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南ちゃんになれなかった私

私が小学生の頃、毎年のようにアニメ「タッチ」が再放送されていた。
夏休みの時期である。

 
幼馴染みの男の子かっちゃんが甲子園を目指す物語で
かっちゃんが亡くなってからは双子のたっちゃんがその夢を引き継ぐ。
ヒロインは南ちゃんと言う。
南ちゃんはかわいくてスタイルがよくて、しっかり者で
たっちゃんにもかっちゃんにも愛されていた。

 
 
私はそのアニメを見ながら、「私はかわいくないから、南ちゃんにはなれないな。」とずっと思っていた。

 
 
 
 
 
うちの近所にA君が住んでいた。

A君は私の同級生で
B君はA君の兄で、姉の同級生だった。

 
A君は男三兄弟だが、もう一人のお兄さんC君は年が離れていて
小学校では一緒にならなかった。

 
A君はイケメンであった。
スーパーイケメンである。
おそらくジャニーズの書類審査くらい通るだろう。
それくらい美形だった。
成長と共に段々ジャニーズ系からEXILE系にシフトしたが
それでもやはりイケメンであったことには変わらない。

 
更に言えば、A君の兄弟は全員が美形であった。
なんせA君の父親が美形だ。
美形の血は子どもへとキチンと受け継がれていったのだろう。

 
 
私とA君は違う幼稚園に通っていたので
町内会の集まりで顔見知りぐらいではあったが
まともに会って話したのは小学校入学してからだ。

その頃はまだ、イケメンと認識をしていなかった。
私はA君よりも同じ町内の年上のお兄さんを慕っていた。
優しくて面倒見がよくて爽やかなお兄さんだった。

 
 
 
A君は入学してからメキメキと頭角を現した。
クラスのリーダーであり、男子のリーダーであり
明るく発言力があり
イタズラをするヤンチャ坊主だ。

 
一方私はTHE 内向的な女の子だ。
とにかくこの頃は大人しく、親や先生の言うことは絶対だった。
所謂「地味な手のかからない、聞き分けのいい子」
それが私だった。

 
そんな二人が同じ登校班だったり、ラジオ体操が一緒だからといって
仲良くなれるわけがなかった。
いわば、真逆タイプだ。
太陽のようにギラギラし、嫌でも目立つA君と
月のようにひっそりとし、とにかく人の後ろにいるような私が
仲良くなれるわけがなかった。

 
 
A君兄弟は毎日寝坊した。
だから毎日、私達の登校班は遅刻ギリギリだった。
A君のお母さんから「先に行っていいわよ。」と言われても
なかなか先には行けなかった。
なんせ、登校班の集合場所はA君の家だ。

 
姉がまだ在籍していた頃は二人で話しながら待ち 
姉が小学校を卒業してからは
私はランドセルを背負ったまま、図書室で借りた本を読んで待っていた。
私は他の登校班のメンバーと特に仲が良くなかった…
というより
下級生と相性が悪く
下級生に舐められていた。

小学校の頃は散々こちらをバカにしていたくせに
中学校に入ってから掌を返したようにビクビク挨拶をして、態度が小さくなったのが面白かった。
賢明だ。中学校の縦社会はそれほどまでに絶対だ。

 
思えば、人を待つことが苦ではなかったり
人を待つ間の読書の習慣が身についたのは
小学校の時のA君がきっかけだったかもしれない。

 
 
 
A君とは色々あった。

新品の座布団に墨汁をかけられ、私が怒って追いかけたら放屁をされたり
A君が放課後にバットを振り回して水槽を割り
たまたま近くにいた私が片付けを手伝わされた。

 
全くもって、関わるとろくなことがありゃしない。

 
そんな状態だから
私の学年ではA君よりも兄のB君の方が人気があった。
B君は面倒見がよくて優しかったのだ。
ちなみに姉のクラスにはB君以外にもやたらイケメンがいたし、美人でかわいい女の子がたくさんいた。
当たりのクラスだったのだろう。

 
 
やがてA君は四年生になり、野球部に入部した。

兄のB君もC君も野球部だったし
父親が野球のコーチもしていたようだ。

 
それまではただヤンチャ坊主だったA君も
野球部に入ってからは精神面も鍛えられたらしく
練習には至って真面目であった。
学年で一番野球が上手かったのがA君だ。もちろん、ピッチャーだ。

 
 
やがてA君に年上の美人の彼女ができた。
クラスで一番最初に恋人ができたのがA君だし、恋人が年上ということにも私や同級生はビックリした。
小中学校の頃の一歳差は非常に大きい。 

 
だが、分からないでもなかった。
A君がイケメンであることは、その頃には私もよく理解していたし
野球だけでなく、スポーツ万能なことはなんといってもかっこよかった。
私は人の顔色をうかがい、ウジウジしていたり
言いたいことが上手く言えなかったが
A君がクラスで言いたいことをハッキリ言ったり、バカをやる姿は、確かに輝いて見えた。
近所の人にも明るく元気に挨拶したし、町内会の手伝いを家族と共に頑張っていたし、家業もよく手伝っていた。

A君にはたくさんの良さがあった。

 
 
A君は近くに住んでいたが、私には遠い存在だった。

小学校二年生の頃、遊びに誘われ
何故かA君の家で二人でスーファミの野球ゲームをしたことがある。
思えば、私が男子に誘われ、二人きりで遊んだ初めての体験が、A君とのそれだった。
だけど、たった一回きりだ。

A君はきっと覚えてなどいないだろう。

 
 
 
中学校に入学したが、A君とは三年間クラスは分かれた。
三年間同じ塾だったが、中学校でも塾でも相変わらずA君は目立つ存在で、距離は遠くなるばかりだった。

 
A君は中学校でも野球部に入部した。
野球に燃えていたようだった。
小学校から私が片思いしていた人も小中学校と野球部だったので
片思い相手の部活姿を見つめると
視界にはA君の姿も入った。

 
そんなある日、私の片思い相手とA君が派手に部室でケンカをしたと噂で聞いた。
話によると、片思い相手が部活をサボり、ギターに夢中になり、部室でギターをかき鳴らしていたらしい。
その不真面目な態度をA君が本気で怒ったらしい。

「なんだよ。アイツ。うるせぇな。」

 
私の片思い相手はクラスメートに吐き捨てるように愚痴を言っていた。
それを機会に二人の関係は劣悪になり、ケンカ別れするような形で、片思い相手は退部した。

 
 
私はその話を聞いた時、恋心が明らかに薄れた。

A君が正しいと思ったのだ。

A君は毎朝朝練に励み、そして夕方は部活に励んでいた。
だが、それだけではなかった。
部活がない日に家業を手伝いつつも、空いた時間にA君は一人、もしくは父親と、何時間でも練習していた。
近所に住んでいるからこそ、野球に本気だと私は知っていた。

ボールを投げる音、ボールを打つ音。

それを私は聞いていた。
姿が見えなくても、音が鳴り続ける限り練習に励んでいることがよく分かった。
家の前を通ると
暗くなってもなお、うっすらとした明かりを頼りに
A君は練習に励んでいた。

その顔は真剣そのもので、私はA君の汗を見ながら
初めてかっこいいと感じた。

 
A君はやがて野球部部長になり、スポーツ特待生として高校に進学した。

 
 
 
A君の進学した高校は県内でも有名な野球強豪校だが
甲子園の地区予選を地方テレビで見た時

 
一年生ながらにピッチャー

 
に抜擢されていて、私はひっくり返りそうなくらいビックリした。
スポーツ特待生はそんなに甘くない。
知人はスポーツ特待生として高校に進学したが、わずか一年でレベルについていけず、暗い高校生活だったと私に語っていた。

 
すごいなぁ、A君。
高校でも頑張ってるんだなぁ。

 
近くに住んでいても高校が離れた私は
中学校卒業後、ほとんど会うことはなかった。

 
 
 
テレビにA君が映った、次の日だ。
私は朝教室に入るなり、友達複数に囲まれた。

友達「ねぇともかちゃん!ともかちゃんって確か●●中だったよね?A君って知ってる?」

 
そう、地方予選は何中出身かが名前の下にテロップで表示される。

  
私「知ってるも何も、うちの近所に住んでるよ(笑)」

 
友達「うそっ!?うそっ!?超羨ましい!!めちゃくちゃ美形じゃん!!携帯番号教えて~!!」

 
………私は顔を引きつらせた。
どれだけモテるんだ、アイツは。
年齢=彼氏がいない歴の私とはあまりに世界が違いすぎる。

 
A君のモテっぷりは凄まじい……中学時代、修学旅行中に他校の生徒からナンパをされていた。
しかも一人や二人のレベルではない。
高校に進学してからも、駅前で他校の人に囲まれ、やはりナンパをされていた。

 
 
はぁ………とため息をつきたくなる。
同じ年にこんなに近所に生まれて、この差はなんだろう。
もしも私が南ちゃんみたいにかわいかったら幼馴染みラブもあったかもしれないのに
全くもってその気配はない。
私はA君に恋心は抱かなかった。

 
 
 
やがて、A君の高校は順調に勝ち進み、見事甲子園に行けることになった。
A君の家ではバスを貸しきり、希望者みんなで甲子園まで応援に行こうという話になった。

母「ともか、A君の応援行く?(ニヤニヤ)」

 
私「行かないよ!なんで私が。」

 
母「あら、そ~お?せっかくの機会よ~なかなか知り合いが甲子園行くなんてないわよ~!(ニヤニヤ)」

 
私「行くわけない。テレビで十分だよ。どうせ一回戦か二回戦で敗退だよ。」

 
私はそう思っていた。
当時、私の県はめちゃくちゃ弱くて、大抵甲子園は一回戦で負けていた。良くて二回戦負けだ。

 
 
 
応援には行かなかった私も、テレビでは試合をちゃんと見たが、一回戦敗退だった。

ほらね………どうせ私の県は早々に負けるに決まってるじゃない。

そう思いつつ私は、胸にポッカリと穴が空いたようだった。
まるで走馬灯のように、部活がない日にも練習に明け暮れたA君の姿や
そんな息子に付き合うA君の父親の姿が浮かんだ。
甲子園行きが決まって
あんなにA君の家族や親戚は喜んでいたのに。

 
あんなにA君は、小学校からずっと野球一筋だったのに…
ちくしょう…ちくしょう…………
一回くらい、憧れの甲子園で勝たせてあげてよ、神様…。

 
A君の夏が終わったと同時に、私の夏も静かに終わった気がした。

 
 
 
その後、A君の高校は地区予選で準決勝か決勝で必ず敗れ
卒業するまでの間にA君が甲子園に行くことは
二度となかった。

A君の甲子園は、あれが最初で最後だった。

 

 
 
 

それから数年後、A君は結婚して遠くに引っ越し、奥さんの家業を手伝うようになった。
野球には関係ない仕事である。

 
時折、A君は実家に帰ってきては
子ども達と楽しそうにキャッチボールをして遊んでいる。
蛙の子は蛙、か。
あのヤンチャ坊主がしっかりと父親の顔つきになっていて
私はフフフ…と思わず笑ってしまう。  

  
 
ある日、A君の家の前を通ると、足下にボールが転がってきた。
私はボールを拾って、思い切り投げた。

 
A君の息子「すみませーん。ありがとうございまーす!」

 
その時私は初めてA君の息子の顔をマジマジと見た。
その顔は、小学校入学時のA君にとてもよく似ていた。

 
A君の息子も甲子園を目指すのかな?
パパの背中を追いかけるのかな?

血はこうして引き継がれていく。
次の世代へと確かに引き継がれていく。

 
 
 
微笑ましい気分で家に帰ると、うちに遊びに来ていた甥っ子が、夢中になってグダグダとゲームをしていた。
その姿はかつての私や姉に重なった。

…蛙の子は蛙だ。
私の家系で野球をやる人は誰もいなかった。

 
野球でヒーローになる人がいれば
ゲームが好きな人もいる。

いいのだこれで。
人は人だ。
 
 
今、甥っ子は夢に向かって一所懸命勉強している。
少年よ、大志を抱け。

頑張る先に、きっと明るい未来は繋がっている。


 

 
  

 



 




 


 

 

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