるなんて
大事だし、ネタでしかない。

 
私のために病院の方が何人も動き回っていた。

 
業務上、他の仕事やら消毒やら片付けやら準備やらで忙しいだろうに
入れかわり立ち替わり私の様子を見に来てくださるのが心底申し訳なかった。

途中でお腹を温めてもらったが
そのあたたかさがありがたかった。
お腹を何度押しても
便意はまだなかった。

 
採血時に担当した方もやってきた。

担当「あの時から調子悪そうだったからね。今はどう?」 

 
私「あと少し横になれば自宅には帰れると思いますが、仕事をどうしようか考えています。」

 
担当「採血時も、今日人手不足だから休めないって気にしていたものね。でも真咲さん、人手不足と真咲さんの体調不良は関係ないのよ。」

 
私「……。」

 
担当「わざわざ施設から病院に連絡入ったのよ。いい施設じゃない。真咲さんを心配しているのよ。これで休んでも責められないわよ。」

 
私「………。」

 
担当「お腹も張ってるし、気持ち悪くて自分が本調子じゃない時に介護の仕事は辛いわよ。初めてのバリウムなんだし、帰宅して様子見た方がいいわよ。

ね、決まり。今日は仕事休んでいいのよ。休んでいい日なの。」

 
私「……はい。」

 
私は病院の方の話に涙が込み上げた。

 
転職してから私は有給がもらえるまで
休むことなく働くことを目標にしていたし
達成してきた。

だけど病院の方の言葉で
私は仕事を休むことを決めた。

 
今日仕事は厳しいと思った。

 
 
病院を後にしてからスマホを見ると
施設長からたくさんLINEが入っていた。

「病院で横になったらいくらか楽になった?運転はできそう?帰れそう?
仕事は気にしなくていいから、今日はまっすぐ帰ってゆっくり休んでください。」

「病院出る時と自宅着いた時は一応LINEしてね。」

「たくさん水を飲んでね。お腹をあたためるのよ。」

「明日の仕事も無理しなくていいからね。」

 
私は涙が込み上げた。

健康診断に行ったら逆に具合が悪くなった役立たずなのに
今日は人手不足なのに
何通も何通も心配LINEが来た。
病院にまで連絡を入れてくれた。

 
ありがたかった。

 
 
私は施設長と上手く関係が築けていないと思っている。

価値観は異なるし
施設長から指摘されたり、無茶ぶりも多い。
他の職員と比べたら扱いにくくて使えない職員だと思われているだろうなと
私は感じている。

 
だけど
それは私が壁を作っていただけなのかもしれない。

施設長は施設長なりに私を心配したり、思ってくれていて
私がそれに疎いだけなのかもしれない。

 

帰宅後、昼食を摂ると
下剤効果抜群で
私は何度も何度もトイレに行き
出るわ出るわの大放出だった。

 
出すだけ出すと
私は再び眠りについた。

健診後に寝て
食後も寝るなんて
やはり相当調子が悪いのかもしれない。

 
 
 
 
目を覚ますと
キレイな夕日が窓から見えた。

約一週間毎日強い雨で
晴れた空を見たのは久しぶりだった。

 
だから余計に空の美しさが際立った。

 
 
転職先の施設名は明るい未来を意味している。
長雨の日々の先にあった今日の夕日は 
まさに明るい未来の匂いがした。
それほどに美しかった。

 
骨を埋めたかった職場で11年働いた後、辞めざるを得ないことになり
私は未来を失った。
転職先でも仕事が向いてないと感じることはよくあるし
まだ職場に溶け込めていない気がするし
いつまで頑張れるか自分でさえ分からない。

 
だけど  
明日は仕事に行こうと思った。
仕事に行きたい、とも。

恩は仕事で返すしかないのだ。

 
 
今日は初めてのことにたくさん触れた。

体調は崩したけど
でも
人の優しさが染みた一日だった。








 

















 
 




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